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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
最終章 運命の死神審問会

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第95話 大根役者の茶番劇

 真白の登場が予想外だったのか、花倉は一瞬目を見開いた。だが、一方の真白は花倉を見ることはなく、ただ前を──幻道だけを見据えていた。


 場の空気を斬り裂くように、審護席から千景の声が響く。


「これからいくつか質問をします。すべて正直にお答えください」

「はい」


 千景は淡々と、こう問い始めた。


「あなたはいつから、水無瀬藍良さんに宿っていたのでしょうか?」

「百三十年以上前からです」

「ですが、水無瀬さんは現在十七歳。百三十年以上前、というのは……」

「彼女の前世……片寄藍良にも宿っていましたから」


 真白の言葉をきっかけに、場の均衡が崩れる。


「やはり……あのときの女には化身が宿っていたのだ」

「邪悪な化身をみすみす見逃すとは……」


 怒号と(ささや)きが入り混じり、死神たちのざわめきは一気に膨れ上がる。真白はその様子を一瞥し、うんざりしたように息を吐いた。

 次の瞬間、幻道の声が雷のように落ちる。


「静粛に!」


 ひと言で凍りつく場。

 沈黙が再び場を芝居する中、千景は淡々と続けた。


「なぜ、存在を隠していたのですか?」


 すると、真白は振り返り、先ほど小言で非難していた死神たちを鋭く睨んだ。


「わたしを敵対視する死神がいると、わかっていたからです。片寄藍良が特別最高審問に呼ばれたとき、『闇属性は封じられてしかるべき』と彼女が言われているのを何度も耳にしました。自らの身を守るために、わたしは隠れるしかなかったのです。そして……」


 真白は姿勢を正し、力強く答えた。


「片寄藍良も、わたしの存在を徹底的に隠してくれました。彼女は命の恩人です」

「あなたは、現在の水無瀬さんにいつ正体を明かしたのでしょうか?」

「ひと月ほど前です」

「きっかけは?」

「黒標対象ユエが、彼女を手に掛けようとしたからです」


 その名が落ちた瞬間、再び場が揺れた。

 皆、「ユエ」の名に動揺しているのだろう。


「水無瀬さんの傍には、死神審問官が二人いました。あなたは再び自分が危険視される可能性を危惧(きぐ)しましたか?」

「はい。ですが、それ以上に藍良の命を守ることを優先しました」

「ユエはかなりの強敵だったはず。いったい、どう立ち向かったというのです?」

「月詠を模倣(もほう)しました」


 今度こそ、その場にいた死神たちははっきりと声を上げてざわめいた。月詠の模倣は本来できるはずがない。術者にリスクがあり過ぎる。それができたということはやはり、カグヤ由来の闇属性を有する化身だからこそ──多くの死神が、そう感じたことだろう。


 一方、審護席からその様子を見ていた兼翔は、やはり()に落ちなかった。


 兼翔からしてみれば、この話は昨日、幻道や蘭丸とともにすでに聞いている。

 千景もまた、今朝この話を幻道から聞かされたはず。


 それなのに、なぜ今、敢えてこの場で?


 そう思った矢先、千景の声が突如として響き渡った。その声色はわざとらしいほど裏返っていた。


「う……うえっえええ~~!?月詠の……も、模倣ですかあ~~!?」


 …………。

 ……ズコー!!


 あまりの芝居がかった反応に、兼翔はその場で盛大にズッコケた。証言台に立つ真白も、彼女の首に巻きついているタマオも、揃って呆れ顔を千景に向ける。どうやら、彼女たちも兼翔と同じ気持ちらしい。


 だが千景は、その冷え切った視線を気にすることなく、迫真の演技のつもりなのか、大げさに身振り手振りを交えながらオロオロとする。


「つ、月詠の模倣なんて……!そんなの無茶苦茶ですよぉ~!!」


 無茶苦茶なのはお前だ、というツッコミを兼翔はグッと堪える。

 すると、真白がきょとん顔で千景に向かって首を傾げた。


「無茶苦茶とは、どういう意味でしょうか?」


 すると千景は、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。


「だって、だって……月詠の模倣って、すっごく難しいんですよぉ!暴走したら、術者であるあなたも、宿主である水無瀬さんもすっごく危ないんです!もしかしたら、命がなくなっていた……なんてこともあったかもしれないんですよぉ~」


 千景はちらりと上目遣いで真白を見た。


 一拍。


 真白は、わざとらしいほど丁寧に咳払いをし、大きく息を吸い込む。そして──。


「ひ……ひえええぇぇぇ!?う、うそおおおぉぉぉ!?」



 その場に轟く、真白の不協和音。


 兼翔は耐えきれず、椅子から半分ずり落ちる。


 クールな真白がこんな声を上げるとは。それに、演技は明らかに棒。千景以上の大根役者だ。神聖であるはずの審問の場で、この阿呆な化身たちは何をしているのか。


 そう思いながら、兼翔は前方に視線を向ける。すると、幻道がぷるぷると肩を震わせながら頭を抱えていた。彼も二人の大根役者ぶりにとことん呆れているらしい。だが、茶番はまだまだ終わらない。


「わ、わたし……知りませんでした……そんなこと……それがわかっていたら、月詠の模倣なんてしなかったのに……」


 真白は両手で顔を覆った。泣き真似だ。それを見た兼翔は大きくため息を吐く。

 すると、千景はあっさりと表情を変え、両手を横に広げて高らかに言った。


「……ご覧の通りです、皆さま」

「いや、何がだよ」


 言い終えた直後、兼翔はハッとした。完全に無意識で、声に出してしまったからだ。

 だが、千景はそんなことなど気にも留めず、兼翔に笑顔を向ける。


「僕はユエの討伐を命じられ、彼を追っていました。ですが、ユエを見つけたとき、彼はすでに満身創痍だった。つまり、僕たちが駆けつける前、すでにユエを追い詰めていた者がいたのです」

「それが、真白さんということ?」


 冷静さを取り戻した幻道が問う。千景は迷いなく頷いた。


「そして、ユエの傍には確かに水無瀬さんがいた。彼女の命が危険に晒されたからこそ、真白さんは出てきたのです」

「……つまり、何が言いたいのでしょうか?」


 蘭丸の声が飛ぶ。

 千景は一拍も置かず、静かに口を開いた。


「つまり真白さんは、この場にいる多くの審問官たちが想像しているような危険な化身では断じてない──ということです。このことは、今ここではっきりと明確にしておきます。さらに言うと……」


 千景は真白に穏やかな笑みを向けた。


「彼女は感謝されこそすれ、封じられる筋合いなど一切ございません」


 言い切った瞬間、沈黙が落ちた。やがて、後方に座る死神たちが、ひそひそと声を交わし始める。だがそこには、先ほどの畏怖や怒り、非難ではなく、戸惑いと再考の色だった。


 兼翔は悟った。


 千景が真白を審問した理由。

 それは、彼女自身に証言させ、決して危険な化身ではないという事実を、この場にいる全員に突きつけるためだったのだ。


 兼翔がそう確信したのも束の間、一転して千景の表情は冷静さを(まと)う。そしてそのまま、彼は鋭い視線を花倉へと向けた。


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