缶ビールと柿ピー
深夜二時、俺は客のいないガラガラの店内を焦点も合わせず見つめていた。チカチカ光る電光板のCMに合わせて流行りの音楽が流れている。だが聞いている人は俺しかいない。店内の清掃や陳列は既に済んでいる。暇を持て余し、天井の黒いシミの数でも数えていると、静かに自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ。」
覇気のない声でボソボソと呟く。40代ほどかと思われるサラリーマンのスーツはシワだらけで、目に光が灯っていなかった。彼は缶ビールと柿ピーを手に取ると、ゆっくりとレジへ歩いてきた。慣れた手つきでバーコードを読み取ると、サラリーマンは小銭をじゃらじゃらと探しながら丁度で支払った。レシートを彼に渡す。
「ありがとう。」
思いがけない言葉に俺の体はビクンと反応した。
「ありがとうございました。」
形式的な挨拶を済ませた俺の心臓の鼓動は速くなっており、手には汗が滲んでいた。レジの接客でお礼を言われたのは初めてだった。血液の巡りで熱くなった体を落ち着けるのには少々時間がかかった。
俺は彼が店に訪れる時間になると落ち着かなくなるようになった。レジ前を掃除し、商品の陳列を再度確認する。サラリーマンは相変わらず缶ビールと柿ピーを買っていったが、決してお礼を言うことは欠かさなかった。その度に俺はその言葉を頭の中で反芻し余韻に浸っていた。
ある夜、俺はルーチーンをこなしながらサラリーマンが店に来るのを待っていた。客のいない店内に、俺はいつしか温かさのようなものを感じるようになっていた。相変わらず無機質な空間ではあるが、それを満たす空気が変わっていっているような錯覚を覚えていた。せわしなく腕時計を確認する。おかしい。午前二時を回ったというのに彼は一向にやって来ない。呼吸が不規則になっていく。いつしか周りの空気は俺を包み込むかのように優しいものではなく、以前のように牙を向けてきているように思えた。爪を研ぎながら、チャンスをしたたかに待ち続けている肉食獣かのように。堪えきれなくなった俺は、店の外に駆け出していた。辺りを見回すが、静寂が広がるのみで街灯の薄暗い灯り以外は何も視界に映らない。心臓の鼓動が耳の中で増幅していく。身体中から汗が吹き出ているのを感じる。すると突然聞きなれた声が耳に入ってきた。
「どうしたんですか、こんな所で。」
反射的に声の方を見ると、スーツを相変わらずシワだらけにした男が歩いてくるが見えた。俺は脚の力が緩んでしまいそうなのをなんとか堪える。いつのまにか緊張感は解け、呼吸もいつも通りになっていた。俺は男に見られないように、足早に店内へ戻りながら声をかける。
「いえ、ちょっと外の空気が吸いたくなりまして。いつものでいいですか?」
「ああ、頼むよ。」
店に戻りキンキンの缶ビールと柿ピーの袋を手に取る。そこには再び暖かい空気が満ちているのを感じた。




