感想文・未推敲
読みたくもない本の内容なんて、いくら読んでも頭には入らない。
感情もわかないし、感想も、無い。
私にとって『アリババと40人の盗賊』がそうだった。
夏休みの終わりは世界の終わりだ。
僕にとって、みんなにとって、全てのだらけた小学生の諸君にとって。
8月31日は地獄だ。
この日だけは、無敵で、自由であった僕も大人しく机に向かう。
一生懸命、一からこなしていこうなんて考えは、しない!
頭の中にあるのは、誰が手伝ってくれるか、誰なら写させてくれるか、だ。
国語はお母さんだな、うん間違いない。
餅は餅屋、プロはプロ屋。
算数は算数ドリルだったなあ……答えは先生に回収されている。
だけど!小遣いをはたいて、同一の算数ドリルを本屋さんで買ってある。
ぬかりはない。
理科と社会は伊藤君だな、伊藤君なら教えてくれる!
あいつが持っていないスーパーファミコンのソフト、それで手を打ってくれるだろう。
これで主要科目は大丈夫。
さあ、作業に入らなければ時間がない。
夜。
全てを完遂させた。
新学期の案内、そこには9月1日審判の日に持っていくべきものが記載lされている。
チェックマークを一つずつ入れていく。
算数ドリル、漢字ドリル、理科・社会の問題集、読書感想文。
読書感想文?ドクショカンソウブン?
そんなのあったっけ……
書かれている以上、提出しなければならないのは確か。
そうだ、そういえば『アリババと40人の盗賊』だ!
たしか先生がそういう話をしていたのは覚えている。
本棚のどこかに消えたその本を探す間に、楽できる術も探す。
けれども、こればっかりは他人のを写すわけにはいかない。
流石の私でもそれだけは躊躇lする。無理、無理。
なんの対策も浮かばず、30分後には膨れっ面で本を読む私。
ちゃちゃっと話を抜き出し、くっつけるだけの作業。
まー、文章も変じゃないし、大丈夫だろう。
間違ってたりしないか、母上様に確認してもらおう。
こんなもんじゃない?そんな言葉あたりをいただく、そう軽く考えたのが間違いだった。
「あんた、これ、あらすじ書いてるだけやん」
見せなければよかった。そのまま何事もなく、宿題として提出すればよかった。
「読書感想文になってない、書き直し、ボツ」
私の努力と怠惰の結晶である1枚の紙は、無残に丸められ、そしてゴミ箱へ。
一度置かれた監視は、完成するまで解けることは無い。
「できたの?みしてみ」
そう言われるのは当たり前のことだから。
結局、読書感想文、使える感想だけを残して、どんどん削られていった。
「ぼくは、とうぞくからざいほうをぬすんだアリババもどろぼうだと思いました」
残ったのはそれだけ。
自分では本当にこれだけしか思えなかった。
ほかの適当な言葉は全部消された。
もう、心身ともにすごい疲れていた覚えがある。
たった3行、タイトルいれて4行、名前いれて5行、絶望的だ。
しかし、鬼の母上は更に恐ろしい事を言い出す。
神に逆らう、神をも恐れぬ一言を。
「よし、これでいい、これ提出しな」
私はこれを提出したことにより、先生にどう怒られるか、どう叱られるか。
まどろみながら、そう考えていたと思う。
母が、これでいい、それだけで心強く、疲れと安心感でそのまま私は眠ってしまった。
ずっとびくびくしていた。
そしたらやっぱり呼び出された。
僕は担任の先生が嫌いだった。
みんなからも、怖がられ、逆らってはいけない象徴。
いつも何かに怒っていた。
僕のお母さんも担任が嫌いだった。
子供の悪口ばっかり言うから。
呼ばれた理由は読書感想文のことだった。
どうしてこんな状態で出したのか?
なぜ、もっと書かなかったのか?
宿題する気があるのか?
一つ一つ、理解できる時間もなかった。
気づけばいつのまにか泣いていた。
お母さん------!!
学校の先生に呼び出された。
ああ、なかなか早かったじゃない。
最悪授業参観の時まで伸ばされると思ったけど。
下準備はバッチリしてある、問題ない。
息子の教室に入ると、先生と、そして息子がいた。
私はこの先生が嫌いだ。
何事も自分の感性で測る、典型的な先生至上主義者。
「お母さんもね、しっかりしてくださいよ!」
きっと、そんな事をいってくるに決まっている。
自分の価値観に合わない者には叱責を与える。
だから息子は私に読書感想文を見せた。
母親として、私は先生より格上でなければならない。
じゃないと、私の育て方が否定されてしまう。
悪戯好きで、ちょっと怠慢になったけど、いい子に育てた。
そう自分で自分を誇れるように。
「これはどういうことですか?お母さん、ご確認ください!」
「いえ、結構です。内容は存じております」
食って掛かる先生に、しれっと答える母。
「それでは、このまま出すことを了承なされたのですか?」
「はい、そうですけども」
先生の顔は赤くなり、目つき悪く母を見据えた。
「他のお子さんはもっと多く書いてます」
「多く書けばいい、そういうものでしょうか?」
すごく、気まずい。ここにいなくちゃいけないのがつらい。
「やはり、多少は『書く』という努力も必要なんです!」
「それでは、これで満足いただけますか?」
そういって母はしわしわになった何十枚もの紙を出した。
僕が書いた感想文だ。捨てられたかと思ってた。
「私が言うのですから間違いありません、この3行でいいんです」
「学年の栞などに、この文章が載りますが、構わないんですか……?」
「ええ、結構」
「お母さん、あんなこと言って大丈夫かなぁ?」
「うん、大丈夫やで」
「僕はいいけど、お母さん先生と喧嘩しちゃったやん」
「昔からあんたの先生、嫌いやねん」
「そうなんや、僕も嫌いやねん」
帰り道、お母さんごめんなと言ったら、そういう時はありがとうやと叱られた。
そして私の読書感想文が、学年の栞にのった。
私は栞を配られた日、クラスの笑いものになった。
先生が、こいつみたいに文章少ないとな、恥ずかしい思いするからな。
そう言った。そう言われた。
同級生は、いつもの先生の嫌がらせと判っているから、大して気には留めてなかった。
一部のやつらから、俺のおかんがお前のおかんのこと、こういってたぜ!
とか、アホらしい罵倒を受けたのは確かだけど。
三者面談の内容も含まれていたから、漏れたとしたらやはり先生なんだろうな。
しかしその3日後、母がエッセイで大賞を獲る。
短さを晒された文章に、黄金色の箔がついた。
もう、誰も馬鹿にすることはなかった。
ずばっと核心を突くところがいい、だとかアリババも泥棒と捉えるとこが斬新、とか。
全部が180度変わった。
それくらい、片田舎の小学校では噂が広まるのは早かった。
「お母さん、有難う!お母さん、僕のために賞とってくれたんやね!」
「有難うちゃう、おめでとうやろ?あんたの為に賞とったわけじゃないからね」
「前の読書感想文のことあったから、賞とったんじゃないの?」
「そんくらいで獲るわけないやろ?ついでや、ついで。そんな理由で1等獲れるほど甘くないで?」
「んじゃどうして1等とったん?」
「どうして1等とったん、って聞き方おかしいけど、まあ、1等が1番賞金多いからやで」
「……こうなることわかってたん?」
「こうなるやろな、とは思ってたよ」
「よくそんなんわかるね、1等選ばれるとか、全部こうなるとか」
「それがわかるから、こうしたんやんか、あんたもあほやなあ」
母は強い、敵にしたら怖い。
そんな怖い母だけど、ぼくはかっこいいなと思いました。