表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

殺されたはずの令嬢ですが、転移魔法で生きていたので全て奪い返します

作者: たま
掲載日:2026/03/22

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

転移の秘密と復讐


侯爵家の令嬢、エレオノール・フォン・アルトシュタットは、春の訪れとともに領地視察の旅に出た。父であるアルトシュタット侯爵は、将来の領主としての自覚を養うため、年に数回は自ら領地を巡るよう命じていた。馬車には、義姉のクラリッサと婚約者のヴァイマル伯爵家の嫡男、ルドルフも同乗していた。


「エレオノール、そろそろ休憩しませんか? この辺りは景色も良いですし」


クラリッサが甘い声で提案した。彼女は母の再婚相手である侯爵の連れ子で、エレオノールより三歳年上だった。金色の髪と青い瞳、完璧な笑顔は宮廷でも評判だったが、エレオノールはその笑顔の裏に潜む冷たさを感じ取っていた。


「そうですね。確かにこの崖からの眺めは素晴らしい」


ルドルフが馬車を止めるよう指示した。彼は端正な顔立ちの青年で、政治的な理由から一年前に婚約が決まった。エレオノールは彼に特別な感情は抱いていなかったが、少なくとも礼儀正しく接してきた。


三人が崖の縁に立った時、クラリッサが突然エレオノールの手を握った。


「エレオノール、あそこを見てください。珍しい鳥がいますよ」


エレオノールが視線を向けた瞬間、背中に強い衝撃が走った。ルドルフの手が彼女を押していた。彼女は崖から転落していく自分の体を認識した。風が耳元で唸り、眼下に広がる森林が急速に近づいてくる。


その時、エレオノールは驚くべきことに、自分が全く恐怖を感じていないことに気づいた。むしろ、ようやく解放されたような安堵さえ覚えていた。


彼女は幼い頃から一つの秘密を抱えていた。転移魔法が使えるのだ。最初に気づいたのは七歳の時、怒った家庭教師から逃れようとして、気づいたら図書室から自分の寝室に瞬間移動していた。以来、彼女はこの能力を誰にも明かさず、こっそりと訓練を重ねてきた。今では数十キロ離れた場所でも正確に転移できるまでになっていた。


落下しながら、エレオノールは冷静に思考した。クラリッサとルドルフが共謀して自分を殺害しようとした理由は明白だ。侯爵家の莫大な財産と地位を手に入れるためだ。父には男子の跡継ぎがいない。エレオノールが死ねば、クラリッサが侯爵家を相続する可能性が高まる。ルドルフもまた、侯爵家の財産と結びつくことで、没落しつつある自らの家系を救おうとしていた。


「さようなら、エレオノール」


崖の上からクラリッサの声がかすかに聞こえた。彼女はわざとらしい悲鳴をあげるふりをしているようだった。


エレオノールは空中で姿勢を整え、目を閉じた。転移のためのイメージを明確に描く。目的地は侯爵邸にある自分の寝室。カーテンの揺れ、机の上の日記、窓から見えるバラ園の景色――。


一瞬の眩暈とともに、落下感が消えた。エレオノールは柔らかい絨毯の上に立っていた。確かに自分の部屋だ。窓の外にはまだ明るい午後の光が差し込み、何事もなかったかのような平穏が広がっていた。


しかし、時間は限られていた。クラリッサとルドルフはすぐに「悲劇」を報告しに戻ってくるだろう。彼らはエレオノールが転落死したと確信している。その隙を利用しなければならない。


エレオノールはまず、父の書斎へ向かった。侯爵家の財産に関するすべての書類はそこに保管されていた。土地証書、銀行の預金証書、宝石類の目録、投資先の記録――彼女は転移魔法を駆使して、これらの重要書類を次々と領地の洞窟へ移動させた。


次に金庫室へ。ここには代々伝わる宝石や金貨、美術品が収められていた。エレオノールは手をかざし、集中した。転移魔法は物体にも使えるが、大量のものを一度に移動させるにはかなりの集中力を要した。額に汗がにじみ出るが、彼女は止めなかった。


