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with  作者: 絹ヶ谷明頼
放課後 編
2/48

深雪と和貴 2

 


 「もう・・やめてよーーー!!」


辺りが暗くなってからもう大分経っていた。

あれから・・どう考えてももう10分以上、彼は暴力を受け続けている。

「浜崎くんが死んじゃう・・っ」

つかまれた腕はいくらばたついても振りほどくことが出来ない。――彼はそのせいでこんな目にあっているのに。


 「・・・気にいらねーなぁ。」

ぽつり、とリーダー格らしき男が和貴の頭部を踏みつけて言った。

「何でスか?俺スッキリしましたよ。まさかあの浜崎タコれるなんて。」

彼がポケットから煙草を取り出し口にくわえると横にいた小男がそれに火をつける。

「コイツよぉ、こんな目にあってるのに詫びいれねぇんだぜ?気分わりーったらねえよ!」

言いながら更に足に力を込める。

砂の擦れる音が悲痛に響いた。

「それ以上浜崎くんのどこ殴るって言うのよ、殴るとこなんて残ってないじゃない!」

彼一人ならーーこんな風にはならなかっただろう。先日の鬼のように強い彼の姿を知っているだけに目の前の光景は悪夢のようだ。

 「オーイ、浜崎よぉ、杉原さんの言葉聞こえただろ?ワビだよワビ!ワビいれんだよ!!」

「――――――んだよ・・」

「あぁ!?」

「テメェなんかにあ・・たま、・・げるくれぇなら死・だ方が・・んだよタコ。」

途端、格下らしい男の額に青筋が浮き上がる。

「フザケてんじゃねえぞ!!タコはどっちだボケ!!」

怒りにまかせて和貴の頭に足を振り下ろす。

「あっ・・」

 一度は止んだはずの攻撃の再開に一瞬深雪は身じろぐ。

「やっ、ヤダ、本当に死んじゃう・・、ねぇもういいでしょ?止めてよ、ねえ!!」

怖かったが言わずにはいられない。このままでは本当に和貴が死んでしまう気がした。頭と言わず顔といわず、至る所から流れた血が、砂にまみれてしまっている。

不良というものが恐ろしいとは知っていたつもりだが、まさかここまでとは・・。

「こんなことして何になるっていうのよ、浜崎くんが死んだらみんな犯罪者になっち・・」

 バンッ

「!!」


聞きなれぬ音に和貴がびくりと反応する。

頬をはたかれた衝撃で眼鏡が地面へ落下して割れた。

「うっせーんだよこのアマが!ブスのくせしやがって黙ってろ!!」

・・頬も痛いが、口の中も痛い。不意の衝撃だったので思わず口の中を切ってしまったのだ。

恐怖と悔しさで眼に熱いものがこみ上げたが、唇をかみしめ殴った相手を睨みつける。恐らく和貴はもっと、自分の何倍も痛い目にあっているのだ。こんな卑怯な連中の前で、泣いてなどやるものかと思った。

 その横で“杉原”がピュウっと口笛を吹いた。面白いものでも見つけたように。


「ヘェー、浜崎ぃ、テメェの女よー」

テメェの女とはつまり深雪のことだ。深雪としてはまだ正式に彼の彼女になったつもりはないのだが、とりあえず追及している場合ではない。

彼はこちらに近づいてくる。

「メガネとるとわりとマブイんじゃねえか?」

 予感に力を振り絞って、和貴が身を起こした時には既に遅かった。

その、瞳に映ったものを見て愕然とする。

「        」

杉原が、無理矢理唇を重ねている。

「――――っっ」

あまりの出来事に声も出なかった。

杉原は余裕顔でごちらに振りかえる。

「オレ、こーいう女結構好みなんだよな・・」

憎たらしいまでの笑顔が今まで見てきた生き物の中で最も卑しいものに見えた。

「のやろ・・!!」

「どーした、ワビいれんのか?あ?でねーとこの娘もっとヒデー目にあっちゃうもんなあ。」

それが目的で彼はこんなことをしたのだ。もちろん和貴が勝手にしろと言ってしまえばそれまでだが、彼は絶対にそうは言わない。

彼女をー深雪を勝手にされては困るからだ。

(浜崎くん・・)

深雪は自分を想う彼を見て急に悲しくなった。理由は、ない。


たしかにこれは自分にとってはファーストキスだ。あとで悲しみがこみ上げてくるのかもしれない。

けれど今は不思議とその姿を見ることの方がよっぽど辛かった。

彼は自分のせいでこんなに苦しい思いを強いられている。

 頬を雫が伝ってゆく。


それを見た和貴の心に、もう他の言葉はない。

「スイマセンでした。カンベンしてください・・っ」

 














