2年C組のホームルーム②
「2日目」
翌日、続いて緊急のホームルームが始まった。
その瞬間から、私は気づいていたのかもしれない。
「……今日もまた、生と死について話をする」
担任はそう言って、黒板にまた文字を書いた。
白いチョークの音が、やけにうるさく耳に響いた。
昨日、自殺した生徒の話は、もう校内中に広まっていた。
理由はまだ伏せられていたが、一部である噂が広まっていた。
彼の遺書に、この先生の名前が書かれていたことが……
噂ってのは異常なくらい速足だ。
今日中に、職員会議が開かれて、
明日には、保護者説明会が行われるだろう。
その先に待っているのは、先生の社会的な死か。
「人はね、生きているつもりでいるけど」
彼の声は変わらず落ち着いていた。
それが逆に、不気味だった。
「本当は、いつでも死ねるし、いつでも死ぬ。生と死は五分五分だから」
先生は、昨日と同じ言葉を繰り返す。
「だから、今日ここにいる全員が――」
先生の目が、教室をなぞる。
笑顔の子。
成績優秀な子。
中心にいる人たち。
そして最後に、私を見た気がした。
「――生きて帰れるとは限らないんだよ」
その瞬間、私は理解した。
この人には、逃げるという選択肢がない。
問題になる前に、全てを終わらせたい。
彼はもう冷静にものごとを見れなくなっていた。
いかにも短絡的だが、今の世ではありがちなこと……
ポケットから取り出したのは、拳銃のようなもの。
すぐに、生徒から悲鳴が上がった。
室内の椅子が倒れる音が響いた。
「落ち着け! 騒ぐな!」
先生は叫んだ。
その声は、もう教育者のものじゃない。
「君たちは知らないだろうが、昨日死んだ生徒は、僕の名前を書いた」
空気が凍りつく。
「どうせ僕が悪者になる。すべてを奪われる。だったら――」
先生の目が、歪む。
「全員、同じところに連れていってやるよ」
クラスの上位の生徒たちは、泣き叫び、机の下に隠れた。
教室で中心だった人たちが、こんなにも簡単に崩れる。
――ああ、やっぱり、これが人間か。
私は、ゆっくり席を立った。
「……もう、やめてください」
自分でも驚くほど、声は冷静だった。
先生の視線が、私に向く。
「君は……誰だ?」
その問いに、少しだけ笑ってしまった。
担任にも認知されてなかったとは……
「クラスの生徒です」
「下がれ! 僕は本気だぞ」
でも、私は前に進んだ。
「どうせ、わたしが消えても、誰も困りません」
本心だった。
教室の中で、私はずっといない存在だった。
「だったら、わたし一人で、済ませませんか?」
先生の手が、震え始める。
「なぜ……怖くない?」
「何が、怖いんですか」
私は彼の問いに対して正直に言葉を積んでいく。
「だって、生きてても死んでても、私には同じなんですよ?」
先生の顔が、初めて歪んだ。
あれは恐怖を感じてる顔だった。
自分よりも、死を近くに置いている存在を目の前にしたから。
いや、違う。
彼には自分が死ぬという選択肢は存在しない、
誰かを殺すという選択肢も持っていない。
だから、恐怖という感情から逃げれない。
つまり、全てがはったりだということ。
先生の手から拳銃らしきものが、床に落ちたとき、わたしはガッカリした。
乾いた安っぽい金属音、あんなの本物なわけがない。
その後、先生は泣き崩れ、間もなく警察が来て、全部終わった。
あっけなく幕は閉じて、私は運悪く生き残った。
放課後、クラスの上位の生徒たちが、私のところに来た。
「ありがとう」
「助かった」
「本当にすごいよ」
みんな、感謝してくれた。
だから、彼らに聞いてみた。
「ねえ……」
教室が静まって、私に注目していた。
「わたしの名前、知ってる?」
誰かが口を開こうとしたとき、
「……名字じゃなくて、名前だよ」
その質問に、誰も答えられなかった。
誰もの視線が泳ぎ、沈黙が落ちる。
私は、ゆっくりと頷いた。
「そうだよね」
私なりの笑顔を作りながら言ってみた。
「あなたたちの中では、ずっと――」
胸の奥が、冷たくなるのがわかった。
「わたしは、もう死んでたんだもん」
彼の言う通り、生と死は五分五分かもしれない。
でも、
誰にも認識されない命は、生きていても、もう半分、死んでいるんだよ。
そう、先生に言ってあげたかったな。




