第76話 特別最高審問の宣告
蘭丸は、カラスから一枚の紙を受け取ったようだった。だが、それを広げるなり目を細める。そして、しばし黙考したあと、静かに頷いた。
「……申し訳ございません。この場での審問はここまでです」
「……え?」
唐突な言葉に、藍良はパッと目を輝かせた。よくわからないが、誤解が解けたのだろうか。藍良は胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出す。
「じゃ、じゃあ、家に帰れるの!?千景にも会える!?」
思わず期待が声に乗る。だが、蘭丸から返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「いいえ。あなたには明日──死神審問会・特別最高審問に出席していただきます」
「と、特別……最高審問?」
「はい。我々の世界において、極めて重大な事案にのみ開かれる特別な審問会です。そこであなたに化身が存在しているのか、黒標対象とすべきか否かを、正式に審理いたします」
その言葉が放たれた途端、藍良の心臓が大きく跳ねた。いや、藍良だけではない。心の中にいる真白も、同じように動揺しているのがはっきりと伝わってくる。
以前、真白から聞いたことがある。かつて黒標対象として疑われた片寄藍良も、同じように“審理”の場に立たされたのだと。気付くと、藍良は唇を嚙みしめていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!何それ!意味わかんないんだけど!」
理解が追いつかず、藍良は思わず声を張り上げた。
すると、蘭丸はきょとんと目を瞬かせ、ほんの一拍考えたあと、藍良を気遣うように柔らかな声色で口を開く。
「……そうですよね。特別最高審問といっても、イメージがつきにくいですよね」
──いや、そこじゃない。そもそもどうしてわたしが、そんな物々しい場に出なきゃいけないのかって話なんだけど。
そんなツッコミが喉元まで出かかったが、声になる前に蘭丸が説明を続ける。
「特別最高審問というのは、人間界で言うところの“裁判”のようなものです。わたしは本来、花倉真澄担当の審問官ですので、彼女の“審護”を──花倉真澄を守る側として、意見を主張し、あなたが化身を宿しているのか、追及させていただきます。そしてあなたにも、あなたの立場を踏まえて“審護”を担う死神が就きます。我々“審護”の死神、そして花倉真澄とあなた──特別最高審問は、互いの状況を確認し合い、真実を探り合う場なのです」
「は、花倉先生も来るの!?」
思わず声が裏返る。まさか、先日殺された花倉と、こんな形で再会することになろうとは。
「ええ、今回の件は彼女の証言が不可欠ですから。もちろん参加します。念のため申し上げておきますが、先ほどのような言い逃れも、特別最高審問では一切通用いたしません。証言を拒否することもできますが、最終判断を下す審問官の心証は悪くなりますので、ご注意ください」
「判断を下す審問官って?」
蘭丸は一瞬だけ沈黙した。そして、改めて藍良に向き直り、静かに告げる。
「最高審問官の幻道様ですよ」
その名を聞いた瞬間、藍良は言葉を失った。
──最高審問官・幻道。
千景と兼翔の上司。そして、この蘭丸に藍良を捕えるよう命令した死神。敵なのか、味方なのか。少なくとも、藍良にとって“安心できる存在”ではなかった。
「ねえ……さっきわたしを“審護”する死神審問官もいるって言ったよね!?それってつまり、弁護士みたいにわたしを守ってくれる死神ってこと……?」
「ええ。公正を期すための審問会ですから。わたしが花倉真澄の立場を“審護”する代わりに、あなたにもあなたの立場を“審護”する死神が就きます」
「じゃ、じゃあ、千景を……!」
藍良の声が弾んだ、次の瞬間……。
「それはできません」
蘭丸はピシャリと言い切った。
「お忘れですか。千景は現在、幻道様のご命令であなたとの接近を禁じられております」
その言葉が胸の奥に重く落ち、藍良は顔を伏せた。千景に会いたい。傍にいて欲しい。ただそれなのに……。幻道はなぜ、わざわざ自分と千景を離すようなことをしたのだろう。何か理由があるのだろうか。藍良は幻道の意図がまったく掴みきれずにいた。
「……とはいえ、ご安心ください。あなたの希望はできる限り尊重いたします」
「……どういうこと?」
「実は死神審問会には『白隠派』と『幽光派』という二つの派閥がございましてね」
その言葉を聞いた瞬間、藍良の肩がびくりと跳ねた。
「『白隠派』は化身の討伐を是とする派閥。一方の『幽光派』は化身を“秘められた力”と捉え、保護を推奨している派閥。どちらの派閥の死神に、“審護”を依頼されますか?」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。一方の蘭丸はにっこりと微笑み、藍良を見据えた。その瞳にはどこか測りかねる光が宿っている。
「ご自由にお選びください。まあ、わたしがあなたの立場なら、選ぶ派閥は最初から決まってますけどね」