「浜崎君・・!」

すぐさま深雪は駆け寄った。

「大丈夫?大丈夫?」

軽く身体をゆすり返事を促す。

ぼろぼろと流れ落ちる涙で視界はいささか不鮮明だったが、今度はどうしても止めることができなかった。

自分の為か、彼の為の涙か。


あれは和貴が恐らくもうずっと守り続けてきた意地だ――最後の意地を捨てざるを得なかったのだ。自分のために。

これほどに辛いことはあるまい。

そう思うと悲しくてたまらないのだ。

申しわけなくて、くやしくて・・

 「俺は、・・」

和貴が口を開いた。

「大丈夫だ。けど植田・・、お前」

「大丈夫だよ。どこも痛くないから。それより浜崎君の方がよっぽど大変じゃない、早く病院に・・」

「違う、植田!俺のせいで・・本当にすまない・・!」

「や、やだ!頭上げてよ。本当になんてことないから・・」

和貴は地に手をついて謝る。

外傷はなくとも、心には傷を負わせてしまった。自分は彼女を護ってやれなかった。

いつもいらぬ喧嘩をして恨みを買ったのは自分なのに、却って守ってやりたい人間を巻き込んでしまった己が情けない。

しかし一番情けないのは・・


「やっぱ・・俺のそばにいると危ねーから・・他人の方がいいみたいだな・・。」

「え・・?」

その一言で、彼女は心が揺らいだのがわかった。何故だろう。

ぎくりと身体がこわばる。

「――って・・」

うつむいたまま、彼は言った。

「言えねえのが情けねえ・・・」

それでも・・居てほしい。側にいてほしい。

 彼女をあんな目に合せておいて調子のよすぎる台詞だったが、別れようとは言えない。

だから情けない。

「・・・・。」


深雪はもう、そんなことどうでもよかった。ただ嬉しかった。真実がわかった。

 彼は本気で深雪を想ってくれているのである。














 「でね、その時友香が・・」

二人は事件から少し後、深雪の家の近くのファミリーレストランにいた。和貴が病院はいいと言い張るので、一度彼女の家に無理矢理連れて行って応急の手当てをほどこしたのだ。

 和貴はうん、と笑顔でうなずいてくれる。

うれしい。

彼の瞳に自分が映っている事が。

あんなことがあったせいか、以前よりもずっと親しい会話が交わせるようになった。

顔にはってある(深雪がやったのだ。)バンドエイドや、生乾きの傷跡が多少、痛ましくはあるが彼は幸せそうだ。

普段決して見ることのなかった優しい笑みだ。

「―――ね、浜崎く・・」

「和貴。」

「・・え?」

「・・って呼んでくれないか・・?」

(え・・ええ~~っっ!!?)

別に、そう呼ぶのが嫌なのではない。

驚いたのだ。

セリフとプラス和貴のこの照れぶりに。

(う・うそ。これがあの浜崎君・・??)

耳まで真っ赤に染めて、うつむき加減にこちらの様子をうかがっている。

まさか彼が・・こう言っては失礼だが、こんな風に純情な人物だったとは、意外すぎる。

しかしそれが逆に彼を人間らしく見せていた。

可愛らしい一面だ。

「か、和貴く・・」


ちょっと言いかけて急に詰まった。顔が熱い。

なんだかんだ思惑して胸中で和貴を笑ったが、結局自分も恥ずかしいらしい。

お互い照れまくって、上目の半分も動かせなくなった頃、助け船のようにウェイターが現れた。

パッと見二人と同い年位の、アルバイトさんだ。

 「お待たせしました。チョコレートパフェとフルーツサンデーです。」

ひきつった笑みでそう告げたかと思うとふた品と、パフェ類専用の柄の長いスプーンを手早く置き去って行ってしまう。

原因は一つ。和貴だ。

現役高校生の間で流れている和貴の伝説を彼は恐らく鵜呑みにしているのだろう。

傷だらけの彼を見て恐ろしくなってしまったに違いない。

和貴は早速気を取り直してもうパフェをつつき始めた。

 「俺、一度パフェ食ってみたかったんだ。」

男同士じゃ絶対頼めないから。

と少年のように笑う彼を見て、今までの全てがどうでも良い様に深雪には感じられた。

彼が例の浜崎だとか、噂の浜崎だとか言われている「彼」だとしても。

今自分と向き合って同じテーブルについている男の子は、同い年の和貴君なのだから。



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