異世界信仰の町
第一章 “信じてないの?”
マシュー・グリーンは、敬虔なクリスチャンだった。
米国の保守的な州に生まれ育ち、家族と毎週教会に通い、神の教えを信じてきた。
そんな彼が日本に留学することになったのは、
「文化の多様性を学びたい」という純粋な興味からだった。
しかし、それは彼にとって、人生最大の間違いだったのかもしれない。
到着したのは、長野県のある山あいの町。
アニメの舞台になったこともあるというその町は、
どこか観光地化されており、田舎でありながら外国人慣れしている様子だった。
ホストファミリーは田中という一家。
両親と娘の3人家族で、マシューを暖かく迎えてくれた。
最初の数日は、穏やかな日々だった。
だが、ある日、夕食の会話で突然、違和感が忍び寄った。
「死後の世界」についての話題になったときのこと、マシューが
「ぼくたちには天国が待っていますよ」
そう真顔で話している姿を見て、母親の昌代は笑ってこう言った。
「あら、若いのに天国なんてまだ言ってるの? 今はみんな、異世界に行くのよ」
父の直樹も続けた。
「あっちじゃチートスキルもらえるから、人生もっと楽になるってさ。だから現世はそんなに頑張らなくても大丈夫なんだ」
マシューは苦笑いを浮かべて言った。
「それ、冗談ですよね?」
昌代は笑顔を崩して真顔で返事した。
「もしかして……信じてないの?」
第二章 “死は、通過点”
彼が派遣された学校では、生徒たちも同じようなことを言っていた。
「ねえマシュー先生、どの異世界に行きたい?」
「私は空を飛べる世界がいいなー」
「おれはやっぱり魔法とか使いたいって憧れる」
「前世の記憶、ちょっとあるんだよね。異世界行けるのか心配だなぁ」
マシューはすっかり困惑していた。
この町の人々は、どうやら「異世界転生」を本気で信じている。
まるで宗教のように思えたが、誰も「教団」などには属していない。
単なるこの地域独自の文化だ、彼はそう自分を納得させた。
数週間後、ある高校生が交通事故で亡くなった。
だが、町は悲しみに包まれるどころか、葬儀は終始明るい雰囲気だった。
「そっか、無事に通過点を過ぎたわけかー」
「よかったねぇ、これで向こうの世界でやり直せるよ」
「17歳だもん。優遇されるに決まってるな」
マシューはその光景に震えてしまった。
「これは……やっぱり狂ってる」
だが、周囲の人間たちは彼を可哀想な異端者を見る目で眺めていた。
第三章 “みんな知っている”
ある夜、夕食後の食卓で、昌代が優しく語りかけてきた。
「マシューくん、あなた本当に信じてないのね……」
マシューが返答に困っていると、
「でもね、信じない人は、転生できないの。だから……ちょっとだけ、体験してみない?」
その瞬間、彼は何かが崩れた音を聞いた気がした。
背後に立っていた父・直樹が、マシューの腕を掴んで、
そのまま地下室に引きずり込まれていった。
彼の目の前に置かれたのは大型のテレビと大量のアニメBD。
「この世界の真実を、ちゃんと知ってね」
「ああ、きっときみならわかってくれるさ」
二人の言葉は、心から彼のことを思っての発言のようだったが、
もちろん、マシューは必死に叫んで彼らに抵抗した。
マシューの叫びは近所まで届き、その噂は町全体に広まった。
だが町の人間も、学校も、この家庭内教育に干渉しようとはしなかった。
警察官たちでさえ、小声でこう話していた。
「あいつ……異世界に行く準備が、まだできてないんだな」
「でも、ああなったら、それも時間の問題さ」
「どっちにせよ、おれたちの管轄じゃない、放っておけ」
最終章 “転生は海を越えた”
それから半年後、
マシューの姿は母国アメリカにあった。
家族は無事に戻ってきたことに安堵したが、しばらくして息子の異変に気付いた。
部屋にこもり、黙々と日本語で何かを書き、無数の「異世界の風景」を描き続けていた。
心配した両親は彼を教会に連れ出そうと思って、
部屋のドアを叩いた。
「ねえ、一緒に教会にいきましょう?」
ドアの向こうで彼は椅子に腰掛けてこちらを向いて穏やかに言った。
「神なんて、小さすぎる……」
両親は、目の前にいるのがマシューであることを疑った。
それくらい、全てが変わっていた。
そして、その1週間後、例の事件は起きた。
── @news.narou_jp
米国ミズーリ州・現地ニュース記事より
「日本から帰国した留学生、家族の目前で異常な自死」
米国ミズーリ州セントチャールズ郡で今月12日、自宅で銃器による自死を遂げた青年マシュー・グリーン氏(21)の件について、郡警察は本日、記者会見を行い、「文化的影響による精神的異常の可能性」を指摘した。
グリーン氏は、今年初頭まで日本の長野県内にある小規模な地方都市に約6か月間留学していた。帰国後、彼の言動に異変が見られるようになり、家族は複数回にわたり医療機関への受診を促していたという。
「死は終わりじゃない」「転生できる」「次はもっと強くなれる」
そう話すマシュー氏に、父親が銃器を保管する金庫の前で「ふざけるな」と怒鳴った際、彼はゆっくりと両手を広げて銃口に近づき、こう告げたとされる。
「ありがとう。これで、ようやく異世界に行ける。」
直後、銃声が響き、マシュー氏は即死。
遺族の話によれば、部屋の壁には彼が描いたと見られる異世界の風景ともう一人の自分のイラストが何十枚も貼られており、映像メディア、アニメBD、印刷された日本語の文献などが山積みにされていたという。
特に奇妙なのは、机に置かれていた一枚のメモだった。
《転生までの手順》
・異世界意識の受け入れ
・前世および現世の否定
・魂の宿るその器の破壊
→ 次に目覚めたとき、そこはもう『こっち』じゃない
保安官のコメントによれば、「書かれていた言語はすべて日本語で、内容には死を解脱とする記述があり、何らかの思想的影響が強く出ている」として、在外公館を通じた情報収集を進めている。
新章 "マシュー信仰者"
その事件後、SNS上で急激に以下のようなハッシュタグが拡散されていた。
#異世界でまた会おう
#転生者第一号
#次は君の番かもしれない
一部の投稿では、マシュー氏を先駆者として称賛する声や、
「本当に転生できたと思う」という言及も多く見られた。
マシューが訪れた町を特定して入村したものも多く、
特に彼のホストファミリー宅にはステイを希望する
問い合わせが急激に増えたらしい。
異世界転生という言葉が身近になっている昨今、
あなたの周りに転生希望者がいる可能性もゼロでない。




