独り占めクラブ②
『支配とは』
冬になるころには、僕の生活のあらゆる困りごとは大体、凪が先に拾っていた。
テスト週間になると、
「光希くん、この問題出るよ」
とプリントを手渡してくる。
家で少し落ち込んでやる気が出ないでいると、
「今日の光希くん、元気なかったね、落ち込んでる?」
とLINEが来た。
僕自身が気づく前に、凪に気づかれる。
僕が必要とする前に、凪が差し出してくる。
僕が彼女に頼る前に、凪が自ら助けにくる。
人に頼った経験が少なかった僕は、そんな凪にどんどん心を預けていった。
ある夜、勉強していたら急に鉛筆が折れた。
替えの芯がなくて困っていたとき、スマホが響いた。
《光希くん、0.3の芯って使うよね? 明日持っていくね。》
──寒気がした。
折れた瞬間に彼女のメッセージが来たみたいだった。
これは偶然じゃない。
タイミングがおかしすぎる。
僕は震える指で返信した。
《なんで分かったの?》
《なんとなく。今日は折れそうな気がして》
そんなわけがない。
でも、問い詰める勇気もなかった。
凪が悪人に思えなかったから。
本気で僕のためを思っているように見えたから。
決定的なことが、冬休み明けに起こった。
部活のある男子が、僕に小声で話かけてきた。
「お前に言うのやめとけって凪に言われたんだけど……進路に悩んでるんだって?」
僕はその時、誰にも進路について話してなかった。
もちろん、凪にすら一言も言ってない。
「いや、そんなことないけど……」
「え? だって凪が、光希くんは悩んでるから、今は刺激しないであげてって……」
一瞬、息が止まった。
知らないうちに、僕の悩みが勝手に決められていた。
僕の状況が勝手に語られていた。
誰にも頼んでいないのに。
『完成形』
その日の帰り道、
凪がいつものように隣にやって来て声をかけてきた。
「光希くん、今日、部活の子となんかあったよね?」
「……凪ってさ」
「うん?」
「僕のこと、全部知ってるつもりなの?」
「え、そんなことないよ?」
凪は小さく笑った。
「ただね。光希くんの困る未来を、先に全部潰してあげてるだけだよ。わたしが動けば、光希くんは苦しまないで済むから」
僕は凪の顔を見た。
信じられないくらい優しい表情だった。
「光希くんは、助けられるの苦手だからね。自分から言えないでしょ? だからわたしが全部拾ってあげるの」
「……なんで、そんなことする?」
「光希くんが困らないように。光希くんが迷わないように。光希くんが寂しくないように。光希くんが……わたし以外に頼らなくて済むように。」
言葉の最後だけ、少しだけ震えていた。
「ねえ、光希くん。頼る人が多いと疲れるよ? だから……」
凪はすっと僕の手を取った。
「わたしだけでいいんだよ。光希くんの "困った" は、全部わたしに預けて。」
その瞬間、僕は気づいた。
僕が困る瞬間なんて、凪がいくらでも作れるんだ。
財布を落とした日も、ノートを家に忘れた日も、電車で酔った日も──
あれらは本当に偶然だったのだろうか?
助けられ続けるほど、凪がいないと生きづらくなった。
凪がいなきゃ何もできない人間に僕はなっていった。
偶然かどうかなんて、もうどうでもいい。
僕はもうすべてを、彼女に任せておけばいい。
僕の未来は彼女に支配されたらしい。
でも、不思議と嫌な気分じゃなかった。
「うん、わかった。ありがと……」
彼女の手を握りしめて小さく頷くと、
凪はスマホの画面を見ながら、僕に満面の笑みを送った。
『凪のスマホのメモ欄』
1行目、
『好きな人を独り占めしたいなら、その人の選択肢を全部なくせ』
2行目、
『人は選べる自由があるから離れていく。だから選べないようにすれば、永遠に一緒にいられる』
3行目、
『もっとも効率の良い方法はひとつ。相手の生活、行動、交友関係、予定、感情の流れ、癖──すべてを把握すること。知っている者は、支配できる』
そして、4行目、
『完全な独り占めは、相手の未来を奪うことで完成する。by 独り占めクラブ』




