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第89話 「矛盾」という手がかり

「蘭丸、調査結果を改めて話してくれる?」


 幻道の指示を受け、蘭丸は一歩前へ出た。どうやら、蘭丸は幻道の命を受け、密かに彼女を探っていたようだ。


「花倉さんの審問を数回実施した結果、現在、彼女には化身が宿っていないと判断しました。つまり、化身は彼女の身体を離れ、別の死神……もしくは人間のもとへと移ったと考えられます」


 彼の視線が、真っ直ぐ真白へと向けられる。


「そして、特別最高審問での花倉さんの証言は、明らかに真白さんへの悪意に満ちていました。しかし、真白さんカグヤ説が払しょくされた今、問題なのは、花倉さんがなぜ真白さんを恨んでいるかという点です」


 蘭丸は一拍間を置いたあと、淡々と自らの推論を重ねていく。


「花倉さん本人は紛れもなく人間です。当然、真白さんとの接点はなく、恨みを抱く理由もありません。となると、真白さんを恨んでいたのは彼女の化身。おそらく、花倉さんは化身から精神干渉を受け、真白さんを表に引きずり出すために、特別最高審問であのような行動をとったのではないでしょうか」


 蘭丸の話を隣で聞きながら、兼翔は腕を組み、少し前の出来事を思い返していた。特別最高審問で、花倉は敢えて藍良を狙った。彼女の中に真白がいると確信しての行動であったことは間違いない。ということはやはり──。


「……カグヤは花倉の化身か。そう考えればすべてが腑に落ちる。カグヤはユエの恋人。そして、そのユエを真白が追い詰めた。いわば(かたき)だからな」

「カグヤめ……!」


 タマオは怒りに満ちた声でそう呟くと、尾をぴんと逆立てた。


「花倉を影で操り、藍良を……いや、真白を追い詰めるとは、許すまじ!」


 勢いよく振り上げられた尾が、ぺちんと蘭丸の頬を打つ。思いがけない感触に、蘭丸は一瞬目を瞬かせると、困ったように苦笑した。


 幻道も、蘭丸も、兼翔も、そしてタマオも。皆が花倉の化身こそカグヤだと疑わなかった。ただひとり──真白だけが、この場にいない花倉の真意を探るかのように、幻道の背後にある漆喰(しっくい)の壁をじっと見つめていた。


「……真白ちゃん?何か気になることでも?」


 幻道が穏やかに問いかける。蘭丸の話に反応を示さなかった真白の様子に、引っ掛かりを覚えたのだろう。


「わたしへの恨みはともかく、花倉の言動があからさまなのが気になる」

「……あからさまだと?」


 首を傾げる兼翔に、真白は視線を向けることなく、幻道を見据えたまま言葉を続ける。


「その前に聞きたいことがある。先ほど、あなたは一度会った死神の癖や言葉を決して忘れない。だから、過去カグヤの精神干渉に気付けたと言った。それはどういうことだ?」

「ああ、そのことね」


 幻道は、どこか楽しげに微笑む。


「……わたし、審問官たちと代わる代わる毎日呑み交わすことにしてるの」


 思いがけない答えに、真白は一瞬言葉を失い、ぱちりと目を瞬かせる。


「ここに所属している審問官たち……白隠派も幽光派も関係ないわ。わたしの呑みの誘いを誰も断らない。つまり、何が言いたいかっていうと、呑みの席でいろいろ聞くわけよ。生い立ちとか、価値観とか。あとは癖ね」


 幻道は自らのこめかみを、右手の人差し指でツン、と指した。


「離し方や間の取り方、視線の動き。審問官だって人間と同じ。必ず無意識の癖が出る。それを全部、ここに叩き込むの」


 得意げな仕草を見て、真白は目の前に座る審問官の底知れなさを改めて感じ取った。


「何十年もかけて覚えた情報は、何にも代えがたい宝よ。わたしは、この審問会に所属している死神たちのことを誰よりもわかっている。わたしに嘘や誤魔化しは通用しない。皆わたしの子ども同然だもの。そうやってコミュニケーションを図ることこそ、審問会の安定に繋がると……」


「断らないんじゃなく、断れないんだがな」と、背後から兼翔のか細い声が聞こえて、真白は思わず口元が緩んだ。そして、止まらない幻道の話を(さえぎ)るように、わざと大きめに咳払いをする。


「つまり、あなたが精神干渉に気付ける根拠は、審問会ではあなたが最も死神たちの情報を知り尽くしているから──ということか?」

「そっ。精神干渉を受けた死神は、気が狂うんじゃないの。冷静さを保ったまま、自分でも気付かないうちに、記憶を差し替えられたり、別の感情を植え付けられたりする。だからこそ厄介なんだけど……精神干渉を受けた彼らの言動は、わたしの頭にインプットされた情報と合致しない。だから気付けるってわけ」

「仮に初対面の死神、もしくは人間が精神干渉されていた場合は?」


 間髪入れずに、真白は切り込んだ。途端に幻道の目に鋭さが宿る。だが、真白は怯むことなく、言葉をぶつける。


「それでも確実に見極められると、断言できるのか?」

「もちろんよ」


 幻道は即答した。


「ただし、時間はかかる。いろいろ手順を踏んで審問することになるから」

「手順とは?」

「企業秘密よ」


 幻道はそう鼻で笑ったあと、少しだけ肩をすくめる。


「けど、まあ……ざっくり言うなら、カマをかけたり、脅しつけたり、あからさまな嘘を吐いて相手の反応を見たり……相手の喜怒哀楽を徹底的に揺さぶる……そんな感じかしら」

