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with  作者: 絹ヶ谷明頼
放課後 編
6/48

クラブXにて

ヤワとはなんだ。

これでも学校は小学校から高校まで通しで皆勤賞を取り続けている健康児なのに。

あんな風に乱暴に扱われて平気でいられる方がおかしいわ!

 馬鹿にした口調に思わず反論しそうになりながら、そんな状況ではない事を思い出し声を飲み込んだ。

とりあえず黙ったまま、唯一自由になる頭だけを声のする方へ向ける。


まず男性のものらしい大きく、踵のつぶれた皮靴を履いた足元が見えたが、首だけの回転ではここまでが限界だ。

わずかにためらわれたが、身体ごとごろりと回して思い切ってその人物を見上げた。

もうここまでくれば今更多少何をしても大差ないような気がしたからだ。

段々開き直ったのか、なるようになれという心境になってきた。

「あなた・・」

 男の顔を拝んで深雪は眼を見張った。よくよく考えてみれば意外でも何でもない。

先日の公園でとんでもない真似をしてくれた、杉原とかいう男だ。

「覚えててくれるとは光栄だね。まぁ、忘れたくっても忘れらんねえよな」

含みのある物言いにむっとする。あんなこと、思い出したくもない。

忘れて、なかったことにするはずだったのに。

しゃくだったので深雪は、

「知らないわよ、あなたなんか。ただあんまり靴が汚いからどんな阿呆なのか想像してただけよ」

憎まれ口を叩いてやる。

深雪も和貴も酷い仕打ちを受けたのだから。これでも発言は抑えた方だ。


「へぇ、この状態でそんな口きくなんて、度胸だけは一丁前だな。また泣かされたいのか?」

・・ほんとに、頭に来るこの男・・!!

深雪は今まであまり人を憎んだことがなかったのできちんと言葉で認識したことがないが、この男だけははっきりわかる。嫌いだ!

 嫌いとはこういう感情を言うのだ!

「泣かすって、私泣かないわよ」

こんな男の前で、二度と泣いてやるものか。

二度と負けたくない。こんな男に、こんな卑怯なやり方で。

泣いたら負けのような気がする。そして自分が負けるということが、和貴が負けることにも等しい気がする。

だってこの男は和貴が目的で自分をここまで連れて来たのだから。

 「浜崎君をどうする気?」

彼を呼び出して何をする気なのか。一度謝らせただけでは足りないのか。

「人のこと言ってる場合か? 自分がこんな目にあわされて。お前浜崎の餌扱いなんだぜ?」

「うるさいな。浜崎君こんなところに呼び出してどうする気なの?」

どんな扱いなのかはわかってる。私がいるから浜崎君はこんな面倒なことに巻き込まれるのだ。

一人だったら何をも恐れる必要のない彼が。


 「バカだなお前。お前が浜崎に巻き込まれてんだろが。」

馬鹿だと思ってる人間に馬鹿呼ばわりされて一瞬頭が真っ白になる。


「あ・・あなたに馬鹿呼ばわりされる筋合いないわよ!! 何のためにこんなことしてるのか聞いてるんじゃない。またご自慢のお友達と浜崎君いじめようっていうの!?」

「いーや、そんなことのためにここまで目立つことしねぇよ。」

サシでやったら負けないからなとかなんとか、随分都合の良いことばかり述べ始めたので、サシでやって勝てるならあんな振る舞いは必要のないことをどうやったらわからせることが出来るか、10秒ほど深雪は思案したが・・

馬鹿だから無理!

という結論に早々と達した。本当に本気でそんなことを言ってるのだとしたら、気の毒なほど頭が弱いに違いない。

「じゃあなんでこんな・・」

100歩以上譲ってやって、話を先に進めるため強い・弱いという問題はなかったことにしてやる。


 「お前、何で浜崎に惚れられてんだ?」

またしても焦点のズレた答えに、身体どころか頭が痛くなってきた。この人とはまともに会話出来ないのだろうか。

ちょっともう、さっき私を連れて来た人はどこへ行っちゃったのかしら。

杉原との会話はあきらめて、深雪はまたひと回転して部屋をぐるりと見渡した。

やはり薄暗くて特徴の見つけにくい部屋だが、目が慣れて来たのか遠いと思っていた天井には大きめの照明器具が取り付けられているのがわかった。少し高くなっているステージの様な台があり、扉は体から見て前方に開きのものが二面。壁を囲むようにソファーやテーブルが並んでいる。

(そういえば、クラブって言ってたかも)

先程の男の言葉を思い出す。


「聞いてんのか!?」

それはこっちが聞きたい。

無視してやろうとそっぽを向くと、予想外にも肩を抱き起こし、上半身ぐるぐる巻きのまま床に座らされる。

「知らないわよ!そんなこと。浜崎君に聞いてよ!」

床に転がってるよりはいくらか楽で、思ったより大きな声が出た。

杉原はにやりと満足げに笑い、肩をつかむ。

「そう。浜崎君に聞かないとな。」

(気色悪い、この人・・!)

必要以上に近くにある杉原の顔から眼をそむけながら深雪は考える。

そんなこと聞いてどうするというのだろう。自分が誘拐された理由には不十分だ。

この人は阿呆だから、言うことをいちいち気にするだけ損なのだろうか。

「ところで、お前はどうなんだ?」

「え?」

「浜崎のどこがいいんだよ。顔か?」

答えの恥ずかしさも手伝ってそっぽを向いたまま無視をしたが、杉原は続ける。

「あと・・ああ、あれか、案外うまいのか?お前意外と好きなのか?」


一瞬では言葉を理解しきれなかったが、間をおけば奥手な深雪でもさすがにセリフの趣旨がわかった。

「違うって?まああんな硬派気取ったやつたいしたことないだろーな」

無視は続けたつもりだったが、発言の下品な含みにむっとしたのが態度に出たようだ。


「じゃあどこもいいとこなんかないってことだよな?脅されたとか?」

ニヤニヤする彼の推測はあながちはずれでもない。当初は確かにそんなところもあった。

動揺した深雪に杉原はさらに詰めよった。

「だよなあ。したらこんな目にあわされて・・んっとに迷惑だよな。そんな男とは別れた方がいいよなあ」

そんな風に思ったことはなかった。和貴と付き合い始めて過ごした三日間を思い出す。

なかなか普段遭遇しない状況におかれたりはしたが、別れた方がいいなんて・・


思ったことはない。


(・・て)

「ち、近い!!放してよ!」

気がつくと、世界で唯一嫌いと認定した男の顔がもの凄い至近距離にある。


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