ながらスマホ推進委員会
── @news.narou_jp
【政府発表】
次世代“集中支援”テクノロジー『バイオコード』搭載端末を、来年度より全国の中学・高校に試験導入します。生徒の集中力と生活リズムを最適化するため、端末は視覚信号と脳波を連動させ、効果的な学習環境をサポート。
「考えないで、集中する」――新時代の教育が、ここから始まる。
第1章:いつもスマホを見てる
廊下の端。水飲み場の横で、ナツミはハルカを見つけた。
「おはよ、ハルカ」
声をかけても返事はない。
ハルカは立ったまま、スマホをじっと見つめている。
まばたきすらしていないようだった。
(またか……)
最近のハルカはずっとこんな感じだった。
前までは昼休みに一緒にお弁当を食べて、推しの話で盛り上がっていたのに。
今は、話しかけてもほとんど返事がない。
首だけうなずくか、スマホから目を離さず「うん」と言うだけ。
一見、ただのスマホ中毒。
でも──何かがおかしい。
第2章:動きが同じ
ナツミは気づいた。
今日の朝礼、スマホを見ていた子たちが、まるでリモコンで動かされてる人形みたいに、
同じタイミングで立ち、座り、笑った。
先生の話に誰かがクスッと笑うと、周囲も同じ笑い方をする。表情まで同じだった。
(……気持ち悪い)
視線をそらそうとしたその時、ハルカと目が合った。
いや、合った気がしただけだ。
彼女の目はスマホの中、どこか別の世界を見ていた。
第3章:アプリの名前はない
放課後、クラスの男子がスマホを落とした。
「あ」
拾い上げようとしたナツミの目に、画面が映る。そこには――
(……何これ?)
アイコンが一つ、ほかと違っていた。
名前がない。ただの黒い円。
ナツミが指を伸ばしかけた瞬間、男子が素早くスマホを引っ込める。
「触るな。消せないんだよ、これ。最初から入ってた。学校支給のやつに」
ナツミが言葉を探していると、背後から声がした。
「見ちゃダメだよ、それ」
ハルカだった。スマホを持ったまま、真顔で笑っている。
「使ってない人には、悪影響あるから。ちょっと別ではなそ」
ハルカが階段を上っていくのを、彼女はついていった。
第4章:バイオコード
屋上で二人きりになると、ハルカは唐突に話し始めた。
「最初は便利だったんだよ、“バイオコード”」
「え?」
「時間通りに起きれるし、集中できるし、食べすぎなくなるし……全部、最適化されていく感じ。授業も、休憩も、会話も」
「それって……自分で決められないってことじゃん」
ハルカは笑った。
「でも、決めなくていいって楽だよ?」
「誰がやってるの、そのシステム……?」
「さあ? 教育省のどこかじゃない?」
「嘘……何それ、怖いよ……!」
「怖いのは“考える”ことだよ。無駄だもん。ほら、あなたも少し気になってんでしょ?」
ナツミはそれ以上、話を聞くのが怖くて慌てて、その場を去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、ハルカはつぶやいた。
「もう手遅れだと思うけどなぁ」
第5章:同期
次の日。
ナツミが教室に入った瞬間、空気が一変する。
クラス全員が一斉にスマホを見ながら、立ち上がる。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
まるで機械仕掛けの合唱団のように、同じ声で、同じ高さで、同じ表情で。
ナツミは後ずさった。
「うそ、うそでしょ……?」
そのとき、スマホがブルッと震えた。
【あなたの同期を開始します】
そのメッセージが現れたあと、画面が変わった。
【BIOCODE START】
【同期開始:1%】
【思考モード:作動中】
逃げなきゃ。
ナツミは教室を飛び出した。
が、廊下にも、階段にも、同じようにスマホを見ながら
スワイプし続ける生徒たちが現れて、ゆっくりと彼女を囲んでいった。
生徒たちは笑っていた。
声を出さずに、笑っていた。
エピローグ:笑顔の彼女
数日後。
ナツミはみんなの輪の中にいた。
スマホを見ながら、笑って歩いている。
「……ほんとだ、私も慣れた」
その目にはもう、自分という“個”はなかった。
スマホの画面には、光る文字が表示されていた。
【BIOCODE ACTIVE】
【同期完了:100%】
【思考モード:停止】
裏側:誰が書いたかもわからないSNSのポスト
スレタイ:【ヤバイ】学校の支給スマホに変なアプリ入ってた件
書き込み:
「黒いアイコンのやつ、消せねーし、勝手に通知くるし」
「見てたらめっちゃ眠くなる。あと、昨日からみんな同じ動きしてて怖い」
「これ絶対おかしい。俺はまだ入れてないけど、入れたやつ……全員、目が死んでる」
「これ、誰が操作してんの?」
──この書き込みは、翌日にはすべて削除されていた。
教育省・特別対策会議室
(※録音ファイルより文字起こし。発言者名非公開)
男1
「……で、あのクラスも全員“同期完了”?早かったな」
男2
「若い脳は吸収が早い。“考えない快適さ”には、すぐハマるさ」
男1
「ま、選択肢があるように見せかけるのがポイントだよな。“自分で決めた”って思わせれば、誰も抵抗しない」
男2
「最初は“集中支援”って名目で導入しただけだったけど……今じゃ完全な統制ツールだ」
男1
「で、試験運用の感想は?」
男2
「上出来だよ。“思考停止”をこんなに気持ちよく受け入れるなんて、人間って案外ラクな方を選ぶんだな」
男1
「このまま拡張していければ、全国どころか世界も見えてくるな」
男2
「ああ、スマホ1台で、人を“静かに壊せる”なんて……いい時代になったよ」
──通信終了──
【数日後|政府広報より公式発表】
《文部科学省・次世代学習支援プロジェクト》
記者会見より抜粋:
「全国の中学・高校における『バイオコード』試験運用は、想定を上回る成果を示しております」
「○○県内のモデル校では生徒の行動統一率100%を達成し、生活指導における問題行動ゼロを記録」
「今後、来年度より段階的に全国展開を予定しております。家庭用モデルの提供についても、民間との連携により開発を進行中です」
「“自由”と“混乱”から“効率”と“統制”へ。未来の教育は、より静かでより正確に子どもたちを導きます」
──話が終わると会場では大きな拍手が起こった。




