1.転移
俺は福原和希。
喫茶店のマスターをやっている。
だが東京の洒落た喫茶店というわけではなく、かといって田舎のご老輩方が常連になるような喫茶店でもない。
俺は異世界で喫茶「満月」を経営している。
なぜそうなったかというと、半年前、俺は地球でトラックに轢かれて一度死んだ。
そして異世界へ転移させられたのである。
詳しく説明しよう。
トラックに轢かれたと思った次の瞬間、俺は真っ白い部屋にいた。
だが何もなかったわけじゃない。綺麗な女の人が一人で佇んでいた。
赤い長髪、金色の瞳をした美少女が、巫女服を着ていた。
「こんにちは」
「あの、俺、車に轢かれて……」
「はい。その通りです」
沈黙が流れた。
意味が分からない。
「福原和希さん。あなたは2025年11月9日、トラックに轢かれて即死しました。
私は地球を管理する組織の末端の者です。神と解釈していただいて構いません。
我々はあなたの措置について協議した結果、地球とは別の異世界に行っていただくことになりました」
無表情に、事務的にそう告げられ俺の脳は機能を停めた。
「は?」
「残念ながら時間がありません。
一刻も早くあなたを転送しなければなりません。
それでは良い第二の人生を」
神を名乗るその女は、いきなり両手をパチンと合わせて合掌した。
かと思えば俺は眩い光に包まれた。
「ちょ、待っ」
俺は意識を失い、目が覚めると知らない街だった。
広場のような場所に俺はぽつんと立っており、足元には袋と手紙が置いてあった。
手紙にはまとめるとこうあった。
1. 突然の申し出に加え十分な説明ができず申し訳ない
2. ここは魔法国家「スウェラ」の首都である
3. 三年後この国を魔物の大軍団が襲うので守ってほしい
4. 幸運を祈る
要はこの国を守ればいいわけだが、俺は乗り気になれなかった。
自分が死んだこともそうだが、死んで早々に異世界へ転送させられ、縁もゆかりもないこの国を守れという。
現実味が一切ない。
第一、何を急いでいたのか知らないがまともな会話も説明も無しに異世界に送られた。
はっきり言ってあの女が神だという話は信じていない。
不信感、不快感があまりに強い。
全部無視して田舎にでも引っ込んでやろうかと考え始めていたら、後ろから肩を叩かれた。
「福原和希さんですか?」
俺は度肝を抜かれた。
声をかけてきた少女が俺の名前を知っていたからではない。
その少女は銀髪を三つ編みにしてまとめていて、長身(175cmはありそう)でよく整った顔をした美少女、
それもまず地球では見たことのないような美少女だった。
あまりの衝撃で声も出なかった俺にその少女はこう続けた。
「私は女神グリーンを信仰するグリーン教の大司教をやっております。
ニナと申します。
あなたをお迎えに上がりました。」
「お迎え……?」
「はい。」
まっすぐに見つめる赤い瞳からは、焦りがうかがえた。
「今朝女神グリーンより神託がありました。
三年後この国は魔物の国に襲われ滅亡する。
それを阻止するために福原和希さん、あなたを派遣すると」
彼女は更に一歩俺に近づいた。
彼女の髪からはカモミールのような匂いがした。
少しだけ体の緊張が和らいだ気がした。
「どうかこの国をお救いください。」
そういうと俺の前で彼女は跪いた。
俺はとりあえず、田舎に行くプランを取り消さざるを得なかった。
俺抜きで話は進んでいたらしく、俺はこのあとやってきた兵士と一緒に城に連れて行かれた。
連行されるときに目に入った町並みはまるで中世ヨーロッパ、もっと言えばイギリスに近かったと思う。
到着すると俺は検査やらを色々と受けた。
その合間にようやく俺は色々と具体的な説明を受けた。
・グリーン教はこの国の国教である。
・過去1000年の間に魔物に何度も襲われ、この国は滅亡の危機に瀕している。
・この世界には魔法があり、人口の過半数は魔法使いである。
・過去何度も俺と同じ転移者が、圧倒的な魔力と魔法の技術によって魔物からこの国を救ってきた。
・あなたにも膨大な魔力と魔法の才能があるはずだ。今行った検査には魔力量を量るものでもあり結果を待っている。
ということを聞かされた。
あの女は女神グリーンと言うらしい。名前すら聞かされなかった事に気付いてまた腹が立って来る。
というか本当に女神なのか?あの女は
だがそれは一旦隅に置いておこう。
俺は魔法があると聞いてから無性にワクワクしていた。
俺は自分が結構流されやすい質であることを思い出すと共に、半分くらいこの状況と、
これから自分に課される役目を受け入れ始めていた。
あの女が女神だということは間違いないようで、あの女そのまんまな肖像画を見せてもらった。
時々地上に降臨しているらしい。
正直あの女に対しては未だ腹立たしいところもあるが、ニナさんやこの城の人たちには好感を持っていた。
俺に国を守ってもらいたいという思惑があるとはいえ、基本みんな親切で、気遣いにあふれていた。
具体的に言えばなんと昼食に味噌汁とおにぎりが出てきたのだ。