「……なかなか、容赦がないな」


 真白が静かに言うと、幻道は「当然」と言わんばかりに笑った。


「わたしは最高審問官。皆を守るためなら、いくらでも鬼になるわ」


 柔らかく微笑む幻道。だが、その言葉の奥には、揺るぎない覚悟が滲んでいた。真白はそれを受け止めるように頷き、質問を重ねる。


「もう一度、確認させて欲しい。つまり、カグヤの精神干渉は、本来かなり巧妙でわかりにくいものだった。だからこそ、皆の情報を知り尽くしていたあなたしか気付くことができなかった。そういうことか?」

「ええ」


 すると、真白は首を傾げた。


「それなら、やはりおかしい。巧妙なはずの精神干渉を、あなたではなく蘭丸が真っ先に気付いた」


 真白の容赦ない指摘に、蘭丸はがくりと肩を落とす。


「あの……。僕も一応審問官。幻道様の下で修行を重ね、洞察力は磨いてきたつもりです」

「そうかもな。だが、特別最高審問での花倉の態度はあまりにも露骨(ろこつ)だった。コロコロ証言を変えたり、嘘を吐いたり、すべての言動が唐突で違和感があった。まるで……」

「まるで……?」

「……自分は精神干渉を受けている。そう周囲に信じ込ませようとしているみたいに。現に、お前はその花倉を見て、彼女が精神干渉を受けていると考えている」


 真白の推測が放たれた瞬間、蘭丸は首を振り、困ったように笑った。その表情には否定よりも戸惑いが滲んでいる。


「そんなことをして、何になると言うのです?自分が精神干渉をされたと疑われては、カグヤを宿していたのは自分だと、わざわざ言っているようなものではありませんか」


 真白は、右手を唇に添え、暫く思案した。沈黙の中、彼女の視線だけがゆっくりと蘭丸に向けられる。


「そもそも、特別最高審問を開いた理由は?」


 真白の圧に押されたのか、蘭丸は一瞬たじろぐ。


「それは……花倉さんが自らの化身は水無瀬さんの中にいる。確かめて欲しいと執拗に言ってきたからです。それに先ほどもお伝えしましたが、審問の結果、花倉さんに化身が宿っている様子は見られませんでした。ということは、水無瀬さんに化身がいる可能性もゼロではない……そう幻道様に報告したところ、特別最高審問を開催するという通達が、八咫烏のピィさんから来た……という流れです」


 その瞬間。真白の表情が(わず)かに変わった。

 ハッとしたように幻道へ向き直ると、そのまま早口で尋ねる。


「確認だが、あなたは五十年前まで白隠派だったんだよな?」

「そうよ。それがいったい……?」


 真白は答えず、今度はくるりと振り返るなり、兼翔へ視線を向ける。


「兼翔。この場でわたしはカグヤではないことが明らかとなったわけだが、それを受けて、お前たちはこれからどう動く?」

「どう、とは?」

「花倉はお(とが)めなしか?」


 兼翔は即座に首を振る。


「まさか。花倉の担当である蘭丸が、彼女は精神干渉された疑いがあると判断している以上、審問は続ける。カグヤの手がかりが掴めるかもしれんからな」


 真白は小さく頷き、間を置かずに質問を重ねた。


「では仮に……もしこの場でもしわたしがカグヤだと判断されていたら?」

「あ?」

「わたしがカグヤだと判断され、この場で封じられたとしたら?お前たちは花倉をどうしていた?」


 兼翔は考え込んだあと、やがて真剣な表情になる。その顔には迷いの色はなかった。


「やるべきことは変わらん。審問は続ける。本当に精神干渉を受けているのか。受けているなら程度はどれほどか……確かめなければならないからな」


 この言葉に、真白は確信したようににやりと笑った。そして、幻道に改めて向き直る。

 幻道は、先ほどまで携えていた余裕の笑みを失っていた。目は見開き、口を(わず)かに開けたまま──まるで隠されていた真実が一気に姿を現したかのように。


「……まさか」


 幻道は真白と視線を交わし、導き出した結論を確かめ合うように小さく頷いた。

 そしてふっと俯くと、自らを小馬鹿にするように笑った。


「……まったく、油断も隙もあったもんじゃないわね」


 二人の様子に、兼翔と蘭丸、タマオの声が重なる。


「どういうことだ?真白、何かわかったのか?」

「そうなのですか?幻道様!?」

「気になるじゃろ!わしにも教えろ!」


 真白は答えず、幻道を見据えたまま告げた。


「これからどうする?一気に、カタをつけるか?」


 幻道は思案したのち、ゆっくりと顔を上げた。彼の表情に浮かんでいたのは、先ほど真白と対峙したときと同じ、挑戦的で好戦的な笑みだった。


「……ええ。そうするには、とっておきの舞台と役者が必要ね」


 幻道は一同に視線を巡らせたあと、揺るぎない声色で、決意を宣告した。


「舞台は、明日開かれる特別最高審問会。わたしの最高の切り札──月詠の審問官が、すべてに決着をつける」

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