Doubt.①
『放課後の嘘』
プリントを手に持って、机の上に両足を乗せながら、
「え〜、全然勉強してないってば〜!」
放課後の教室、窓際の陽だまりで、沙希は笑いながら話すと、
その言葉に、どこか遠くから誰かの声が響いた。
ーーDoubt.
ピタリと空気が止まる。
(……なに、今の?)
周囲の誰も気づいていない。
話し続ける友人たち。笑い合う声。
誰も、その声を聞いていなかった。
(ダウトって……うそ、だよね)
沙希は小さく呟く。
いやいや、ちょっとだけは見たよ、教科書。
トイレでスマホいじりながら。
でも、それって勉強ってほどじゃないし……
でも、あの声は確かにわたしに対して、ウソと言いきった。
次の日の昼休み。
「今日マジで、朝から何も食べてない〜、死にそう〜」
沙希がそう言って、友達にお菓子をねだる。
ーーDoubt.
声は重く、乾いた音で、耳の奥に直接響いてくる感じ。
優しさも怒りもない。ただ、事実だけを突きつける。
え、ちょ、まって……本当に誰?
ていうか、なんで知ってるの?
ちゃんと朝食も食べたし、お腹なんて空いてないけどさ……
こんなウザ絡みしたほうが目立つんだって!
「つかさ、あの子マジで性格悪いから無理〜、あたし関わりたくな〜い」
ーーDoubt.
実は、沙希は試すように、わざとそのセリフを吐いてみた。
だから、即理解した、あの声はやっぱりウソを見抜くって。
無理なのは沙希の単なる嫉妬のせい。
彼氏があの子にLINEを返してるのを見つけた。
自分より少しだけスタイルが良くて、笑い方が大人っぽい。
ほんとは関わりたくないんじゃない。
負けてしまう現実を見たくないだけ。
「すごっ、ほんとにわかるんだ」
沙希が驚いて無意識に発したその声に対して、
周りの友達は不思議そうな顔をしていたが、
沙希以外にあの声が聞こえることはなかった。
沙希が何を言っても、すぐに訂正された。
最初はそれが怖かったが、まるで神様みたいに自分の嘘を見抜いてる、
そう考えるうちに怖さはなくなり、その声に興味が沸いていた。
夜、ベッドの上で、沙希はSNSを眺めていた。
画面に映っていたのは、有名インフルエンサーのAyaka。
彼女にとって推しであり、理想でもあった。
スマホを握りしめながら沙希はつぶやいた。
「羨ましいなぁ……わたしの人生なんて、どうでもいいわ」
ーーDoubt.Doubt.Doubt.
う、うるさいっ。
ほんとは、この子みたいにもっと、いいねが欲しいさ。
わたしも誰かに必要とされたいんだよ。
こんな人生なんとかしたいに決まってる。
どうでもよくなんて、ない。
でも、どうしたらいいの?
たぶん、この声はずっと前から存在してた。
ただ、聞こえなかっただけ、
ううん、聞こえないふりをしてた、のか……
ほんの小さな嘘。
自分を守るための嘘。
その場を盛り上げる成り行きの嘘。
誰も傷つかないと思ってついた嘘。
わたしはあまりにも嘘を使いすぎた。
嘘ついてたら人生何とかなると思ってたんだけど……
やっぱ、神様は見逃さなかったのか。
翌日、沙希は教室で静かに椅子に座ったまま。
話さない、笑わない。だから、嘘もつかない。
最初は気にかけて声をかけていた友達も、
何度か、同じことを繰り返すうちに、
「ねぇ、なんかヘンだよね?」
「ま、好きにさせたらいいって」
などと言いながら彼女から距離を置いていった。
休憩時間になると教室の誰かが話すたび、あの声が聞こえてきた。
「え〜、このアイシャドウぜんっぜん高くないし〜、普通普通!」
ーーDoubt.
「昨日のSNSのコメ? あれ、ぜんぶ冗談つか、ネタだって」
ーーDoubt.
「マジで、恋愛とかぜんぜん興味ないし〜」
ーーDoubt.Doubt.
どこもかしこも、ダウト、ダウト、ダウト――。
沙希は思った。
みんな、こんな世界で、よく生きていられるなって。
でも、もしかしたらさ、
誰の周りにも、あの声は隠れているのかもしれない。
そして、それに気づいてしまった時から、
人生はちょっとだけ、めんどくさくなるのかも……




