プロローグ
環湾都市圏第4生活区画。——夜が明けない街、通称ネオン・バックアレイの朝は、空が明るくなるより先に始まる。
頭上を走る高架線を列車が通過し、建物の壁面に埋め込まれた広告端末が一斉に点灯する。視界の端では、立体映像の広告が新型義肢の性能を誇らしげに宣伝していた。従来品よりも三割軽量化、応答速度は二倍、装着者の神経信号との同期精度も大幅に向上。そんな文句が、けばけばしい光と一緒に通りを埋め尽くしている。
朝も夜も、広告の内容が変わるだけで消えることのないネオンの光。変わらない喧しさにうんざりして、頭上の作業用ゴーグルを下ろした。
「最新型、ねぇ……」
もっとも俺の住んでいる場所からは、その最新型がまともに動いているところなんて見たことがない。
ここはメインであるネオン大通りから二本ほど外れた雨継通り。大企業の看板や広告が所狭しと並ぶ区画とは違い、こちらの看板は半分ほどが故障している。店先の照明は色が揃わず、壁面の広告は古い映像を繰り返し流していた。雨が降れば排水設備が追いつかず、晴れればどこからか積もった埃が舞う。
華やかな表通りから見れば、ただの薄汚い裏路地だろう。けれど、俺はこっちのほうが性に合っていた。
少なくとも、壊れたものを直してまで使い続ける人間がいる。新品に買い替えられないからといって、生活まで諦めるわけにはいかない人間がいる。そういう連中が集まって、なんとか今日を回している。その一角に、俺たちの仕事場がある。
——ANYFIX。
表に見捨てられた雨継通りにて、どんな依頼も受け付ける便利屋の事務所……といえば聞こえはいい。けれど事務所の看板は少し古びていて、最後の「X」の照明だけが時々ちらついている。入口のドアは開閉するたびに嫌な音を立てて。雑居ビルの二階に上がる階段は狭く、壁の配線は見えるところを這い回り、室内には修理待ちの端末やら部品やらが積まれていた。
引っ越しをしようにも、修理をしようにも……生きていこうにも。何をするにしてもとにかく金がかかる。
『――続いて、環湾都市圏の医療技術に関するニュースです。白環医工は本日、新型人工臓器シリーズの拡充を発表しました。対象となる患者の適応範囲を広げ、より多くの市民に高度医療を提供できる見込みです』
作業台の上に置いたホログラム端末から、ニュースキャスターの声が流れている。ゴーグルを少し上へとズラせば視界の隅に表示された映像では、白衣を着た研究者らしい人物がつやつやした人工臓器の模型を前に笑っていた。字幕には医療の未来だの、誰もが安心して暮らせる社会だの、耳当たりのいい言葉が並んでいる。
——その次には、環湾基盤機構による認証システムの更新案内。さらにその次には、ネオン大通りで開催される新型義肢の体験展示会。
人工臓器の性能が上がろうが、認証システムが新しくなろうが、新型機体が普及しようが。今日の依頼が増えるとは限らない。むしろ新しい規格が普及するたび、古い機器との互換性がなくなって、こっちに持ち込まれる厄介な修理案件が増えることすらある。
表通りの最新とは程遠い古びた裏通り。平等を謳いながらも巨大企業の連中からしたらお客様にはなり得ない俺達には、実感の湧かないニュースばかりが流れていく。
『また、第4生活区画の旧線区周辺では、廃棄機器の不正回収に関する注意喚起が――』
そこで、俺は端末の音量を一段階下げた。またか、とは思うものの朝から物騒な話を聞きたいわけじゃない。
「別にそんなのいつも通りだろ」
回収したジャンク品の不正売買なんて今に始まったことじゃない。
伸びをして固まった体をほぐしつつ、作業台の脇に置いていた小さなケースを開け、タブレット菓子をひとつ摘まむ。口の中に放り込むと、作られた甘ったるい味が舌に広がった。
今日も平和だ。
メールフォルダを確認しても依頼はまだ来ない。端末に届いているのは、先日送った見積もりへの返答がひとつと、近所の店主からの雑談めいたメッセージがふたつ。急ぎの仕事も、面倒な仕事も、今のところはない。
こういう日は、のんびり溜まっている整備記録を整理するにはちょうどいい。そう考えて、俺が端末に手を伸ばした——そのときだった。
「リク!!」
「っ、げほっ! ごほっ……!」
古びたドアが破壊されるのではと心配になるレベルの衝撃と共に、勢いよく開かれる。突然の大きな音に口に入れたばかりのタブレット菓子が、盛大に気管へ入り込んだ。
咳き込みながら顔を上げると、入口に立っていたのは予想通りの人物。俺の相棒ことソラが、やたらと眩しい笑顔を浮かべていた。
「おっ、起きてたか!」
「……見れば分かるだろ……っ、げほっ!」
「なんだよ、風邪か?」
「お前のせいだよ!!」
