卒業条件が【推し登録】ってマジ?①
── @news.narou_jp
【NEWS DIGEST】
「推奨値」導入、全国の教育機関へ──中央教育庁が通達
中央教育庁は本日、個人の“推し”への理解や表現力を数値化した「推奨値」を、全国の中学・高校の指導評価に組み込む方針を正式発表した。試験導入中の自治体では、共感力・感情管理能力の向上が確認されたという。
『推し登録』
「みんな来週までに『推し』を登録しておいてな。学校公式ポータルから入れるから」
高2の1学期、ホームルームで担任が唐突に言った。
ざわつく教室の中、おれは机の上の端末を開き、画面を確認した。
『推し登録フォーム』
名前:
年齢:
ジャンル:
推しコメント:
その他詳細欄──
はぁ?
書かれている意味がわからなかった。
おれが頭を抱えている姿を見て、
「え、推しがいないやつとかいるの? ウケるわ」
隣の女子が笑っていた。
「推し教育推進法」ってのが、去年から正式に導入されたらしい。
建前は、若者の情緒安定と社会適応力の育成。
国が推薦するアーティスト、キャラクター、タレント、VTuberなどが
「教育的推奨対象=推し候補」として認定されている。
担任が言った。
「自分の推しを持つことは、自分を大事にすることなんだ。推しを通じて感情を表現し、人とのつながりを学ぶ。これは現代の道徳教育なんだよ」
担任のその話にクラスのほとんどが、大きく頷いていた。
『推しカウンセリング』
おれはその登録をしなかった。
正直、推しなんて考えたこともない。
アイドルもアニメも、そこまで興味がない。
「好きなものはあるけど、崇拝するほどじゃない」
それが正直な感覚だった。
そんなの個人の自由だろ?
だが、しばらくするとおれ宛てに通知が来た。
【未登録警告】
あなたのアカウントは推し情報未登録です。
感情育成指導が必要な場合、カウンセリングが行われます。
おれは担任に呼び出された。
「君、何か悩んでるのか? 心を開ける存在がいないのは、ちょっと心配だ」
その隣には、カウンセラーが座っていて、
「自己愛が弱い子は、推しを持つことで立ち直ることが多いんだよ」とか、
「推しって、自分を映す鏡なんだよ」とか、
理解できない説明を続けていった。
そして最後に、
「いつでも、保健室に相談にきて早く決めようね」
と一方的に言われて面談は終わった。
保健室には、「推しカウンセリング室」まで設置されたらしい。
──全部が狂ってると思った。
でも、周りはどうやら誰もそう思っていない。
「推しがいない」というだけで、心が壊れてる人扱いだった。
『学内推し活』
翌月に行われた文化祭のテーマは「私たちの推し自慢」だった。
アイドルから、アニメキャラから、モノまで……
教室内に推しグッズを揃えて展示したり、
推しが登場した設定と同じカフェを企画したり、
あるいは、それぞれが持つ推しグッズをオークションにかけて、
自分の推しの価値を競い合ってるやつらまでいた。
その後、体育祭では、クラス対抗でそれぞれのクラスが選んだ
推したちのテーマ曲に合わせてダンスパフォーマンスを披露したり、
推しキャラのコスプレ姿で50メートル走が行われた。
特にコスプレ走は好評だったらしく、後日、その姿で登校する日まで決められた。
みんな制服よりそっちの方が盛り上がっていた。
ホームルームでは「今週の推しニュース」を
各自がプロジェクターを使って発表会が行われ、
廊下には「推薦推しグランプリ」の投票ボードが張り出され、
学校公認の推し偏差値で生徒たちがランキング化されていた。
当然、おれの名前は、どこにもなかった。
「お前さぁ、本当にいないの? 推し」
昼休み、クラスメイトの浅川が訊いてきた。
彼の机上は、某VTuberグッズで埋め尽くされている。
「別にいないな」
「やばいって。担任も言ってたけど、非推奨者になると通知表に影響するらしいぞ」
「通知表に?」
「ああ。『感情表現』と『社会性』って項目が追加されたんだよ。先輩がさ、それで卒業できなかったらしい」
よく見ると進路資料の隅に、小さな文字があった。
※「未登録者」は、協調性・感受性の評価に不利になる場合があります。
せこい手を使うよな……
おれはその文字を真っ黒く塗りつぶした。




