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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
最終章 運命の死神審問会

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第98話 カグヤの計略

「……馬鹿なことを!」


 糸を張り詰めたような空気を破ったのは、蘭丸だった。その顔には、困惑と焦り、そして拭いきれない疑念が浮かんでいる。


「彼女は人間だ!死神のカグヤであるはずが……」

「転生したんだよ。人間にね」


 千景はそう言い切った。


 だが、蘭丸も兼翔も、そしてタマオも、信じられないものを見るように視線を泳がせていた。藍良もまた、千景の言葉をすぐには受け止めきれず、冷静に状況を整理する。


 たしかカグヤは、死神界を追われたあと、人間の男に化身として宿っていた。だが、闇属性を千景には隠せず、居場所を突き止められ、追い詰められた。


 それでもカグヤは、精神干渉で千景の手から逃れた。つまりそのあと、彼女は化身として逃げ続けたのではなく、人間に転生していた、ということか。


「待て!そんなことは考えられない」


 千景の背後から、兼翔の声が飛ぶ。


「転生するには、死神審問官から審問を受けなければならない。そこで転生の許可を得て、初めて人間に転生できる。カグヤは、わざわざ敵陣に乗り込み、審問を受けたというのか!?」

「そうだよ」


 あっさり答える千景に、兼翔はがくりとうなだれる。

 だが、負けじと顔をあげると、食ってかかるように千景を睨みつけた。


「阿保が!そんなもん、すぐにバレるに決まってるだろ!」

「忘れたのかな?カグヤだけの特性を」


 次の瞬間、兼翔の表情が止まった。

 彼女の最大の特性……それは──。


 ──精神干渉。


 藍良は、ごくりと息を呑んだ。

 一同の視線が一斉に、花倉──カグヤへと注がれる。


 兼翔は、納得したように低く呟いた。


「……つまり、審問官に精神干渉を施し、自分に都合のいいように審問を進めて転生した……ということか?」

「そう。しかも二回もね」


 この発言に、場がどよめいた。

 千景は静かに、茶色い和紙のような書類を掲げた。そこには年表のような記録が並んでいる。どうやら、審問の記録のようだ。


「この書類は担当した審問官が改ざんしたものだけど、年表だけは合っている」


 千景は書類に目を落としたまま、言葉を続けた。


「最初の審問が行われたのは、僕がカグヤを封じたと思っていたすぐあとのこと。この時点ではまだ、幻道様ですらカグヤが生きていることを突き止めていなかった。死神界でも、カグヤは封じられたという噂が広まっていた。彼女からしてみれば、人間に転生するにはこれ以上ない好機だった」


 千景の声が、場の空気をさらに冷やしていく。


「人間の女性として生まれ変わった彼女は、その命を全うしたあとまた冥界で審問を受けた。もう一度、人間として転生するために」

「なんと図々しい女じゃ」


 タマオは吐き捨てるように言い、カグヤを睨みつけた。藍良もカグヤの大胆かつ堂々とした行動に、思わず目を丸くする。


「再び冥界に来た彼女は、そこで二つの事実を知った。ひとつは、自分は死神審問会から封じられたと思われていること。正確には、幻道様によって生きていることは見破られていたわけだけど、その事実は一部の死神しか知らされていなかった。だからカグヤは、自分の計画が成功したと思った。だけど……」


 そこで千景は、(わず)かに目を細めた。


「同時にもうひとつの事実も知った」

「もうひとつの事実?」


 藍良の問いかけに、千景は静かに答える。


「ユエが自分を探し続けている、という事実だよ」


 次の瞬間、カグヤの顔がぴくりと動いた。


「カグヤは動揺した。かつて恋人同士だった二人。だが、今でもユエが自分を追い続けているとは夢にも思わなかったんだろうね。黒標対象の死神は、未来永劫、神気を宿した黒い紙に封じられる。ユエはあなたもそうやって封じられたと思っていた。だからこそ、ユエはたったひとりで死神審問会に対抗すべく、藍良の学園で邪気を集め始めた。すべては封じられたカグヤ──あなたを再び救い出すために」


 その場にいた審問官たちのざわめきが、徐々に膨らんでいく。


 藍良は知っていた。ユエが自分の学園に現れたのは、カグヤを封じたと思われていた千景への復讐も兼ねてのこと。千景への恨みを燃やしていたユエは、敢えて彼の想い人がいる藍良の学園を選んだのだ。


「思いもよらない事実を知って、あなたは驚いたでしょう。再び転生したあなたは、真っ先にユエを探そうとした。彼の神気の色を、恋人だったあなたは知っている。そんな微かな手がかりだけを頼りに、密かに彼を探し続けた。とはいえ、それは至難の(わざ)だった。ユエの行方は僕たち審問官もずっと追い続けていたからね。結局、ユエの大まかな居場所は突き止めたものの、僕たちに先を越された」


