ごっこ化①
『ごっこ病院』
目を覚ますと、そこは病院だった。
目の前には白い天井、無機質な蛍光灯がチカチカと点滅している。
隣のベッドには誰もいない。
ナースコールを押しても、誰も来なかった。
数分後、やっとカーテンの隙間から現れたのは、明らかに、らしくない看護師だった。
まっ黄色な制服は皺だらけで、名札にはマジックで「さくら(新人)」と手書きされている。
「あのぉー、だいじょぶですかー?」
語尾が跳ねすぎている。
まるで接客業を始めたばかりのコンビニバイト店員、いやそれ以下だ。
「……医者に会わせてくれませんか」
「うーん、ちょっと待っててくださいねー、先生今TikTok撮影中なんでー」
彼女は軽快に踵を返し、鼻歌まじりにカーテンの向こうへ消えた。
そのとき、嫌な感覚が背筋を這った。
——ここは「本物の」病院じゃない。
数時間後にやってきた医師は、白衣の下にアニメキャラのTシャツを着ていた。
聴診器を耳に当てることもなく、スマホを見ながらこう言った。
「たぶん、大丈夫っすよ。検査? いやぁ、機械壊れてるっぽいんで〜。あと、僕AIで診断してるんで安心してください!」
安心できるわけがなかった。
「なんで、ここにいるんですか? 病名は?」
「あ、これたぶん、記憶喪失っしょ? 名前、覚えてます? 最近、多いんっすよ。世の中の流れについていけなくて、狂ってしまうんすね、ドンマイ」
名前は……ちゃんと覚えていたが、確かに何で病院にいたのか、今の仕事が何か覚えてなかった。
「ま、身体に異常はないみたいっすから、外に出て気分転換してみましょっか」
数分のやり取りで、おれはあっけなく退院となった。
『ごっこの世界』
ぼんやりしたまま街を歩くと、その違和感はより鮮明になった。
交番の前で、警官がスマホをいじっていた。
通りすがりの老婆が道を尋ねると、警官は首をかしげて言った。
「え? そこ知らないなぁ。Googleマップで調べてくださいよ〜」
子どもたちが道路脇で遊んでいた。
「せんせー! トイレ!」と叫ぶと、側にいた若い女性が振り返った。
保育士かと思いきや、制服の上に「インフルエンサー兼保育士(自称)」
と書かれたバッジをつけていた。
彼女はカメラに笑顔を向けながら言った。
「ハイ! おトイレ行く人はー、こっちでーす♪ 今日も#保育ごっこでバズり中〜!」
夜になっても違和感は消えなかった。
テレビをつけると、ニュース番組のキャスターが話していた。
「本日は、戦争ごっこの進行状況についてお伝えします。政府ごっこ担当のリーダーが新しいルールを発表しました。明日から徴兵はランダムで!とのことです。抽選の模様はこのあと生中継で!」
政府ごっこ。
戦争ごっこ。
教育ごっこ。
裁判ごっこ。
仕事ごっこ。
この国のすべてが本気ではなくなっていた。
いつの間にこんなことが……
SNSで調べると、この現象は数年前から始まっていたらしい。
「プロ意識」が時代遅れだとされ、人々は責任を避けるようになった。
専門職も教育も、すべてが「やってるフリ」で回るように改善化された。
いや、どう考えても改悪化だろ。
「失敗しても、どうせごっこなんだから怒る方が悪い」
「本気出してるやつって、逆に恥ずかしくない?」
誰かがそんな価値観を広め、皆がそれに乗った。
結果、人々は何者にもなりたくないという結論に達した。
だって、何者かになるには代償が必要だから。
努力、訓練、責任、誠実さ、継続——。
それらはコスパが悪すぎた。
翌日、通勤ラッシュの駅。
サラリーマン風の男が駅員に詰め寄っていた。
「この電車、遅れすぎだろ! どうなってるんだ!」
駅員は苦笑いを浮かべながら、こう言った。
「いや〜すみません。ぼく、新人駅員ごっこなんで」
男は絶句した。
だが、周囲の誰も気にしていない。
それどころか、別の男がつぶやいた。
「お前、マジになりすぎだよ。そういうとこ、ウケないよ?」
そいつらに言わせたら、今のおれはサラリーマンごっこをしてるってことか。
この通勤ラッシュの人混みに入ったら、何か思い出せると思ったが、
結局、おれは自分が何者だったのか思い出せなかった。
数日後、おれはもう一度、医師の元を訪れた。
自分の記憶が正しいのかどうか、確認するために。
「おれは……昔、教師だった。ちゃんと教えてた。子どもに未来を託してた。でも、今のおれは、何してる? おれは何者なんだ?」
医師は鼻で笑った。
「それが病気なんすよ。リアル中毒ってやつ。もう古いですって。今は、みんなやってるフリで生きてるんですよ。前よりぜんぜん楽っしょ?」
「でも、それじゃ……この国、いつか壊れるだろ」
「いや、壊れないっすよ。壊れてることに、誰も気づかないんで」
その帰り道、おれは街中でひとり叫んだ。
「目を覚ませ! お前らはごっこで人生を終えるつもりか!?誰か、本物はいないのか!?」
通行人たちは、スマホ越しにおれを撮影していた。
「あ、やば。リアル中毒患者じゃん。通報しとこ〜。マジ人間ごっこ、おつ」




