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第7話 思わぬ珍客

 それから、藍良と千景は二人並んで浴室の扉の前に立っていた。


 藍良が照明を点けると、白い光が一気に弾けて天井と壁を照らす。


 カタ…カタカタ……。


 換気扇の奥で、異音が途切れ途切れに鳴った。


 普段も音はするが、こんな音はしたことがなかった。それが気になっていたのだ。


「聞こえるでしょ? この音。昨日からなの」


 千景は無言で換気扇フードを見上げる。


 背伸びをして、指先でカバーの下端を押し、ほんの少しだけ隙間を開けた。


「ちょ、何してんの?」

「……正直ね、君をここに残したままやるのは気が引ける。でも、僕の話、ちゃんと信じてもらいたいから」


 千景は振り返り、藍良に向かって柔らかく笑う。


「ここで、見ててくれる?」

「ゴキブリ退治を?」


 藍良は、へへんと鼻で笑ってみせる。信じる気持ちが半分、もう半分は虚勢だった。


 千景はそのまま、さらにカバーを横にずらす。すると、湿った風が少しずつ浴室に漏れ出してきた。


「ここに、君の髪に付いてた邪気の原因がいる」


 言いながら、千景はそっと目を閉じた。呼吸を整え、掌を開いたまま換気口へ向ける。


 すると、千景の口元がわずかに動いた。そうして、低く、静かな声で厳かな言葉が紡がれる。



──


我が身の影よ 風となれ


邪なる者を 誘い出せ


月の光よ 我が手に(まと)い、


虚ろを晴らし (まこと)を現せ


──



 すると、千景の掌にふわりと青白い光が灯った。


 それは静かに螺旋(らせん)を描きながら腕全体へと広がり、やがて柔らかな風となって空気を揺らす。


 そのときだった。


 千景の頬に、わずかな“(ほころ)び”が走ったのだ。めくれた皮膚の一部から覗いたのは、虚無だった。


 深淵(しんえん)。まるで、顔の奥に黒い宇宙が収まっているかのようだ。


 藍良は息を呑んだ。今、自分は本物の“死神”の姿と、その力の片鱗を目の当たりにしているのだ。


 風は千景の髪を撫で、そのまま換気扇の隙間へと流れ込んでいく。


 そして──


 ──ボテッ。


 場違いな間抜けな音が、浴室に響いた。


 一瞬、何が起きたのか分からず、藍良は目を凝らす。


 光の中、床に横たわっていたのは──



 蛇。



 黒く艶めく鱗。


 全長八十センチほどの細長い体を、微かにくねらせている。


 よく見ると、体の一部に白銀の三日月模様が浮かんでいた。


「へ……蛇ああああああっ!!??」


 反射的に悲鳴を上げた藍良は、気づけば思いきり千景の胸に抱きついていた。ガクガク震える手で、彼の制服の胸元をぎゅっと掴む。


「な、ななな……なにあれ!なんで!?どっから!?無理無理無理!!早くなんとかしてよぉぉぉ!!」


 千景はというと、突然の密着に面食らいつつも、耳までほんのり赤く染まり、気まずそうに頭を掻いた。


「藍良、落ち着いて。大丈夫、この子は敵じゃないよ」

「……はあ!?あんなのが“この子”!?」


 震える声を押し殺しつつ、恐る恐る顔を上げる藍良。床に鎮座(ちんざ)する黒蛇が、にゅるりとこちらに顔を向け──


 ぴょろっ。


 舌を出した。


 つぶらな瞳が、どこか愛嬌たっぷりに藍良を見つめる。そして──


「いやぁ、驚かせてしまってすまなんだ、娘よ。わしは決して怪しい者では……」

「しゃ、しゃべったぁああああぁぁぁあああ!!」


 蛇から放たれた甲高く古風な声が、浴室中にこだました瞬間、藍良はその場でビクリと硬直し……。


 バタリ。


 白目をむいたまま、千景の腕の中で静かに気絶したのだった。

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