第61話 命懸けの変貌
「どうしてタマオが、千景の闇属性のこと知ってるの?」
真白は反射的に問い返した。タマオは目を伏せ、先ほどよりもずっと重たい声で応える。
「ユエを封じたときの“月詠”じゃよ。あれは“闇の月詠”。それにあの瞬間の気配、これまでの千景とは別人のようじゃった。千景が光と風の属性を持っているのは知っておったが、闇属性も宿しておるのじゃろう」
タマオは寂しげに顔を伏せた。
「闇属性を持っているということは、千景はカグヤから力を与えられた子であり“化身”……“化身”でありながらも、審問官となり、母ともいえるカグヤを封じたのか……なんという皮肉な宿命じゃ……わしは、千景をひょろひょろとした若造とばかり思っておったが、とんでもない重荷を背負っておったんじゃな。気付けなかった自分が、なんとも情けなくなるわい」
その言葉に、真白の胸の奥がちくりと痛んだ。いや、正確には真白ではない。今、心を痛ませているのは、心の奥底にいる藍良だ。彼女は今、タマオの言葉に強く反応している。
“化身”の審問官として千景が選んできた道は、おそらく想像以上に険しく、孤独だっただろう。その重さを、心の中で藍良は確かに感じ取っているのだ。
「じゃが、それにしては妙な話じゃの」
「何が?」
真白が首を傾げる。
「千景が白隠派に所属しておる理由じゃ。さっきも言ったが、白隠派は“カグヤの化身”──闇属性を黒標対象候補として警戒しておる派閥じゃ。闇属性を持つ千景にとっては、肩身が狭いどころの話ではない。普通なら、カグヤのように幽光派に身を寄せてもおかしくないと思わんか?」
言われてみれば、確かにそうだ。だが、千景の口ぶりからして、彼は最高審問官・幻道からかなり信頼されているように思える。闇属性であるはずの千景が、白隠派で“要”のように扱われている理由が、何かあるのだろうか。
真白は、昨晩の千景の言葉を思い返す。
彼は自室で、藍良にこう言っていたのだ。
──僕は“センサー”なんだよ。
千景は闇属性だからこそ、他の闇属性を探知できる。それができるのは、審問官では彼だけなのかもしれない。だからこそ、最高審問官も千景に重要な任務を任せているのだろうか。
タマオはさらに続ける。
「……いや、違う。千景は幽光派には、絶対にいられないはずじゃ」
「え?」
真白が目を瞬かせる。
「今思い出した。カグヤを崇拝していた死神は、いまだに幽光派の中に紛れておるという噂なんじゃ。それが本当なら、カグヤを封じた千景は、そやつらから恨まれておるかもしれんじゃろ?」
「なるほど……。千景はなかなか面倒な立場だな。カグヤの信者が幽光派にいたとしても、同じ死神審問官。顔を合わせることもあるだろうし、危険極まりない……気がするなあ。なんとなくだけど!」
思わず素に戻りかけて、真白は慌てて藍良の口調を装う。
ところが、タマオはそんな真白の様子に気付く素振りはなく、顔を伏せたままだ。
真白が胸を撫で下ろしたそのとき、ひとつの考えが頭に過った。
それは、百年前と今とでは、千景の顔が違うということ。
百年前、片寄藍良を審問したときの千景は、とにかく眼光が鋭く、張りつめた気迫を纏っていた。人間界はもちろん、死神界の誰と比べても異質なほどに。
だが、今の千景は違う。細い目元は柔らかく、穏やかで、常にどこかふにゃっとした雰囲気だ。威圧感とは程遠い。
たとえるなら、百年前の千景は「怖い、近寄りたくない」。
今の千景は「ふにゃふにゃしてる。弱そう」。
……これくらいの差はある。
まさか……。
真白は、ひとつの仮説を口にする。
「だから、顔を変えたのかな?」
すると、タマオはきょとんと目を丸くして、真白を見る。
「藍良……今、なんと?」
「だから、顔を変えたんじゃないかなって。ホラ、千景って顔変えてるじゃん。聞いたことない?“幻顔士”って人に顔を変えて貰ったって話。『自分の顔が好きじゃなくて』とか言ってたけど、本当は幽光派の死神たちから姿を隠しておきたかったのかも」
その瞬間、タマオがわなわなと震え始めた。
「な、なな、ななな……なんじゃとおおおぉぉぉ!?!?!?」
突然の大声に、真白は肩をビクつかせる
「な、何だ、突然」
「それは、まことか藍良!?そう、千景は確かに言っておったのか!?」
タマオは目をひん剥き、ひゅるりと真白の腕に巻きつくと、矢継ぎ早に問い詰める。
その勢いに、真白は圧倒されてしまった。
「う、うん。千景がうちに下宿を始めた次の日だったかな……体育館裏でそう聞いたよ。タマオもそのとき、いたと思ったけど」
だが、タマオの動揺は変わらない。どうやら、千景がその話をしたタイミングでは近くにいなかったらしい。
真白は藍良の心の中から聞いた記憶を辿りながら、あのときの千景の言葉を思い返す。
千景は、幻顔士に顔を変えてもらうことは、特段変なことではない。死神はみんな気軽に顔を変えられる──そんな感じで話をしていた。
「幻顔士じゃと……!?あり得ん。そんなことが……」
「何?幻顔士ってお手軽な美容整形をする死神なんじゃないの!?」
今度は真白が勢いよく言葉を返す。すると、タマオの顔が一瞬で引き締まった。その表情から察するに、どうやら断じて「お手軽な美容整形」などではないらしい。
「幻顔士は、確かに死神の顔を変えることができる。じゃが……」
「じゃが……?」
「その代償は重い。顔を変えれば、属性の力は大きく削がれる。それになにより……めちゃくちゃ……めっっっちゃくっっっちゃ痛いんじゃ!」
真白は息を呑んだ。
「痛い?」
「痛いどころでは済まん!幻顔士に顔をいじられて、そのまま“消滅”した死神もおる。死神界では“刑罰”として、幻顔士に顔を変えさせる“幻顔刑”まであるくらいじゃ!それほど、顔を変えるというのは命懸けなんじゃよ!!」
──刑罰、だと?
真白は目を大きく見開いた。死神にとって顔を変えることがそんなに危険なことだったとは。そのとき、心臓が大きく跳ねた。どうやら、胸の奥で聞いている藍良も、この話に衝撃を受けているらしい。
「……なぜじゃ、千景。何があったのじゃ。なぜ、そこまでして顔を変えたのじゃ。カグヤの信者がまだ審問会に残っておったとしてもじゃ、千景の方が間違いなく強いじゃろうに……。死ぬ思いをしてまで顔を変える必要が、どこにあったというのじゃ……」
真白の心臓は高鳴り続けていた。けれど、その激しい動悸の奥で、真白はひとつの確信を抱く。
千景が顔を変えた理由。
そこにはまだ、自分も藍良も知らない、大きな秘密があるのだと。