三時間後、侯爵家の財産のほぼすべてが、領地内の秘密の洞窟に転移されていた。その場所はエレオノールが子供の頃に見つけた隠れ家で、誰にも知られていなかった。


ちょうど作業を終えた頃、邸内に騒ぎが起こった。クラリッサとルドルフが戻ってきたのだ。エレオノールは自分の寝室に転移し、窓の陰から様子を窺った。


中庭では、クラリッサがわめきながら父に何かを訴えている。彼女のドレスは泥で汚れ、髪は乱れていた。完璧な演技だ。


「お父様、本当に恐ろしいことが起こりました! エレオノールが崖から滑り落ちてしまったのです! ルドルフ様と私が必死に救おうとしましたが、間に合いませんでした!」


ルドルフも悲痛な表情を浮かべてうなずく。


「侯爵閣下、申し訳ありません。私の不手際です。エレオノール様が崖の縁で足を滑らせた時、すぐに手を伸ばしたのですが…」


アルトシュタット侯爵の顔から血の気が引いていくのが、窓からでもはっきりと見て取れた。


「何てことを…すぐに捜索隊を出す! 生きているかもしれない! すぐにだ!」


侯爵の声は震えていた。エレオノールは胸が締め付けられるような思いだった。父は本当に心配している。彼女は今すぐに飛び出して、真実を告げたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえた。まだ時期ではない。


義母であるクラリッサの実母、ベアトリス夫人も舞台に現れた。彼女はハンカチで目を覆い、すすり泣くふりをしている。


「ああ、かわいそうなエレオノール! どうしてこんなことに! 神様、どうか彼女が無事でありますように!」


その演技の巧みさに、エレオノールは冷たい笑みを浮かべた。ベアトリス夫人は常に表面上は優しいふりをしながら、陰でエレオノールのことを「前妻の子」と蔑んでいた。侯爵との再婚以来、彼女は着実に邸内での影響力を強め、ついには執事や使用人たちの多くを自分の味方につけていた。


捜索隊が組織され、馬に乗った男たちが邸宅を出発していった。クラリッサとルドルフは互いに意味深な視線を交わし、わずかに笑みを浮かべているのが見えた。彼らは確信していた。あの高さから落ちて生き残れるはずがないと。


夜が訪れた。捜索隊は何も発見できなかったと報告した。崖の下には深い森が広がり、夜間の捜索は危険すぎるという。侯爵は憔悴しきり、書斎に閉じこもった。


エレオノールはこの時を待っていた。彼女は静かに寝室を出て、邸内を移動した。使用人たちは悲劇に動揺し、ある者は泣き、ある者は祈っていた。誰も彼女に気づかない。転移魔法を使い、影のように移動するのだ。


まずは執務室へ。ここには侯爵家の日常の業務文書が保管されていた。エレオノールは重要な書類を選別し、転移させた。次に厨房へ。食料の備蓄も大切だ。彼女は保存の効く食糧の一部を秘密の洞窟に移した。


三日が経過した。公式にはエレオノールの生存は絶望的と見なされ始めていた。クラリッサとベアトリス夫人はすでに喪服を用意し、葬儀の計画を立て始めていた。


四日目の朝、エレオノールはついに行動を開始する時が来たと判断した。彼女は慎重に計画を練った。単に生きていることを明かすだけでは不十分だ。彼女を殺害しようとした者たちに相応の報いを与えなければならない。


その日、侯爵は家族と側近を集めて会議を開いた。エレオノールの「死」後の相続問題について話し合うためだ。


広間には重苦しい空気が漂っていた。侯爵は疲れ切った表情で長テーブルの主座に座り、その横にはベアトリス夫人、クラリッサ、ルドルフが並んでいた。他にも執事長や会計官、侯爵家の法律顧問が出席していた。


「…相続に関しては、法律上、エレオノールに子がいない場合、クラリッサが最も近い相続人となります」


法律顧問が書類をめくりながら説明した。


クラリッサは下を向き、慎ましやかな態度を装っているが、その口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。


