見憶えのある看護師(注)
「うー、ーんー。」
目が覚める。太陽はすでに頂点近く。
達也は頭のそばにあるスマホを手に取る。
タップしてNAROUニュースを開く。
>芸能ニュース
[アイドルグループとっても果実の
ランダムじゅーすさん(23才)が
お笑い芸人やまから小脇(39才)と
半同棲。]
> 経済ニュース
[今日の為替は、昨日の政府の発表を受けて……]
> 国内ニュース
[都内の病院で注射器に弛緩剤を入れ、
患者の殺害を試みた30代の看護師が逮捕。
この病院では数ヶ月のうちに数人の患者が原因不明の……]
ありきたりな内容ばかりだ。
スマホをベットの上に放り投げる。
シャワーを浴びて服を着たら、
テーブルに放置していたバイクのキーを掴んで
ジャケットのポケットに突っ込む。
センタースタンドを蹴っていつもの道を走る。
=空気を切っていくこの感触は変わらない。=
今日も料理の仕込み、開店の準備だ。
30代半ば。居酒屋店員。
この仕事はやっていて楽しい。
若い女の子も多いし、
何より明るい夜が好きだ。
独身はいつまでも気楽。
この街で寂しい事はない。
=左右に流れてゆくビルや人や樹々。=
この風景と同じように、
入ってきては去っていくバイトの女の子たち。
これまでこの仕事をしてきて
バイトの女の子と仲良くして、色んな子と寝た。
正直、誰がどうだったとか全員は覚えてない。
とにかくその時の雰囲気。流れ。
向こうもその気になったらヤルだけ。
何となく付き合って、何となく別れる。
色んな子がいる。
彼氏の愚痴聞いてたらそうなったとか、
短期バイトで来た子と仲良くなったり。
期間限定にやっぱり人は弱いのかもな。
=そんな余計な事が、なぜか今日は急に頭を過ぎる。=
視界の左から突然車が出てくる。
あ、と思った瞬間、ハンドルを右に切る。
車は間一髪で急ブレーキで止まる。
バランスを崩す。
上か下か分からないまま気を失った。
気付いたら病院のベットに足を固定されて寝ていた。
年配の看護師が慣れた感じで近くにいた。
「田所 達也さん、起きましたか〜?
先生がもうすぐ来られますよ。
どこか痛いところはないですか?」
「あー……足が痛みます。」
「そうですねー、骨折してますからねー。
しばらくお待ちくださいねー。」
何だそれ、聞いといて、
その答えはおかしいだろ、
と思いながら目を瞑った。
しばらくすると医師が来た。
口髭を生やした中年の男だ。
「田所さん、
気を失っていましたが、
幸い頭部に異常はみられません。
右足は大腿骨の骨折です。
とにかく安静に。
しばらく入院して頂き、様子を見ますから
ご安心下さい。」
それから入院生活が始まった。
病院はある程度大きいからか、
または人気がないのか、相部屋なのに
元々いた一人が出てからは
新たな患者が入ってこない。
病院には多くの看護師がいる。
やっぱり若い女性もいて、
ついつい見てしまう。
正直なところみんなマスクをしていて
その顔はよく分からない。
何人か看護師が入れ替わり、
処置をしていく。
その中に同じ年ぐらいの他の看護師より
派手な印象の看護師がいた。
看護師より旅行会社とかの窓口に居そうな雰囲気だ。
どこかで会ったような気もしたが、
名札に「はやし さとみ」とある。
直ぐに記憶の中に思い当たる名前はない。
数日後、骨折の状況から
ボルトを入れる手術を行った。
術後直ぐは点滴を打つことになり、
その、さとみと会話する機会があった。
「田所さん、お仕事は何をされているんですか?」
「居酒屋の店員ですよ。」
「私も居酒屋でバイトしたことあるんです。
駅前近くの地下に、割と広い店で、
居酒屋にしてはちょっと落ち着いた
薄暗い雰囲気のお店だったんですよ。」
「そうですかぁ。」
術後でぼーっとしていたこともあり
うちの店に似てるなぁ…
とだけ思った。
「じゃあ、点滴始めますね。」
それ以降、なぜかその看護師が
来る割合が増えた気がする。
メイン担当っていうところか。
「田所さん、モテるでしょ?」
「え、分かります?」
「そう言うところ。遠慮もせず乗ってくる。」
「いや、普通でしょ。」
さとみは苦笑いをした。
「じゃあ、包帯変えますね。」
包帯を定期的に交換する必要があるが、
さとみが来た際にはちょっとした会話になった。
「前に話しましたけど、
居酒屋でバイトしてた時に
ある店員さんが結構、
話を聞いてくれたんですよね。
その頃、私は色々悩んでて。
ついつい色々聞いてもらってるうちに
夜遅くなって、まぁ……。
バイトだったんで、辞める時に
そのまま付き合えるのかなと思ってたら、
急に冷たくなって……。
その後、連絡取れなくなったんですよね……。」
「へぇー。酷い奴もいるもんですね。」
「そうでしょうー。
まぁ、騙されてたんでしょうね。
私。」
「いやー、分からないけど。」
「じゃあ、包帯変えますね。」