 その瞬間、カグヤからひやりとした殺気がこぼれた。まるで抑え込んでいた憎悪が、一気に膨れ上がったかのように。


「そしてあの日、夏の体育館裏で──あなたは決定的な言葉を聞いた」


 藍良はあのとき放った、自らの言葉を思い返していた。


 ──千景たちは、ユエの魂を使って、敵をおびき寄せようとしているのかも……。


 軽率だった。

 藍良は奥歯を噛みしめる。


 千景はユエの魂を囮にして、潜んでいるかもしれない仲間をおびき出そうとしていた。だが、実際にその魂を追ってきたのは、まさかのカグヤだったのだ。


「それは、藍良と真白さんの何気ない会話だった。あの瞬間、あなたはずっと探し続けてきたユエが封じられたことを知った。迷わず藍良に駆け寄ったあなたは、あることに気付いた。藍良の中に真白さんという化身が宿っていること。あなたはその化身が、最愛の恋人を追い詰めたのだと確信した」


 藍良の視線の先で、カグヤは拳を握りしめる。その拳は微かに震えていた。


 藍良は息を呑んだ。あのとき真白と交わした何気ない会話。あの一瞬が、この特別最高審問へと繋がる、すべての始まりだったのだ。


 千景は藍良を見つめながら、安心したように息を吐いた。


「今思えばゾッとする。後にも先にも、あのときが一番危なかった。あの場で、僕や藍良が精神干渉を受けていたら一巻の終わりだった。でも、あなたはそれをしなかった。というよりも、できなかった。ユエが封じられていると知って、流石に動揺したんですね」


 この言葉が落ちた瞬間、カグヤは千景を睨みつけた。その瞳には、憎悪を通り越した剥き出しの殺意が宿っていた。カグヤ自身も、あれが最大の失態だったと十分すぎるほど理解しているのだろう。


「それでもあなたには、たったひとつだけ勝機が残されていた。それが、僕の持つこの黒い紙です」


 千景は懐から黒い紙を取り出すと、人差し指と中指に挟めてカグヤへと見せた。


「ユエを封じた紙。これを手に入れるために、あなたは策を巡らせた。けど、僕に近寄ることはできない。体育館裏で僕と向き合ったとき、悟ったはずだ。力では及ばない、とね」

「なぜじゃ?」


 タマオが眉をひそめる。


「カグヤは相当強敵じゃろう?……いや、千景も相当強者じゃよ。強者じゃが……カグヤもかなりのものではないのか?」


 千景はふっと表情をやわらげ、タマオの鱗を撫でる。


「タマオ。僕たち死神はね、顔を変えると力を失っていくんだ。僕が幻顔士(げんがんし)に顔を変えて貰ったみたいに」


 千景はタマオの鱗を撫でながら、カグヤへ視線を向ける。


「彼女は二度、人間に転生している。つまり、二度も顔が変わっている。今の彼女は、僕や真白さんはもちろん……もしかしたら兼翔にすら勝てないかもしれない」

「おい」


 さらりと失礼なことを口走った千景に、兼翔が鋭くツッコむ。だが、千景は言葉を返すことなく、淡々と続けた。


「現実世界で僕と接触できないと悟ったあなたは、そこで大胆な策に出た」

「まさか、それが例の殺人か?」


 兼翔の問いに、千景は頷く。


「冥界に行くために、あなたは自分で自分を殺した。そしてまず、ユエを追い詰めた化身──真白さんへの復讐を果たすために、彼女に殺されたと証言した。審問会には派閥がある。真白さんが危険視されて“封じよ”という流れになれば、それで良かった。その次にあなたがしたこと。それは、自分が精神干渉を受けているように見せかけることだった」

「精神干渉を……受けているように、だと?」


 蘭丸が眉をひそめる。


「そう。彼女は、どうしてもそれをやる必要があった。死神界では、カグヤはすでに封じられたと認識されている。だからこそ、彼女は大げさに泣いたり、怒り、取り乱してみせた。花倉真澄は、カグヤから精神干渉を受けている。もしかしたら、カグヤは生きているのではないか。彼女はカグヤの手がかりを握っているのではないか……。そんな疑いを、この特別最高審問の場である死神に植え付けるためにね」

「ある死神?」

「誰じゃ?蘭丸か!?」


 藍良とタマオの問いに、千景は首を横に振る。


「精神干渉をされているかどうか。それを正確に見極められる死神は、たったひとりしかいません」


 千景はそう言うと、真っ直ぐ前を見据えた。その視線の先にいるのは、この場で最も強い権威を持つ、カグヤ唯一の宿敵だった。


「もうひとつのカグヤの狙いは、幻道様から審問を受けること。そして幻道様に、精神干渉を仕掛けることだったんだ」


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