この国には味噌や米はなかったらしいのだが、過去に転移してきた日本人が頑張ったようで、米や味噌に似た穀物と調味料を開発したのだそうだ。
ありがたい。ぜひ料理長にあいさつしたかったが、残念ながらその日本人は二十年前に亡くなっていた。
帰れないままこの国に、この世界に骨を埋めたということだ。
そう考えるとモヤモヤとしたものが頭にひっかかる。日本の家族や友人にはもう会えないという事実が否が応でも思い出される。
俺は自分の役目を果たした時、帰る方法を探すべきなんだろうか。
それとも……。
そう考えていると扉が勢いよくバタンと開かれるとともに血相を変えたニナさんがやってきた。
「大変です」
「どうしたんですか?ニナさん、顔色が……」
「あなたには魔力が一切ないことが分かりました。」
こうして俺はこの世界において救世主でもなんでもない、ただの無能だったことが判明し、
城を追い出されたのだった。
ということはなく、別にぞんざいな扱いを受けたわけでもない。
むしろ相当気を遣ってもらった。
当然ながら帰る場所がない俺に市民権と、街に家を一つ、五年は遊んで暮らせる金を与えてもらった。
ここまでしてもらって悪い気がするくらいだ。
最初は城で暮らしてもいいと提案されたが、自分にできることは何もないのでと、
それは断った。
俺は自分から城を出たのだ。
俺はとりあえず新しい世界で新居を得た。
新居には週一でニナさんが様子を見に来てくれた。
街を案内してもらったり、家で料理を振舞ってもらったりもした。
彼女と最初に会った時はクールな女傑という印象が強かったが、
交流を深めるうちに意外と表情豊かでかわいい人だという事に気付いた。
ニナさんには魔法についての勉強も教わった。
いや、魔力ないのに勉強する必要あるか?
とは思ったが、この世界について知る一助にもなるだろうと、マンツーマンで授業を受けている。
生前の俺は勉強嫌いだったが、美人から受ける授業は別格であった。
今では楽しみにすらなっている。
「福原さん、最近は普段何されてるんですか?」
突然ニナさんにそう問われて少し動揺した。
なにもしていないからである。
ニナさんからもらった魔法の本を読む以外は近所を散歩して回るくらいで、いわゆるニート状態に陥っていた。
彼女もそれを察して質問したのであろう。
そして続けてこう言った。
「私の知り合いが近々、地元に戻ることになりまして。
それで経営していた喫茶店を辞めるそうなんです。
福原さん、やってみませんか?」
突然の提案に驚いたがしかし考えてみれば悪くない。
何もしない、というのは人間を壊す。
良い機会なので働くことにした。
ということで長くなったが俺はこうして異世界で喫茶店を経営することになったのである。
魔法国家スウェラの首都、ここ「クロウ」では現在喫茶店ブームが起きていた。
コーヒーという異国情緒あふれる飲み物と、入場料がなくコーヒー一杯の料金さえ支払えば、
時間制限のない居場所を提供する喫茶店というシステムは、クロウの人々の憩いの場になっていた。
「こんにちは」
ニナさんがやってきた。
喫茶店を経営し始めて以降、以前にも増してよく来てくれるようになった。
もちろんお客様としてである。
「お店はどうですか?繁盛されてますか?」
どこかぽやぽやとした微笑みを見せながら聞いてきた。
「なかなか繁盛してますよ。
流行にうまく乗れてます。終わった後が怖いもんですが」
「メニューを増やしてみるのもいいかもしれませんよ?
私手伝いますから。
もしお客さんが少なくなったら、定食屋さんになるのもいいかもですね」
「ありがとうございます。
考えてみますよ。」
ニナさんは本当に良くしてくれている。
俺に魔力がないと判明した時は、冷たく追い出されてもうニナさんに会うこともないんだろうなと思ったものだが。
むしろ出会った時が一番冷たく、今は氷解している。
人見知りするタイプなのかもしれない。
「じゃあ、また来ますね。
コーヒーごちそうさまでした。」
ニナさんは帰っていった。
忘れがちだが彼女は大司教である。
その役職からして多忙だと思われるが、どうやって時間を捻出しているのだろうか。
今度聞いてみるか。
やがて陽が落ち、店を閉め帰宅した。
帰宅してからはいつもコーヒーを淹れる練習をするのが習慣になっている。
生前の俺はコーヒーは好きだったが自分で豆から淹れたためしはなく、
試行錯誤だった。
俺は案外凝り性のようでこの日も遅くまでコーヒーの抽出について考えていた。
するとトントンと誰かがドアをノックした。
ニナさんだろうか?
俺の家を訪ねてくるのは彼女くらいだが、しかしこんな夜中に訪ねて来るだろうか?
怪しむ気持ちはあったがとりあえず開けてみることにした。
ニナさんからもらった護身用の魔道具を携帯し、ドアを開けた。
だが誰もいない。
「こっちです」
どこからか声がする。
だが、見回しても誰もいない。
「下です」
下を見ると、タヌキがいた。
「ようやく見つけましたです。
さあ、私と帰りましょう」




