放課後に
「ね?かわいいでしょ?ね?」
「ふぅーーん。」
友香の、話を聞いた後の第一声はそれだった。
昨日の話をファミレスに行ったところから延々と、深雪は話し続けていたのだ。友香はあきれたような笑い声を漏らした。
先ほどから深雪は彼が優しいだとかかわいいだとか、あーだこーだとそんなことばかり言っているのだ。そりゃああきれたくもなるというもの。
昨日あれほど怖がっていたくせに。
「思ってたより普通の人でしょう?何かホッとしちゃって・・」
「良かったじゃん。付き合って。」
友香があっさり言い放つ。
「えっ。」
「良かったわねー、素敵な彼氏ができて。すっかりのろけてくれちゃってまあ。ごちそうさまー。」
・・もとい、半分皮肉らしい。
「え・・ちが・・あ、でも付き合うって・・でもでもそんな彼氏だなんてそんな・・」
深雪は深雪で舞い上がっているのか、平生の彼女には見られないリアクションで混乱してしまっていた。
色恋とは難儀な沙汰だ。
「でもならなんで今日は一緒じゃなかったの?」
友香はそんな彼女の態度をものともせず冷静にツッこむ。そうなのだ。今朝深雪は和貴と登校してきていなかった。
「それが・・」
深雪は和貴の家を知らないし、同じクラスになったこともないので電話番号さえ知らなかった。昨日ファミリーレストランで携帯電話の番号とアドレスを渡してもらっていたが、彼女自身今時めずらしく携帯を持っていないのだ。
「後で電話してみようと思ってはいるんだけど。」
学校の公衆電話を使うのもなんとなくはばかられて、気になったものの連絡できずじまいだった。結局和貴は五限が終わるまで学校自体に来ていなかった。
(ひょっとしたら・・)
思ったよりも昨日の怪我が酷いのかもしれない。それにたとえ怪我がそれほどのものではないとしても顔に傷が目立つうちは来づらいのかもしれない。
そうだとすればしばらく会うことが出来ないのかも・・。それは少し淋しい様な・・。
(え・・!?)
いやいやいや、淋しくない、淋しくなど。
大体おとといのおとといまで一言も口をきいていなかった人間なのだから、2・3日会えないところでそうそう淋しくなるものでもないだろう。
急に淋しい、など現金な証拠だ。
「深雪のとこ携帯禁止なの?」
神妙そうに固まった深雪の表情を見て友香が訪ねた。
「お父さんうるさい?」
高校生が携帯電話を持つことについて、という意味だ。
植田家では二つ上の兄の圭一が高校に入った年の誕生日に携帯電話を贈ってもらっていた。
だから深雪も欲しければ入手することは出来たはずだが、特に必要性を感じなかったため、携帯よりももっと欲しかったデジタルカメラを誕生日とクリスマスプレゼントの二回分を合わせて買ってもらったのだ。深雪は出かける先々にそのカメラを持って行き、よくいく公園や、散歩中の犬など被写体を問わず撮影するなどして大変重宝している。
だから希望すれば反対はされないだろうが、理由が理由なので、もし和貴の存在が知れたらと思うとなかなか恥ずかしくて切り出しにくい。
「べっつにいいじゃん!彼氏いたら携帯欲しくなるでしょ。いたって普通じゃない?」
「う、うん。そうなんだけどね・・自意識過剰かな。」
気にするほどのことではないのかもしれないが、急に携帯電話を欲しがったりすれば家族に冷やかされるのではないかと、内心不安になる。
「どこのにするの?浜崎何使ってるの?」
友香に促され、二人は教室を出た。いつの間にか教室には二人しか残っておらず、校舎内にも人影は少ない。部活動や委員会がある生徒、帰宅部の生徒達も各々既に活動場所へと散っていた。
「浜崎君はauだって。友香ちゃんのもそうだよね。」
「うん。じゃあ深雪もそうするよね。よかった。メールタダだし♪」
横で友香が代わりにはしゃいでくれているのを聞きながら、深雪はこの不思議な感情の出現に戸惑っていた。友香とこの高校に入って、出会った時にはすでに友香には彼氏がいた。同じ中学校から来た2―D(和貴とおんなじクラスだ)の佐竹光一である。
友香でなくとも中学の時からいわゆる“付き合っている”クラスメイト達も深雪の中学校にいたし、自分の親も周囲の親も、結婚して友人や自分を生んでいるわけだし、男女がお互いを好きあって対で行動することには何の疑問もなかったが、いざ自分がその立場になってみると“付き合う”というのが何なのかわからない。たしかに昨日一緒に食事をして、話して楽しくて、意外な共通点に分かり合えるという喜びもえられたような気がする。
こういう時間も幸せかも、と和貴は思わせてくれた。
が、
付き合うって、そうなる前と何か違うの?
口にしかけて、深雪は言葉を飲み込んだ。
今は分からなくても、和貴と時を過ごせばいずれ、わかってくるのかもしれない。
「どしたの?真剣な顔して。」
「ううん。そんな顔してた?」
笑顔で手を振って、駅の改札で深雪は友香を見送った。不思議なもので先ほどの疑問を抱いた瞬間から、何となく友人が普段よりも大人びて見えていた。
そしてどこからともなく湧いた感情の下、深雪はその夜ダイヤルを押し、電話番号の相手が出るのを待った。