お仕置きしてもいいですか
── @news.narou_jp
【速報】女が両親を殺傷 現場で倒れているのを隣人が発見し通報
27日午前、○○市内のマンション前で男女2人が倒れているのが発見され、この家に住む女を緊急逮捕しました。倒れていたのは女の父親と母親で、いずれも刃物のようなもので刺された痕があり、母親は死亡、父親は重傷を負っています。
『大学生』
「俺たちの時代はよかったよなぁ。もっと自由だった」
父は缶ビールを片手に、ソファでだらしなく笑っている。
横で母が、当時の歌謡をYouTubeで流しながら、よくわからないダンスを真似している。
「そうそう、だから、よく先生とか親に叱られてたわね」
「ああ、先輩にぶん殴られても、ありがとうございますって言ってたもんなぁ」
「叱られるってことが、愛情だったのよ。お仕置きなんて当たり前だったし」
そんな会話をしながら、二人で盛り上がってる。
その笑い声が、私は子どもの頃から嫌いだった。
親子仲が良いと、よく言われた。
実際、干渉はされなかった。
私が自分でなんでもやっていたからだ。
熱を出しても、リビングに寝かされたまま母はパチンコ。
進路相談をすると、父は「やりたいことやりゃいいさ」と言い残して夜の街に繰りだしていった。
わたしが悩んでも、苦しんでも「自分で処理」しなければならなかった。
それでも、私は両親を嫌いになれなかった。
それは、家族だから。
でも、それが間違いだったと気づいたのは、20を過ぎてからだった。
大学の進学には、奨学金をもらいながらバイトもして、何とか生活費をやりくりした。
両親には頼らなかった。
いや、それ以前に二人ともそんな心配はなにもしなかった。
父は、古いバイクを改造して遊び、母はフリマアプリで懐かしの昭和グッズを買い続けた。
就職先が決まって、私が家を出る日、
「親だって自由にしなくちゃ、大学まで同居させてあげたんだし、当然よねー」
母は笑いながら言った。
「いや〜、ようやく子育て終了だな!これからは夫婦で好きなことしよーぜ!」
父も本当にうれしそうだった。
それを聞いたとき、私は自分が「ただの一時的な重荷」でしかなかったことを理解した。
『社会人』
就職して2年目。
母が軽い脳梗塞で倒れた。
生活には支障ないが、軽度の麻痺が残った。
「ママ、あんたがいないと無理かも」
あれだけ「自由に生きる」が口癖だった母が、急に甘えた声を出し始めた。
最初は介助の相談だった。
次は買い物の付き添い。
銀行。役所。掃除。おかずの作り置き。
父はというと、まったく変わらず。
「俺、介護とか無理なタイプだから」と言い、週末はツーリング仲間と遊び歩いていた。
やがて母は、「一緒に住んだほうが安心よね?」と言い出し、
父までも「うち、空き部屋あるし、戻ってきたらどうだ?」と。
「同居なんて、もう時代遅れでしょ」と言っていた二人が、
今では「家族なんだから、支え合おうよ」と繰り返す。
違う。
支え合いじゃない。
一方的に、私に寄りかかってきてるだけだ。
私が断ると、母は泣き、父は不機嫌になった。
「今日、寒かったよ。」
「大丈夫?ごはん食べた?」
「あなただけが頼りなの」
母からのLINEが毎晩のように届いた。
既読をつけないと、夜中でも電話がかかってきた。
ある日、実家に帰ったとき、母が私のバッグを勝手に開けていた。
「何してるの?」
「ごめんねぇ、ちょっと気になっちゃって。最近、連絡が少ないし恋人とかできたのかなぁって」
その目は、所有欲、不安に溢れていた。
親の目でなく、大人の目でもない、子どものそれだった。
「パパとママがいるから、彼氏なんていらないでしょ?」
そう言った母の言葉に、背筋が凍った。
父もまた、変わってきた。
「前はもっと優しかったよな?」
「なんか冷たくなったよな、お前」
その言葉が、まるで恋人に言う嫉妬のように感じられて、気持ち悪かった。
父は、バイクに私の名前を彫っていた。
「娘の証」と言って。
それを見たとき、吐きそうになった。
『犯罪者』
ある夜、マンションのチャイムが鳴った。
モニターを見ると、二人が立っていた。
母は包丁を持っていた。
父はロープを手にしていた。
こいつら、やっぱり狂ってる。
私はチェーンロック越しに、声を振り絞った。
「……警察、呼ぶよ」
「え? なんで? 怖がらせるつもりなんてないよ」
「おい、家族の問題に警察って、おかしいこと言うなぁ」
と話す二人の表情はにこにこと笑顔だったが、目は死んでいた。
私はすぐにドアを閉めて、ベッドに潜り込んだ。
何度もチャイム音が聞こえてきたが、
毛布で必死に耳を塞いだ。
ベッドの中で、私は初めて本気で両親と向き合った。
警察も、誰も、私を守ってはくれない。
家族だから、親子の問題だから。
法律も道徳も常識も、全部この人たちには通用しない。
なら、どうする?
どうやったら、これを終わらせられる?
台所で、包丁を握った。
呼吸が浅くなる。
鼓動が耳に響く。
モニターを見ると玄関のドアの向こうに、二人の姿がまだ見えた。
笑っている。ずっと。
ああ。
終わらせなきゃ。
ここで、止めなきゃ。
私が、止めなきゃ。
あいつらは親でも大人でもない。
私と同じ、いや、わたし以下の、わがままに育った大きな子供たち。
そんな子供にはお仕置きをしてもいい、
それが愛情なんだよね?
二人が教えてくれた唯一ためになる話を思い出して、
私は目の前のドアの鍵を開けた。




