これ、まだ勘違いってことでいいの?①
【他人事】
西川ナホトは、29歳。
都内の物流倉庫で契約社員として働いている。
社会的には普通の人間だ。
高卒。両親とは疎遠。彼女はいない。
貯金も少しだけ。休日はYouTubeかX(旧Twitter)で暇を潰す。
駅前のベンチで缶コーヒーを飲みながら、スマホをスクロールする。
おすすめに流れてきたのは、ニュース記事だった。
『都内にて通り魔事件が発生。容疑者は20代のパート勤務の男性で、「社会への不満が動機だった」と供述』
「あーあ、またか」
他人事のように思っていた。
だが、あるリプライに目が留まった。
「上級は笑ってるよ。下層が下層を殺し合ってるってな」
その言葉に、なぜか心が引っかかった。
上級?
よくある陰謀論かと思ったが、西川は気になった。
そのプロフィールを覗くと、鍵付きのアカウントでフォロワーはわずか12人。
ツイートの内容は、どれも妙だった。
「駅前のCCTVは『ある層』が見るための監視装置」
「犯罪者を生む土壌は、意図的に作られている」
「あなたたち下級の怒りは、設計された感情によるもの」
バカバカしいと思いながらも、そのアカウントの過去ツイートをスクロールしていくうち、ふと冷たい汗が流れた。
「次に動くのは都内北東部、26〜30歳の男。職業は非正規。動機は漠然とした社会不信。」
投稿日は、2週間前だった。
そして、今朝報じられた通り魔事件の容疑者は、まさにその条件に一致していた。
単なる偶然、そう考えつつも西川の顔は引きつっていた。
【好奇心】
夜、布団に入っても西川はすぐに眠れなかった。
陰謀論は嫌いだ。最近はやたら何でもそこに結びつける。
だが、予言のようなあのツイートを目の当たりにし、心がざわついた。
翌日、職場の昼休み。
いつものように社員食堂でカレーを食べながらスマホを開くと、
例のアカウントは消えていた。
アカウントが削除されたわけではない。
最初から存在しなかったかのように、痕跡がなくなっていた。
リプライ履歴も消えている。スクショも撮っていなかった。
「……え、まじか?」
帰宅後、ネットで検索をかけてみた。
「上級国民」
「日本 隠された階層」
「陰謀」
「通り魔 仕組まれた」
その検索結果の上位はすべて「陰謀論の危険性」や「事実無根」ばかり。
そんな中、ある匿名掲示板のスレッドが目に止まった。
『日本の国民ランクを暴いていくスレ【知ってしまった人へ】』
001 名前:名無しの観察者ー投稿日:2025/09/12(金) 01:43:29.88 ID:Xk7j1v
選民通知ってマジで存在するぞ。うちの親父が昔見せてくれた青い封筒。何かを選ばれた人間にだけ届くらしい。詳細は口止めされてた。
034 名前:名無しの観察者ー投稿日:2025/09/13(土) 18:12:55.44 ID:Ae7U53t
高2の時に変な動画をXで見た。数分後、アカウント凍結された上に、警察が家来た。デバイス全部押収。で、それ見た友達、翌週から学校来なくなった。
047 名前:名無しの観察者ー投稿日:2025/09/14(日) 00:08:15.32 ID:uLk91Xg
最近、YouTubeとかTikTokでも「あの広告」出てこない?
背景グレーで、「今の生活に満足してますか?」って聞いてくるやつ。
押したらダメ。マジで。
押したら、始まる。
052 名前:名無しの観察者ー投稿日:2025/09/14(日) 02:45:08.88 ID:OGp93kx
>>047
それ、俺も見た。
で、それ見てからスマホに見られてる感覚がずっとある。
カメラレンズ覆ってもダメ。
たぶん向こうは、もう俺の処理段階に入ってる。
それらのスレをスクロールする手が止まらなかった。
書き込みの多くは冗談か被害妄想に見える。
だが、明らかに似た体験を共有している者たちが確かにいた。
どう考えても現実的ではなかった。
でも、その妄想の中に、自分の生活と一致する断片があることに気づいた。
• 通勤路の監視カメラが、急に増えた
• スマホのGPSがたまにズレる
• 話に出ている「あの広告」に心当たりがあった
「……ただの思い込みだろ」
そう自分に言い聞かせた。
だが、どこからか見られている感覚が消えなかった。
【前触れ】
1週間後、職場で事件が起きた。
ある同僚が倉庫内で倒れ、救急搬送された。
過労とストレスによる意識障害だという。
彼も非正規で、たまに一緒にグチを話していた。
西川は知っていた、彼がその不満を頻繁にSNSで漏らしていたことを。
後日、西川のスマホに通知が届いた。
見覚えのないユーザーからのDMで、
本文は、たったひと言だった。
「次は君かもしれないね」
画面を見て彼は震えた。
アカウント名もIDも記録できなかった。
通知ごとすぐに消えてしまった。
幻覚かと思ったが、その日から、スマホの調子が急に悪くなった。
画面がフリーズしたり、勝手に電源が落ちたり、
Wi-Fiも断続的に切れた。
怖くなって全てのSNSアカウントを削除しようとした。
だが、なぜかログインできなくなっていた。
「これ、なんなんだよ……」
西川は怖くなって、スマホの電源を切ることにした。
それ以来、独り言が増えていった。
ピザ屋から間違って配達された商品が、何度も家に届いた。
夜になると、家の前で誰かが立っている気配がするようになった。
昼も夜も、怖くてカーテンが開けられなくなった。
家から出ることができなくなって、仕事の無断欠勤が続いた。




