一目惚れ
一目惚れというやつだった。
うちの高校が出てるから、と友達に誘われて行ってみた女子バレーの大会に彼女は出ていた。
身長は160くらいと特に目立って大きいわけではないが、彼女は相手の長身の選手のブロックをものともせずに次々と得点を重ねていった。
僕はその姿に目を奪われ、試合中ずっと彼女を目で追い続けた。
帰り道に友達とどんな話をしたかなんて覚えてない。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちで胸が弾けそうだった。
あれから1週間。
その気持ちは消えることなく、僕の心のど真ん中に居座ったままだ。
この気持ちはいったいどうすればいいのだろう。
実はまだ僕は彼女に話しかけるどころか、彼女の名前さえもろくに知らなかった。
試合中の応援からすると、苗字はミヤモトだから宮本と書くんで間違いないだろう。でも下の名前は読み方も分からない。
「あ〜もう!どうしたらいいんだよ〜」
「うっさい!いつまでもグズグズいってないでコクるならコクる、あきらめるならさっさとあきらめればいいでしょうが!」
遥が怒鳴った。
「要するにどうにかしてキッカケを作りたいんだろ、柊は」
いつも通り、康貴が的確に救いの手をさしのべる。
───五十嵐遥と石野康貴。
小さい頃からの親友だ。
遥とは家が隣だったこともあり、生まれた時から一緒に遊んでた。
気の強い女の子で、よく喧嘩もした。
先に手を出すのはいつも遥だった。
そのくせに先に泣きそうになるのも遥だった。
でも絶対に涙を見せることはなくて、むしろさらに攻撃的になってこっちを泣かせるようなやつだった。
康貴は幼稚園からの付き合いで、遥との喧嘩をいつも止めに入ってきた。
でもたいていは悪化させるだけで、結局3人がもみくちゃになってたけど。
そんな二人とは幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと同じでいつも一緒にいる。
康貴なんか、頭がいいから高校はもっといい所にいけたはずなのに、当然のように同じ高校を選んだ。
照れ臭いから誰もそのことには触れないけど、遥も本当は嬉しいと思ってるはずだ。
だから僕が2人に宮本さんのことを話したのも当然のような流れだった。
これまでにも遥や康貴の恋の話は腐る程聞いたし、恥ずかしいということはなかった。
「じゃ、これからどうするか計画たてようよ。俺らも協力するから。な?遥も協力するだろ?」
「ん〜、柊の“気持ち”があればね〜」
「分かったよ、昼飯おごればいいんだろ!」
運悪く今日は試験前で授業が午前で終わる日だった。
帰り道、僕らはファミレスに立ち寄って、作戦会議をすることになった。
「え〜っと、まず、柊はその宮本さんって人をどれぐらい知ってんのさ」
注文をすませると康貴がいきなりその話題に入った。
「どれぐらいったって……バレー部で、高3で、キレイで、運動神経がよくて、ってぐらいだよ」
「えー!?あんた、よくそんなんで人を好きになるわね」
「うっせーなー。好きになったもんはしょうがないだろ!」
「あ、何よその言い方!こっちがせっかく手伝ってやろうってのに!」
「だからこうして昼飯オゴって、」
「はいはいはい、二人ともやめてください。喧嘩するために来たんじゃないから。まず、遥はバレー部の友達に宮本さんのこと聞いてみてくれないかな。話はそれからだな」
遥は何人かの所に電話をかけ、いろいろな情報を手に入れてくれた。
フルネームは宮本美貴子。
バレー部では副キャプテンをやっていて、人望が厚く、彼女をひそかに狙う男子はウヨウヨいるらしい。
しかし、今は付き合っている男はいないみたいで、コクるなら今だ、ということなのだそうだ。
「やったじゃん、柊。お前にもチャンスがあるかもよ」
康貴が追いうちをかけた。
「そうだな。早いとこコクってみるか」
僕は完全にその気になっていた。
「でもあんた、どうやってコクるの?向こうはあんたのこと知らないわけでしょ」
「そこなんだよな〜。接点が全くないんだもんな〜」
「作りゃいいんだよ。」
康貴は作戦を考え付いたらしかった。
「月曜に全校集会ってあるじゃん。俺らが2−Dで、宮本さんは遥の情報によると3−Aだろ?つまり、列が隣なんだよ。だからその時に何かすればいいんだよ」
「何かって何だよ」
「それは……その時に考えよう。ってことで今日は解散!」
「解散って…おい!」
2人は僕を残して帰ってしまった。
僕には3人分の支払いだけが残った。日曜、僕は一日中そわそわしていた。
「何か」
で何をすればいいのかを考えると、とても落ち着いてなんかいられなかった。
しかし、幸か不幸かその心配は無駄に終わった。
なんと彼女は生徒委員だったのだ。
生徒委員は舞台の上に立って、ゴミのポイ捨ての問題だとか、校内暴力の防止だとかについての議長役をしなくてはいけない。
だから、3−Aの列には宮本さんはいなかった。
「なぁんだ、せっかく焦る柊が見れると思ったのに〜」
やっぱり遥はそんなことだろうと思ったよ。
人の不幸しか喜べないやつめ。と思ったら、康貴までも
「ほんとだよ。計画とかたてて損したね」
とか言い出しやがった。
「おいおい、君達、人の恋を笑いものにするもんじゃないぞ」
「だって、中2のときなんて、好きな人の前で真っ赤になっちゃって、意味不明なこと言って走ってっちゃったじゃない。説得力ないよ」
例によって遥が反撃する。
「違う、あれは…」
「そうそう、その後恥ずかしくて学校サボっちゃったのよね」
「てめえ、いい加減にしないと…」
「こら!!!そこ、私語はやめなさい!!」
耳をどなり声が突き抜けた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
周りを見ると、みんなの視線がこっちに向いていた。
くすくす笑う声もあった。
まさかと思い、舞台の方を見ると、そこにはこっちを真っ直ぐ指差す、宮本美貴子の姿があった。