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第74話 審問は、紅茶とともに

 朝、藍良は学園の裏口にいた。草木の影を覗き込み、小さなため息をつく。


 ——ここにもないか。


 探しているのは「ペン爺」という、咲が彼氏から貰ったぬいぐるみだ。登校中に落としたらしく、二人でこの場所を探しに来た。


 藍良は周囲の草むらを一通り確かめたあと、ゆっくり顔を上げた。スカートのポケットからハンカチを取り出し、額に滲んだ汗を拭う。


 日に日に増していく暑さ。この日も、太陽は容赦なく燦燦と照りつけていた。


 ふと、藍良は木陰へと目を向ける。影となった数本の枝の奥で、廊下に面した窓がひとつ開いているのが見えた。


 ——誰かに、見られてる?


 そんな感覚に襲われ、目を凝らす。すると、窓の奥に立つひとりの女性が、藍良をじっと見つめていた。


 ——花倉真澄。


 感情のない表情。思わず、藍良は一歩後ずさる。すると、その動揺を見透かしたかのように、花倉はふっと口角を上げた。


 その瞬間、木陰から差し込んだ光が、彼女の顔を艶やかに照らす。朱色の口紅が際立ち、笑みはひどく美しい。だが、彼女の美しさはどこか造形的で、針のように鋭い冷気を孕んでいた。


 逃げないと。


 直感的に察した。だが、足が動かない。藍良は唇を噛みしめ、視線を震わせながら花倉を見つめ返す。


 すると、花倉の身体から白い靄のようなものが飛び出した。それは瞬く間に形を変え、(うごめ)く虫の群れのような不気味な塊となり、藍良へ迫ってくる。


 恐ろしさのあまり、息が詰まる。

 藍良は大きく息を吸い込むと、喉が裂けるほどの声で叫んだ。


「…………千景!!!」


 ハッと目を開ける。

 そこに広がっていたのは、無機質な白い天井と壁だった。


 藍良は簡易的なベッドの上で、ゆっくりと上半身を起こす。四畳半ほどの狭い部屋。窓はなく、先ほどまで降り注いでいた陽光の気配はどこにもない。


 あるのはベッドと、正面に置かれた小さな机と椅子だけ。途端に現実がじわじわと押し寄せてくる。自分の置かれた状況を思い出し、藍良は深くため息をついた。


 ここは死神界。審問官を名乗る蘭丸という死神が、家を訪ねてきた。彼は藍良に「花倉の化身を宿した容疑者」と一方的に告げ、ここへ(さら)ったのだ。


 藍良は、これが仕組まれたことだと理解していた。犯人は自分じゃない。もちろん、真白でもない。それなのに捕えられた。すべては花倉の証言があったからだ。


 彼女はいったい、何を企んでいるんだろう。何のために、そんな嘘をついたのか。ぐるぐると疑念を巡らせていた、そのとき——。


 ——コン、コン。


 静かなノック音が響いた。藍良は息を詰め、おそるおそる立ち上がる。そして、ゆっくりと扉を開けた。


 そこに立っていたのは、蘭丸だった。艶やかな銀髪。そして、昨日と同じく装いは黒ずくめ。もしかすると、これは死神審問官の制服なのか——そんな考えが脳裏をよぎる。


「……よく眠れましたか?水無瀬さん」


 蘭丸は、穏やかな笑みを向ける。だが、昨日の一件を根に持っていた藍良は、そんな笑顔すらも腹立たしかった。そのまま蘭丸を睨みつけると、あいさつ代わりに舌打ちをかます。


「んなわけないでしょ。さっさと帰してよ」

「そう焦らずに。化身が本当にいないか確かめられれば、すぐにお帰ししますよ。では、審問をはじめましょうか」


 蘭丸は、まるでダンスパーティーの相手をエスコートするかのように、廊下へと手を差し出した。丁寧過ぎる態度が、藍良にはひどく(しゃく)(さわ)る。


 昨日、藍良は黒い門をくぐったあと、煉瓦造りの五階建ての棟へ連れて来られた。エレベーターで最上階に上がり、そのまま案内されたのが、今までいた部屋だ。


 蘭丸の話では、今の藍良——正確には中にいる真白に「黒標対象」の疑いがかかっているらしい。とはいえ、手錠のような拘束具はつけられていない。まだ、“疑い”の段階だからなのだろう。


