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第87話 化身の供述

 二人の攻防を見つめていた兼翔は、数秒間、息を止めていたことにようやく気が付いた。呼吸をすることすら忘れてしまうほど、場の空気は張り詰めていた。


 幻道は一向に出てこない真白に(ごう)を煮やし、自ら月詠を放つと脅した。そうして、半ば強引に引き出したわけだが、化身である真白の牙は、そんな幻道の攻撃を一瞬で断ち切ってしまうほどに鋭く、強かった。


 彼女の眼差し──そして幻道の喉元寸前に突き立てた炎の刃は揺らぎながら、今にも幻道の顔を焼き尽くそうといわんばかりの狂気を纏っている。


 真っ直ぐに伸びる炎の剣。灼熱の緋色の中を、光のような白銀と、底知れぬ漆黒の線が、互いに交わることなく螺旋状(らせんじょう)に巻きついていく。それを見て、兼翔はある結論に至った。この剣には、三つの力が込められている。つまり彼女の属性は、炎と光──そして闇なのだ。


 三属性を有する死神を、兼翔は千景しか知らなかった。それほどまでに、稀な才を持つ死神が、今目の前にいる。やはり化身は、格が違う。途端に背筋に冷たいものが走り、兼翔は身震いした。


 そしてもうひとつ。

 兼翔は、先ほど真白が放った月詠に疑念を抱いていた。あれは……。


「それじゃあ、早速始めましょうか」


 幻道はそう言うと、背もたれに身体を預け、ゆっくりと足を組んだ。炎の切っ先を向けられているものの、その仕草には微塵(みじん)の緊張も見られない。兼翔は自らの思考を一旦切り離し、対面する二人を見届けることにした。


 奇妙なことに、幻道はどこか楽しげに微笑んでいた。彼は並外れた度胸と冷静さを併せ持つ最高審問官。そして、意外にも好戦的なのだ。強者を前にして昔の血が騒いだのだろうと、兼翔は悟った。


「あなたが、あの黒標対象ユエを追い詰めたのよね」


 真白は、幻道を睨みつけたまま、炎の剣を消した。だが、その眼光は鋭いままだ。藍良を脅した幻道への怒りが、収まらないのだろう。真白は足を──そして腕を組むなり、首を傾げる。


「……なぜそんなことを?わたしをカグヤか、確かめるために呼んだのでは?」

「とても重要なことよ」

「答えれば、わたしがカグヤかわかると?」

「ええ」


 即答する幻道に、真白は眉をひそめる。幻道は、なおも淡々と言葉を重ねた。


「言っておくけど、わたし相手に嘘や誤魔化(ごまか)しは通用しないわよ。起きたことだけを正直に、正確に話すこと」


 一瞬、真白から殺気のようなものが放たれた気がして、兼翔と蘭丸、そしてタマオは即座に身構える。が、真白は深くため息をつき、頷いた。その様子に、兼翔はようやく胸を撫で下ろす。


 今、幻道と真白は刃を交えているわけではない、だが、いつ攻撃の応酬に転じるかはわからない。緊張感が糸のように張り詰める。


 そんな空気の中で、真白はゆっくりと事の顛末(てんまつ)を語りだした。


 ユエを追跡していた最中。

 藍良と千景、兼翔、そしてタマオは体育教師・藤堂の後を追い、ユエの禁術によって生まれた世界──「空間転移」へ向かった。だが、その最中、ユエは藍良一人に再び別の禁術を発動させ、彼女を「虚映の世界」へと送り込んだ。


 そこは、神気を宿す者は留まることができない世界。すなわち、神気を宿す千景や兼翔、タマオは行くことができない。藍良を孤立させるには、的確ともいえる禁術だった。


 その世界で藍良は、藤堂と対峙する。藤堂は動物虐待の常習犯であり、その秘密を知った藍良に殺意を抱いた。藍良は追い詰められながらも、必死に抵抗したという。


 だが、結果的に藍良は藤堂に追いつかれ、絶体絶命の窮地(きゅうち)に陥る。このままでは、彼女が殺される──そう思った真白は決断した。藍良を救うため、自ら姿を現し、神気を放つことを。


 虚映の世界には、神気を宿す者は入れない。裏を返せば、神気さえ宿せば術が解ける。藍良が元の世界に戻ることができれば、異変に気付いた千景たちと合流できる。そう考えてのことだった。


 だがこの時点では、藍良に自分の存在を明かすつもりはなかった。彼女が元の世界へ戻り、命の安全さえ確保できればそれで十分だと考えていたのだ。


 だが、ここで誤算が生じる。

 元の世界に戻った藍良は、黒標対象ユエと鉢合わせてしまった。ユエは藍良を、月詠を放った術者だと疑い、執拗に問い詰めた。そして再び、藍良の命が危険に晒された。


「……藍良の近くには、死神審問官が二人もいる。無闇にわたしが出れば、後々面倒なことになるのはわかっていた。かつて片寄藍良が黒標対象ではないかと疑われたように、今度は藍良が疑われるのではないかと。だが、迷っている時間は一秒たりともなかった」


 真白は(うつむ)きながら、そう言葉を絞り出した。一瞬、場に沈黙が落ちる。


「それで……あなたはどうユエを追い詰めたの?」


 幻道の問いに、真白は小さく笑った。そして、どこか拍子抜けするほど軽い口調で告げる。


「あまりよく覚えてない。ただ、手あたり次第に聞き覚えのある月詠をぶち込んだだけだ」


 この言葉に、兼翔は目を見開いた。隣を見ると、蘭丸も息を呑み、右手で口元を押さえている。


「待て。“知っている月詠”とは、どういうことだ?」


 兼翔が割って入る。真白は一瞬だけ彼を見返し、言葉を選ぶように続けた。


「藍良の中から聞いていた月詠だよ。千景や兼翔……それにユエの月詠も」

「ユエだと?」


 問い返す兼翔に、真白は静かに頷く。


「ユエもわたしと同じ光の属性だった。だから、奴の月詠も……そのまま返してやった。それでどうにか、藍良を守ることができた」


 ここまで聞いて、兼翔は合点がいった。そして、胸の奥で抱いていた疑念が確信となる。そんな兼翔の心を見透かしたように、幻道はゆっくりと彼に向き直ると、穏やかに問いかけた。


「兼翔、どう?彼女はカグヤだと思う?」


 柔らかな微笑み。その眼差しは、答えを知っている者のそれだった。兼翔は同じように小さな笑みを浮かべると、真白を真っ直ぐに見据えた。


「いいえ。彼女は決して──カグヤではありません」


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