無顔
── @news.narou_jp
『整形を繰り返す女性が急増中。理想の自分を追い求める動きが広がる一方で、トラブルも多発』
美容整形を受ける女性の数が年々増加している。中でも、一度きりではなく、複数回にわたって施術を受けるケースが目立つ。背景には、「理想の自分」を追い求める価値観の変化やSNSの影響があるとされる。一方で、施術ミスによるトラブルも後を絶たず、業界全体の安全性や倫理性が問われている。
ミナは美容外科界隈では知られた存在だった。
顔立ちのバランス、目と眉の角度、鼻筋の高さ、輪郭の左右差、唇の厚み
——彼女はそれらを細かく指摘し、整形のやり直しを何度も要求した。
もちろん、金は払っていたが、スタッフにとっては厄介な存在だった。
「前よりブサイクになった」
「言ったとおりになっていない」
「他の患者より私を優先しろ」
彼女のクレームは、診察後の待合室にまで響いていた。
そしてそれは、記録として毎回しっかりと残されていた。
——カルテの別フォルダ、「要注意顧客」の欄に。
そんなミナが、ある日いつものように診察に来た。
だがその日は、様子が違った。
「……先生、鼻の通りが悪いんです。なんか……塞がってる感じで」
鼻を上に向けて見せると、確かに穴が浅い。
医師はルーペで覗き込んで言った。
「……腫れですね。術後の浮腫かもしれません」
「もう三ヶ月経ってますけど?」
「体質によっては遅れてくることもありますよ」
そう言って医師は微笑んだ。
ミナは納得がいかないように舌打ちし、スマホで自撮りを始めた。
「SNSでみんなに聞いてみるわ。“これって失敗じゃね?”って」
その一言に、医師の顔がほんの一瞬だけ歪んだのを、彼女は気づかなかった。
「では、少しだけ処置を施しておきましょう」
医師はそう声をかけて、ミナを処置室につれていった。
「完璧でお願いね」
「もちろん、完璧に仕上げてみせます」
と医師は答えると、ミナに局所麻酔をかけて施術を始めた。
その数日後、彼女は再び現れた。
「口が開かないんだけど!!」
怒鳴るような口調に反して、確かにその口元は不自然だった。
唇が腫れているというより、もう「閉じて」いた。
縫い目もないのに、皮膚が一枚に繋がっている。
「これは……おかしいでしょ!? どうなってんのよ!?」
医師は言葉を濁し、精密検査を提案した。
CT、MRI、血液検査、その流れで数日間の入院が決まった。
「大丈夫と思いますが少し様子を見ましょうか、ただの浮腫と思いますが……」
と、医師は呟いた。
入院して3日目。
ミナは鏡を見せられた。
口は、もう跡形もなかった。
唇のラインさえ消え、そこにはただ滑らかな皮膚が続いていた。
声が出せない。
飲食もできない。
口がない。
「医療ミスじゃないの……!?」
ミナは紙に書いて訴えたが、看護師はこう答えた。
「ご安心ください。命に関わる状態ではありません。点滴で栄養は管理されますので」
その口調は丁寧だったが、冷たかった。
まるでクレーム処理のマニュアルを読み上げているようだった。
次に失われたのは、耳だった。
音が聞こえなくなった。耳に指を入れても、穴がない。
まるで、はじめから耳の孔という概念がなかったかのように塞がれていた。
そのとき彼女は、確信した。
——これは自然現象じゃない。
誰かが、意図的にやっている。
それでも、視覚は残されていた。
彼女は筆談で必死に訴えた。
「何をしたの?」
「これは治るの?」
「訴えるわよ」
返ってきたメモは、たった一言。
「お静かに」
数日後、看護師が小さな鏡を手渡した。
ミナの目が、消えかけていた。
まぶたの内側から皮膚が覆い、光が徐々に失われていく。
鼻も、口も、耳も、すでになかった。
そして今、視覚までも——。
彼女の顔には、もう「穴」と呼べるものが一つも残っていなかった。
数日後、彼女の記録が削除された。
カルテも、SNSのアカウントも、保険証番号も、過去の整形履歴も。
ミナという人物は、病院のデータベースから完全に消えた。
あらゆる問い合わせに対して、事務はこう答えた。
「そのような患者様は、記録にありません」
その病院の地下、関係者以外立ち入り禁止の部屋があった。
室温14℃。ガラスケースの中、生命維持用のチューブだけが静かに動いていた。
中にあるのは、かつてミナだった肉体。
顔はつるりと滑らかで、目も鼻も口も耳もない。
皮膚は完全に閉じ、何一つ、外界とつながる“穴”が存在しない。
表情も、声も、訴える手段もない。
ただ、静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
「また1体、処理完了ですね」
白衣の医師が呟くと、若い助手が質問した。
「先生、本当に……必要だったんですか? ここまでしなくても」
「わたしは彼女の希望に応えただけですよ」
「……希望?」
「外見を完璧にしたいっていう人間には、“本当の意味で”完璧な顔を与えてあげるんです」
「完璧って、あの何もない顔がですか?」
「ええ、あれだけ整形を繰り返したら、年齢を重ねるにつれて皮膚が崩れ始めて、顔のパーツはぐちゃぐちゃになるでしょう」
「確かに、その可能性は否定できませんが……」
「そんな崩壊した顔になるくらいなら、平らにしていた方が美しいと思いませんか? もう自分を見るこ
とはないし、雑音が聞こえたり視界に入ってくる危険もない。彼女は何も気にする必要がなくなった」
助手には彼の発想が理解できず、さらに聞き返した。
「つまり、先生は彼女のためにやってあげたんですか?」
医師はガラス越し満足げに、静寂の中の標本を見つめながら、質問に答えた。
「もちろんです。どこにも穴のない顔こそがこの世で唯一、完璧な形なんです」




