第93話 泣き笑いの再会
「千景!!!!!」
藍良はそう叫ぶなり、反射的に彼に抱きついた。その瞬間、首に巻きついていたタマオが「ぐえっ」と唸る。藍良はハッとして身を引いた。
「あ、ご、ごめ──」
だが、言い終わる前に、千景は照れくさそうに微笑み、タマオを庇いながら、もう一度藍良を抱き寄せた。
「ち、ち、千景!?」
途端に恥ずかしさで頬が熱くなり、声を荒げる。だが、千景の腕は緩まない。彼はそのまま、藍良の耳元で低く囁いた。
「寂しかった?」
この言葉に、藍良は思わず涙ぐみ、吹きだした。千景だ。どんな状況でも構わずラブラブ砲をぶっ放してくる、いつもの千景だ。藍良は鼻を一回すすると、拗ねたように唇を尖らせた。
「別に寂しくなんてないし。全然平気だったし」
千景は静かに腕を解くと、微笑みを携えたまま、どこか切なそうな声色で告げた。
「良かった。元気そうで」
その言葉に込められた千景の優しさが沁みて、藍良は再び涙ぐんでしまった。千景を心配させたくなくて、藍良は自分から強く抱きつく。
千景は一瞬戸惑ったものの、すぐに観念したように、少しだけぎこちなく抱き寄せた。
「良かったのお~藍良……わしまでウルウルしちゃう」
首元からタマオがしみじみと呟く。藍良は千景の肩に顔を埋めたまま、同意するように大きく頷いた。と、そのとき──。
「ブォッフォン!!!」
場違いなほどの大きな咳払いが響く。顔を上げると、そこには呆れ顔の兼翔が立っていた。彼の視線に気づいた藍良は、慌てて周囲を見渡す。すると、その場にいた死神たち全員の視線がこちらに向けられていた。
藍良は反射的に千景から離れ、大げさに距離を取った。兼翔は二人の前に立つと、これまた盛大なため息をついた。
「まったく。緊張感の欠片もないな、貴様らは」
だが、そんな言葉にも、千景は柔らかい笑みを返す。
「兼翔、ありがとう。僕の代わりに、藍良の審護を務めてくれて」
兼翔は一瞬言葉に詰まったあと、誤魔化すようにもう一度ため息を吐いた。
「……それよりだ。今朝、幻道様からの呼び出しを受けていただろう。いったい何の用だったのだ?」
その問いに、藍良はきょとんと首を傾げた。どうやら千景は、今朝すでに幻道と顔を合わせていたらしい。
「昨日の夜の話を聞かせてくれたんだ。兼翔、君も幻道様たちと話したんでしょ?その話だよ」
軽い口調とは裏腹に、千景の目はどこか真剣だった。
「聞いて驚いたよ。幻道様も……それに真白さんも、僕と同じ考えだったから」
その瞬間、兼翔の表情が一変した。
「詳しく聞かせろ」
「え?」
「いったい、何が起きている」
張り詰めた声に、藍良は息を呑んだ。そして、昨日の真白との会話を思い返す。切羽詰まった様子はまるでなく、その表情はどこか晴れやかだった。そして、藍良にあの言葉を託したのだ。
──虚映ノ鏡は真を映さず。来るべきときが来たら、この言葉を思い出して。
藍良は無意識のうちに、持って来た鏡をぎゅっと握りしめていた。この鏡がどう役に立つというのだろうか。
そう思ったとき、千景が一歩近づき、藍良の手元の鏡へと視線を落とした。
「虚映ノ鏡……タマオに頼んで良かった。ちゃんと受け取ってくれたんだね」
藍良も彼につられるように鏡を見つめる。そう、この鏡はもともと藍良の部屋にあったもの。この世界──冥界に連れて来られたあと、タマオがわざわざ千景の頼みで持って来てくれたのだ。
──少しの間、それを僕だと思って抱きしめて。
……という、あまりにもキザな言伝も添えて。
「あのさ、この鏡……何に使うの?もしかして、何か目的があってタマオに持って来させたとか?」
「いずれわかるよ。それまで、誰にも見えないように、隠しておいてね」
藍良は渋々頷くと、鏡をそっと両手で隠した。千景も真白も、いったいこの鏡で何をするつもりなのだろうか。
そんな疑問が残る中、千景は兼翔に向き直る。
「兼翔、慌てなくても真実はすぐにわかるから」
千景の物言いに、兼翔は悪態を吐くなり一歩踏み出した。文句を叩きつけるつもりだったのだろう。だがその瞬間、重厚な音とともに入口の扉が開かれる。
現れたのは、死神審問官・蘭丸だった。そして、その背後から、連れ添うように花倉が姿を現す。彼女はこちらに視線を向けると、挑発するように不気味な笑みを浮かべた。そして、そのまま審護席へと歩いていく。
張り詰めた空気の中、同じ扉から今度は幻道が姿を現した。静まり返った会場を、彼は無駄のない足取りで進み、中央奥の席へと腰を下ろす。そして、ふと千景に軽く目配せをしたあと、藍良に向かって控えめに頭を下げた。
つられるように、藍良もぺこりと礼を返す。昨日の出来事を、彼なりに気にかけてくれているのだろうか。
直後、幻道の表情がすっと切り替わった。
「只今より、特別最高審問の開廷を宣言する」
会場に集う審問官たちが、一斉に頭を下げた。一方の藍良は頭を下げられなかった。視線の先にいる花倉が、じっとこちらを見ていたからだ。その目は藍良ではなく、心の奥にいる真白を射抜いているようでもあった。
藍良はちらりと周囲を見渡した。そして、他の死神たちがこちらに注意を向けていないことを確かめると、右手の親指を突き立て、それを勢いよく下へ向けた。
花倉は僅かに顔を強張らせ、舌打ちをする。そんな花倉を見て、藍良は挑戦的に笑ってみせた。
「何かの合図か?藍良」
首元からタマオがひそひそと呟く。
「うん。ちょいとご挨拶を」
「……どういう意味じゃ?」
藍良は一瞬宙を仰いだあと、感情ゼロの無表情を保ったまま、ベタベタに甘ったるい声で言った。
「……ものすごぉーく怖いけど、一生懸命頑張りまぁす。花倉先生、よろしくお願いしまぁーす」
次の瞬間、頭を下げたままの兼翔と千景が、吹きだす音が聞こえた。
「百パーセント嘘だな」
「そうだね」
二人のツッコミに苦笑しつつ、藍良は再び花倉を鋭く見据えた。
こうして、今度こそ、運命の特別最高審問会が幕を開けたのである。




