2年C組のホームルーム①
── @news.narou_jp
【速報】
高校で衝撃の事件か。男性教師が授業中、拳銃のようなものを取り出し、生徒たちを威嚇したとみられる。現場の状況や生徒の安全について、関係当局が確認中。続報入り次第お伝えします。
「1日目」
私の席は、教室の一番後ろ、窓際でもない中途半端な場所だ。
名前を呼ばれない限り、誰の視界にも入らない。ちょうどいい。
その日のホームルームは、いつもと違っていた。
「……今日は、少し大事な話をする」
担任の声が、やけに重かった。
ざわついていた教室が、ゆっくりと静まる。
「昨日、2年B組の生徒が亡くなった」
みんな一瞬、意味がわからなかった。
亡くなった、という言葉が、頭の中で空回りしていた。
事故? 病気?
誰かがそう呟いたけれど、先生は首を横に振った。
「自ら、命を絶ったそうだ」
教室の空気が、ひび割れる音がした。
クラスの誰かが息を呑み、誰かが目を伏せ、誰かがなぜか小さく笑った。
笑った子は、すぐに周囲を見回して、何もなかったような顔を作る。
私は、その全部を見ていた。
亡くなったのは、顔見知り程度の男子だった。
同じ高校2年生で、同じ校舎で過ごし、同じ17年間を生きていたはずの人。
「だから今日は、生きることと死ぬことについて、少し考えてほしい」
彼はそう言って、黒板に大きく「生」「死」と書いた。
「人は、生きていることを当たり前だと思いがちだ。でも実際は、そうじゃない」
誰も反論しない。
クラスの上位グループ――明るくて、声が大きくて、中心にいる人たちも、今日は妙に静かだった。
「生きているということは、同時に、死ぬ可能性を常に抱えているということだ」
私は、机の上のシャーペンを転がした。
そんなこと、考えたことなかったわけじゃない。
むしろ、私はよく考えるほうだ。
自分が消えたら、どれくらいの人が気づくんだろう、とか。
今日、このまま帰らなかったら、誰が困るんだろう、とか。
「極端な言い方をすれば――」
先生は一度、言葉を切った。
「生と死の確率は、常に五分五分だ」
ざわ、と小さくどよめきが起きる。
「大げさでしょ」
「そんなわけないじゃん」
誰かがそう言った。
クラスの中心にいる男たちだ。
成績もよくて、運動もできて、友達も多い。
彼らにとって死は、ニュースの向こう側の出来事なんだろう。
「昨日まで元気だった人が、今日はいない。それが現実だ」
その言葉は、感情を抑えた分だけ、鋭かった。
「それは事故かもしれない。病気かもしれない。そして、それを自分で選ぶこともできる」
私は、胸の奥が、ひくりと痛むのを感じた。
【自分で選ぶ】
その言葉は、私にとってむしろ身近で、先生の言葉が心にズンと響いた。
クラスの誰も見ていない私。
話しかけられず、必要とされず、でも確かに存在している私。
消えても、世界はきっと何も変わらない。
何度も、そう考えた。
「……じゃあさ」
今度は、クラスの女子が手を挙げた。
人気者で、いつも笑顔の子。
「先生は、今日死ぬかもって思いながらびくびくして生きてるんですかぁ?」
教室が、くすっと笑いに包まれる。
冗談みたいな質問。
場を和ませるための一言。
でも、担任は笑わなかった。
「……思っているよ」
静かな声だった。
「毎日、意識している」
その瞬間、教室の温度が一度下がった気がした。
「だから、今ここにいる君たちが、次の瞬間も同じように笑っているとは限らない」
誰かが喉を鳴らした。
私は、心臓の音がうるさくて仕方なかった。
これって何て言うんだろう、共鳴ってやつ?
「生きていることは、当たり前なんかじゃない。選択の連続だ」
先生は、黒板の「生」と「死」の間に、一本の線を引いた。
「そして、その線は、思っているよりずっと細いんだ。いつ切れるかなんて、誰にもわからない」
私は、ふと周囲を見渡した。
死なんて考えたこともなさそうな人たち。
自分が世界の中心だと思っている人たち。
でも今は、みんな同じような顔をしていた。
不安と、戸惑いと、ほんの少しのリアルな恐怖。
そのとき、私は気づいてしまった。
ああ、この人たちも――
今だけは、私と同じ場所に立っている。
生きているつもりで、生かされているだけと消極的になったり、
明日も同じ日が来るのか、ちょっとだけ先が霞んでたりしてる。
だから、ホームルームが終わる頃には、誰も喋らなくなっていた。
でも、
チャイムが鳴って、家に戻って、一晩ぐっすり眠れば、日常が戻るのだろう。
笑い声も、雑談も、またすぐに始まるだろう。
そう、私を除いては……