「しかし、まだ捜索は続けなければならない」侯爵の声には力がなかった。「わが娘の遺体が発見されるまでは…」


その時、広間の扉が静かに開いた。すべての視線がそこに向けられた。


喪服を着たエレオノールが、ゆっくりと室内に入ってきた。彼女の顔は蒼白だが、目は冷静で鋭い光を宿していた。


一瞬、時間が止まったような沈黙が広がった。


「幽…幽霊だ!」ベアトリス夫人が金切り声をあげた。


クラリッサは椅子から転がり落ちんばかりにのけぞり、ルドルフは顔面が真っ青になった。


「エレオノール…?」侯爵が震える声で呟いた。「生きていたのか? どうやって…どこに?」


「お父様」エレオノールは落ち着いた声で答えた。「私は生きています。そして、ここ数日、この邸宅で何が起こっていたかをすべて知っています」


彼女はゆっくりと歩み寄り、クラリッサとルドルフを指差した。


「この二人が私を崖から突き落としました。殺害しようとしたのです」


「嘘です!」クラリッサが泣き叫んだ。「エレオノール、あなたはショックで正気を失っているのよ! 私たちはあなたを救おうとしたのに!」


「そうだ、侯爵閣下」ルドルフも必死に言い訳した。「エレオノール様は誤解されています。あの日、彼女は自ら足を滑らせたのです。私は救おうと手を伸ばしましたが…」


エレオノールは冷笑した。


「では、なぜあなたたちは私が転落した直後、悲鳴をあげる代わりに『さようなら』と言ったのですか?」


クラリッサの顔から血の気が一気に引いた。


「そ、そんなことは言っていない!」


「言いましたよ、クラリッサ、そしてルドルフ様は『これで侯爵家の財産は我々のものだ』と付け加えましたね」


広間内にざわめきが起こった。侯爵の目に怒りが灯り始めた。


「エレオノール、これは本当か?」


「はい、お父様。そしてもう一つお伝えしなければならないことがあります」エレオノールは室内を見回した。「この三日間、私は侯爵家の財産のすべてを安全な場所に移しました。書類、宝石、金貨、すべてです」


ベアトリス夫人が立ち上がった。


「何てことを! あなたは泥棒よ! 自分の家から盗むなんて!」


「盗んだのではありません。保護したのです」エレオノールは冷静に言い返した。「なぜなら、私が『死んだ』後、これらの財産がどこに消えるか、よくわかっていたからです」


侯爵は深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がった。彼の目には悲しみと怒り、そして決意が混ざり合っていた。


「執事長、クラリッサとルドルフを監禁しなさい。法律顧問、即刻、彼らに対する告訴手続きを開始してください」


「お父様! お願いです、信じてください!」クラリッサが泣きじゃくりながら侯爵の足元にすがりついた。


しかし侯爵の目は冷たかった。


「エレオノールが嘘をつく子ではないことは知っている。お前たちがここ数日、悲しみを装いながら、実は嬉しそうにしていたのも見ていた」


事態は急速に展開した。衛兵たちが駆けつけ、クラリッサとルドルフは連行されていった。ベアトリス夫人も共謀の嫌疑で自室に軟禁された。


その後、侯爵はエレオノールと二人きりで話し合った。彼女は転移魔法の秘密を初めて明かした。侯爵は驚いたが、すぐに理解を示した。


「お前の母も、特別な力を持っていた」侯爵は遠い目をして言った。「彼女が亡くなった時、お前にも何かが受け継がれているかもしれないと思っていた」


エレオノールはすべての財産を隠した場所を父に伝え、徐々に戻していくことを約束した。


数週間後、裁判が開かれた。クラリッサとルドルフの謀略は明白となり、二人は斬首の判決を受けた。ベアトリス夫人も離縁され、実家に戻された。


侯爵家は一時的な混乱を経て、以前よりも結束を強めた。使用人たちのうち、ベアトリス夫人に与していた者たちは解雇され、新たな人材が補充された。


エレオノールはこの経験から多くのことを学んだ。誰も信用できないわけではないが、自分自身の力こそが最良の保護手段だということ。そして、優しさと弱さは別物だということ。


ある晴れた午後、エレオノールはバラ園で父と散歩していた。


「お父様、婚約の件ですが…」


「ああ、ルドルフとの婚約は破棄された」侯爵は言った。「新しい婚約者を探す必要はない。お前が望むなら、自分で選べばいい」


エレオノールは微笑んだ。


「ありがとうございます。でも今は、領地のことをもっと学びたいと思います。将来、侯爵家をしっかりと導けるように」


彼女はそっと手を伸ばし、一輪のバラに触れた。そしてほんの一瞬、そのバラを別の場所に転移させ、また戻してみせた。


侯爵は目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。


「お前の母も、そんな小さな驚きを見せてくれたものだ」


風がバラの花びらを揺らし、甘い香りが庭に広がった。エレオノールはこれからも転移魔法の秘密を守り続けるだろう。それは単なる便利な能力ではなく、彼女の一部であり、時には危険から身を守る盾となり、時には大切なものを守る手段となる。


彼女は崖から落とされたあの日、恐怖ではなく解放感を覚えた理由を理解した。それは、偽りの仮面を脱ぎ捨て、真実の自分として生き始める時が来たという内なる声だった。


侯爵家の令嬢として、魔法の使い手として、エレオノールの本当の人生は、今ようやく始まったのだった。

面白いと思ったら、下の評価★ボタンやブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