ようやく咳が収まったところで、俺は睨みつけた。が、ソラはまるで堪えた様子もなく、にかっと笑う。悪びれるどころかむしろ何かいいことがあった、そう全身で主張しているような顔だった。
その両腕に、何かを抱えている。いや、抱えているというより、拾ってきたものを大事そうに持ち運んでいる。そう言ったほうが正しいだろう。
小型の機械だ。丸みを帯びた胴体に、短い四肢。頭部には動物の耳を模したらしい突起がついている。全体的に汚れがひどく、外装の塗装はあちこち剥がれ、脚部の片方は妙な角度に曲がっていた。頭部のセンサーらしき部分にも傷が走っている。……どう見たって、ろくな状態じゃない。
「……何それ」
「ペットロボット!」
「見れば分かるよ」
「だろ? こいつ、修理してくれないか!」
ソラはそう言うと、俺の目の前にロボットを差し出した。俺は数秒黙ってそれを見つめ、次にソラを見る。輝く瞳に眉間のシワが深くなるのを自覚しながら、もう一度ロボットへ視線を戻した。
「……いや、どこを直せって?」
「え?」
「いや、え? じゃなくて。コイツ、もうジャンク品だろ」
「まだ分かんないだろ!」
不満げな様子で、ソラは俺へと差し出していたロボットを改めて抱え直す。駄々をこねる相棒になんて言えば手遅れだと伝わるのか、再びタブレット菓子を口に放り込んで思考を巡らせる。
「分かるよ。外装が割れてる。脚部が歪んでる。センサーも傷んでる。あと、ぱっと見ただけでも内部に汚れが入り込んでる。少なくとも、修理費用を考えたら新しいのを買ったほうが安いな」
「で、でも……直せるかもしれないじゃん!」
「直せるかもしれない。で、何でもかんでも持って帰ってくるな」
「いやー、でもさ!」
「ガキじゃないんだから、でもでもだってするなよ」
ソラは俺の説教を右から左へ流しながら、抱えていたロボットを少し持ち上げた。わずかに動かしただけで、機体から軋んだ音がする。ジャンク品としても価値があるかどうか分からない代物だ。どうソラを説得するべきかと頭を抱えていると、本人は思い出したように声を弾ませた。
「こいつ、すっげえ逃げるんだよ!」
「……は?」
「最初に見つけたとき、路地の隅っこにいたんだ。ボロボロだし、もう動けないのかと思ったらさ。俺が近づいた途端に逃げようとしたんだよ!」
ソラの目が、きらきらと輝いている。
「珍しいだろ?」
「……まあ、珍しいといえば珍しいけど」
「だろ!」
得意げな顔をしてソラが笑う。その顔に一言言ってやりたくなって口を開き、けれど結局言葉になることがない。珍しい反応だということは否定できないからだ。
ペットロボットは人間の生活に寄り添うための機械だ。飼い主の呼びかけに反応したり、感情を推測して振る舞いを変えたり、家庭内でのコミュニケーションを補助したり。機種によって機能は違うが、少なくとも人間を積極的に避けるような動作は標準的な仕様ではないはずだ。
もちろん、過去の持ち主が特殊な設定を施した可能性もある。だがこの旧式の機体に、そこまで複雑な判断をさせる必要があるだろうか。
「それで、捕まえたのか?」
「おう! 逃げるから捕まえた!」
「……そりゃそうだろうな」
あまりにも動物的すぎる返答に呆れて、一瞬言葉に詰まる。動くから気になる。逃げるから捕まえる。子供かお前は、なんて言葉は今さらソラが気にするはずもない。
想像しやすい光景に、ため息のように言葉がこぼれ落ちた。
「そしたらさ。こいつすげー抵抗するんだよ。脚をばたばたさせて、こっちの腕から抜けようとするし!」
「壊れかけの機体でよくそんなことを……」
「だろ? だからさ! もしかしたらまだ元気なのかもなーって思って!」
そんな俺の反応なんか眼中にないようで、ソラはまるで自分の発見を褒めてほしい子供のように笑う。
「でもここまでボロボロじゃん? だから、リクに直してもらおうと思って!」
「お前さあ……」
俺はこめかみを押さえて、小さく唸った。経緯は分かった。気になる理由も、修理してほしい理由も分かった。だからといって、納得したことにはならない。
「拾い物の癖、どうにかならない?」
「えー? でもこいつ、まだ使えるかもしれないだろ?」
「そうやって持ってきた物。部屋の隅にどれだけ積んであると思ってるんだ」
「使える物もある!」
「使えてない物のほうが圧倒的に多い」
「そんなことないって!」
思わず視線を横へ向けた。作業場の奥。壁際に積まれた旧式端末。部品の取れた小型ドローン。用途不明の金属ケース。何かのセンサーらしきものが入った箱。その大半は、ソラがどこかから拾ってきたものだった。