 そして今、藍良は廊下を歩きながら、ふと思った。

 この状況は、罪を犯した容疑者が、検察官に聴取されるときのようだと。例えるなら、藍良は容疑者。そして隣を歩く蘭丸が検察官、というわけだ。


 やがて辿り着いた部屋を目にした瞬間、藍良は思わず息を呑んだ。そこは、まるで西洋貴族の部屋のようだった。室内のあちこちには、宝飾品が惜しげもなく飾られ、棚にはお揃いのティーカップが数客、几帳面に並んでいる。


 壁際には剣を携えた等身大の甲冑(かっちゅう)。そして、部屋の奥には暖炉まで備えられていた。


「……凄いね、この部屋」

「審問官は、自分の部屋を自由に模様替えできるのです。ご存知ありませんでしたか?」


 そう楽しそうに話す蘭丸を見ながら、藍良は眉をひそめた。


「……何?」

「いえ、失礼。調べによると、あなたは前世——片寄藍良だったころ、例の千景の部屋で、彼の審問を受けているようでしたので。彼の部屋も、なかなか素敵なんですよ。もちろん、兼翔の部屋もね」


 蘭丸は椅子を指し示し、藍良に座るよう促した。自らは甲冑の傍らに置かれた棚へ向かい、揃いのティーカップを二客取り出す。そして、慣れた手つきでティーポットに青い花を数輪落とし、静かにお湯を注いだ。どうやら、藍良に紅茶を淹れるつもりらしい。


「あんた……千景や兼翔のこと、やけに知ってるみたいだけど」

「ええ。よく知ってますよ。審問官専門学校の同期でしたから」


 にっこりと、屈託のない笑顔を向ける蘭丸。それを見た瞬間、藍良は小さな違和感を覚えた。


 昨日の蘭丸は、強引でこちらの言い分など聞く耳も持たない印象だった。まさに、超嫌な感じの偉そうなヤツ——というのが藍良の印象だったのだが、今はまるで、雰囲気が別人のように柔らかい。千景に負けず劣らずの穏やかさを感じる。


「昨日は……失礼しました。強引なことをして」


 唐突な謝罪に、藍良はきょとんと目を見開いた。


「千景は、どうやらあなたに特別な感情を抱いているようでしたので、ああでもしなければ、あなたをここへ連れて来ることはできなかったでしょう」

「……どういう意味?あんたは、花倉先生の話を聞いて、わたしを連れて来たんでしょ?」

「ええ。そうですよ」

「花倉先生は、嘘ついてる」


 藍良はきっぱりとそう言い切った。

 だが、蘭丸は何も言わずに、カップに紅茶を注いでいく。そして、それをゆっくりと藍良の前に差し出した。


「まあ、そうカッカしないで。落ち着いて話をしましょうか」


 蘭丸がたしなめるように言う。彼は机に置かれていた書類挟みを掴み、万年筆を手に取った。和紙のようなものが挟まれているところを見ると、藍良の証言を記録するつもりなのだろう。


「まずは、昨日あなたの家でしたのと同じ質問を」

「はい?」

「最近、自分ではない別の存在が心の中にいるような……そんな感覚はありませんか?」


 藍良は、繰り返された問いにうんざりしながら視線を泳がせた。一瞬の沈黙のあと、ゆっくりと蘭丸を見据える。


「……ありません」


 すると、蘭丸はくすりと笑った。


「やはり……そうでしたか」


 蘭丸はティーカップを持ち上げ、ひと口だけ紅茶を含むと、静かにカップを置いた。

 そしてそのまま、静かに言葉を落とす。


「あなたは、嘘をついている」


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