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四足族②

『3日前』


俺が保護される三日前、社内回覧でひとつのニュースを見た。


「第七回 人体運用最適化国際会議、東京開催」


そこには、巨大なホールの写真が載っていた。

壇上に立つ各国代表団、その全員が、二足で立っていた。

背後のスクリーンには、世界地図と共に統計グラフが映し出されている。


――医療費削減率

――労働災害減少率

――暴動・犯罪発生率の低下


日本は、モデルケースとして紹介されていた。


「四足歩行の定着は、国民の身体的負担を減らしただけではありません」


発表者は、厚生身体省の幹部だった。

彼は、まっすぐ立ったまま、こう続けた。


「視線が下がることで、社会的攻撃性が抑制されます。結果として、秩序維持コストが大幅に削減されました」


会場から、感嘆の声が漏れた。

スクリーンが切り替わる。

そこに映った映像を見て、俺の呼吸が止まった。


姿勢適応支援施設の映像だった。

床に伏せた人々が、同じ映像を見せられている。

二足歩行が引き起こした歴史的惨禍。

戦争、暴動、指導者の演説。

ナレーションが重なる。


「立つという行為は、人類に支配の錯覚を与えてきました」


映像の隅に、小さく注釈があった。

再教育完了率:98.6%


そこには、弟の姿も映っていた。

背中を丸め、視線を床に落とし画面を見つめている。

もう、彼は立とうとしていなかった。


質疑応答で、ある海外代表が質問した。


「二足歩行を完全に排除することに、人権上の問題は?」


会場が、一瞬だけ静まった。

日本側の代表は、微笑んだ。


「我々は排除してなどいません。ただ、選別しているだけです」


別のスライドが映る。

――警備員

――行政官

――研究者

――矯正指導員


彼らは全員、立っていた。


「判断と管理には、広い視野が必要ですから、そういった者には二足歩行は必要です。要は適材適所で使い分ける必要があるのです」


その会議は、成功に終わった。

数週間後、複数の国が同様の法案を可決したというニュースが流れた。



── @news.narou_jp


【特集】なぜ人類は「立つこと」をやめるのか


「かつて人類は、自分たちが直立していることに特別な意味を見出していました。それが、優劣や支配、上に立つという発想を生んだのです」


専門家のひとりは映像を見ながら、そのように意見を述べた。

政治家が群衆の前で立って演説をする過去の映像には、国民に対する心理的な負担の配慮から、モザイク処理が施されるといった、閲覧制限がされていた。


直立という行為が権威の象徴として使われてきた歴史を指摘し、こうした背景から、いまでは「立つこと」そのものの意味が見直されている、として四足歩行推進の理由を説明した。



『支援施設内』


姿勢適応支援施設では、新しい教育プログラムが始まったらしい。

名称は「水平的人間観形成課程」


難しい言葉とは裏腹に、その内容は単純だった。

人は、もともと低い視点で世界を見る存在だった。

立ち上がって世界を見渡す発想そのものが、誤りだったのだと。

立ちたいと思った瞬間、それは「古い考え」に感染している証拠であると。


俺が施設に入った初日、

白い部屋でオリエンテーションを受けた。

担当者は、変わらず立っていた。


「安心してください、あなたは、まだ初期段階です。立つことに、違和感や憧れを覚えますか?」


俺は答えなかった。

床に伏せた視線の先で、彼の靴だけが見えていた。


「それは、かつて全員が立っていた時代の残響です。もう存在しない時代の危険な思い込みです。ここでしっかりと消し去りましょうね」


担当者は、穏やかな口調で淡々と話を続けていた。


その夜、消灯前のスクリーンに最後のスライドが映し出された。


危険思想一覧(抜粋)

・人は本来、二足で立つ存在である

・高い位置から世界を見ることは自由である

・空や星を見上げる行為は尊厳に結びつく


画面の下に赤字で、こう添えられていた。

「これらはすべて、社会不適応を招く誤解です」


スクリーンが暗転して今日の過程は終わった。

この瞬間、俺ははっきり理解した。

ここではもう、「間違っている」と思うことすら病気なのだ。

立ち上がることは、思想犯罪そのものなのである、と。



『反抗心』


翌朝、施設の廊下で職員が新しいポスターを貼っていた。

そこには、四足で整然と並ぶ人々が描かれ、その上に標語が掲げられている。


【低い視点が、平和な社会をつくる】


ポスターを貼っている職員は立っていた。

背筋を伸ばして、ポスターの内容になど何の疑問も抱いていない。


彼らにとっては、自分と視線の合うものだけが人間であって、

俺たち四足歩行者は、動物と同等って扱いらしい。


今までは見えないカーストを学校、社会、様々な場所で感じたことがあったが、

この制度は、その可視化ってことか……


俺にはまだ二足で立ち上がる脚力もあるし、バランスも取ることができる。

今なら、すぐに立ち上がって、あのポスターを引き剥がすことができる。


だが、そうしてその後、何かが変わるのか?

さらに厳しい矯正を受けられ、完全なる四足歩行者にされるだけだ。


俺はさらに考えを続けた。

この施設内には、きっと同じように思ってる同士がいる。

弟だって、今の状況に満足してるわけがない。


だとすれば……


今は、素直に従ってやる。

ただ、いつまでも見下されたりしない。

「四足族」として、いつか必ずやつらを見返してやる。


俺は四肢にぐっと力を込めて、ポスターの前を歩き去った。


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