確かに使える物もある。中には珍しい部品が混ざっていて、修理の役に立ったこともあった。けれど使えるものがあるという事実は、使えないものまで拾っていい理由にはならない。俺はそう言いたかった。言ってやりたかった、のだが。
「……はあ」
ソラの顔を見る。あまりにも期待に満ちた目に、こちらの返答を待つ姿勢。まるで俺が断る可能性など、微塵も考えていないような態度。
……こいつ、俺が断れないのを分かってやってるんじゃないだろうな。
「分かった。見てみる」
「ほんとか!?」
「修理できるかは別。直らなくても文句言うなよ」
「言わない言わない!」
「その返事、前にも聞いた気がするんだけど」
「気のせいだって!」
聞き慣れた言葉に、本日何度目かのため息を吐き出す。俺は作業台の上を手早く片付けると、ロボットを受け取った。
近くで見ると、やはり状態はひどい。外装の割れ目には細かな砂や埃が入り込んでいるし、関節部も長く手入れされていなかったらしい。試しに機体を支えて角度を変えると、歪んだ脚部からかすかな軋みが返ってきた。俺は端末を接続し、簡易診断を試みた。
——反応なし。
「……そりゃそうか」
「どうした?」
「充電切れ。これじゃそもそも動かない」
「そっかー。じゃあさ、充電したら動くかな?」
「バッテリーが生きてればな」
俺はロボットを裏返し、充電端子の状態を確認した。規格は古いが、特別珍しいものではない。少なくとも、外側から見た限りでは、これといって妙なところはなさそうだった。もっとも、外側から見ただけで判断できることなんて限られてはいるけれど。
「こいつ、どこで拾ったんだ?」
「そこの路地裏!」
「どこの」
「ほら、建物の裏を抜けたところ。廃材が置いてあるじゃん?」
「ああ……あそこか」
確かに。あの辺りなら廃棄された機器が転がっていても不思議じゃない。回収業者が来る前に誰かが持ち去ることなんてザラだし、正式な廃棄手続きを通さずに捨てられたものだって珍しくはない。
……珍しくはない、けど。
「……人から逃げようとした、ねえ」
俺は手元のロボットを見下ろした。人間に寄り添うためのペットロボットが、人間から逃げようとした。単純な故障で説明できるのか。それとも何か別の理由があるのか。
過去の持ち主に対する反応が残っていた。あるいは、何らかの理由で通常とは異なる判断をするようになったのか。今の段階ではどれも可能性の域を出ない。
「……」
気になる。非常に気になる。
分解して、制御系統の規格を確認して、どんな判断処理が組み込まれているのか、とことん調べてみたい。製造元が分かれば、搭載されている機能だってある程度は絞り込めるだろう。
——けれど。
息を長く吐き出して気持ちを切り替える。こいつはソラが持ち帰ってきて、俺が修理を頼まれた機体だ。
「とりあえず、こいつをどこまで直せるか確認する。お前はそこで大人しくしてろよ」
「おう!」
「返事だけはホントいいよな」
「へへっ」
楽しそうなソラの顔を一瞥してから、俺は作業台の上にペットロボットを寝かせた。すぐ隣では当の本人が机に両手をつき、期待に満ちた顔でこちらを覗き込んでいる。
「……近い」
「えっ、見ちゃダメ? 邪魔?」
「見てもいいけど、大人しくしてろよ。部品を踏まれたりしたら面倒だから」
「分かった!」
ソラは素直に一歩下がると、部屋の隅から古ぼけた椅子を持ってきて、作業台の近くに腰を下ろした。まあ、動き回らないだけ良いか。
俺は作業台の照明を点け、診断器を脇へ寄せる。まずはバッテリーが損傷していないかを確認し、充電系統の状態を調べる。安全に充電できると判断できたら、外装を外して内部を点検するつもりだ。
壊れている箇所をひとつずつ確認し、必要な部品を交換する。使える部品はなるべく活かす。フル交換できるほど資源も資金も潤沢じゃないから。
ソラが拾ってきたものだからといって手を抜く理由にはならない。やるからにはちゃんと直して動く姿を見たいと思うし。……まあ、もう少しマシなものを拾ってきてほしいとは思うけど。
「なあ、リク」
「今度は何」
「こいつ、直ったら名前つけていい?」
「ソラが拾ってきたんだから、お好きにどーぞ」
「よっしゃ!」
まだ修理が始まってもいないのに、ソラはすっかりその気だった。俺は小さくため息をつき、バッテリーの診断を開始した。
作者がサイバーパンクなキャラクターは描けるけど書けない……書きたいなぁ、という思いから表現方法などAIの手をお借りして書いております。
文章となるとガジェットや技術の表現方法が現段階では理解不足ではあります。ですが物語が進むように私の理解度を磨き、表現方法を深めていきたいと思っておりますので。長い目でお付き合いいただけると嬉しく思います。




