第60話 審問会に潜む闇
真白は、幻道の名に覚えはなかったものの、“声”には覚えがあった。
あれは、千景が藍良と「付き合うフリ」を始めた初日のこと。二人で高校へ向かう道の途中、千景の通信機に最高審問官から連絡が入ったのだ。
藍良にデレデレと現を抜かす千景に、口調を荒げていた幻道。声のトーンは男ではあるものの、口調はまるで女。話し方が特徴的だったのでしっかり覚えている。
──あの最高審問官、「幻道」というのか。
真白は静かに、胸の内で呟いた。
タマオは続ける。
「幻道はカグヤの行動を不審に思い、自ら彼女を探った。そして、カグヤの企みに気付いたのじゃ」
「でも、どうやって?精神干渉って見抜けるものなの?」
「……確かにな。幻道がどうやって気付いたのか……そればかりは、わしにもわからん。とにかく、幻道は勘付いて、彼女にカマをかけたのじゃ」
「カマ?」
──ねえ、カグヤ。あなた、他の死神たちの精神に“干渉”してるんじゃない?
「……まさか、それから“精神干渉”って言葉できたのか」
「そうじゃ。幻道はカグヤの隠された力に気付いた最初の死神じゃった。カマをかけて圧をかけるつもりだったのかもしれんが……この言葉で、カグヤは幻道が自分を疑っていると悟ってしまった」
真白は、嫌な予感が胸を渦巻いていくのを感じた。カグヤとしては、誰にも知られたくなかっただろう。それをよりにもよって、同じ最高審問官の椅子を争う幻道に知られてしまうとは。
「企みが露呈すれば、カグヤは信用を失い、白隠派が優勢になる。それを避けたかったカグヤは、とうとう一線を越えてしまったのじゃ」
タマオの顔が濁る。
どうやら、いよいよ話が核心に迫ってきたらしい。
「一線を越えたってどういうこと?」
タマオは息を吸い込み、覚悟を決めたように口を開いた。
「カグヤが目論んだのは、……幻道の、魂の消滅じゃ」
──消滅。魂ごと“殺す”ということか。
「人間でいうところの“暗殺”じゃな。カグヤは、幻道の側近だった白隠派の死神の記憶を改ざんし、感情を操り、幻道を殺すよう仕向けたのじゃ。自らの手を汚さずにな。どこまでも卑劣な奴じゃ」
真白は思わず眉を寄せた。
「でも、幻道は討たれることはなかった……」
「うむ。幻道は白隠派の中でも随一の強さを持つ審問官じゃ。操られた死神を返り討ちにし、カグヤの計画は失敗に終わった。そしてそのあと、最高審問官として幻道が選出された。就任するや否や、幻道は即刻、カグヤを審問会から追放したのじゃ」
権力争い、精神干渉、そして暗殺未遂──。
人間よりよほどドロドロしているなと、真白は内心呆れ始めていた。
「じゃがな……」
タマオはふうっと深く息を吐き、長い尾を揺らしながら言葉を紡いだ。
「おそらくカグヤは、納得できなかったのじゃろう。禁忌の力を危険視し、自分の闇属性を拒む白隠派が、なぜこれほど台頭したのか。そして何より、“天才”ともてはやされた自分が、なぜ最高審問官になれなかったのか」
気付くと、タマオの声色は徐々に哀しさを帯びていた。
「数年後、カグヤは自らを“カグヤ神”と名乗り始めた。そのころには、節度も理性も無くなってしまったんじゃろうな。手あたり次第、死神たちに精神干渉をし、信者を増やしていったのじゃ」
「そういうことか……典型的な復讐だな」
真白は頷きながら、そっと自らの指を顎に添えた。
「信者を増やした理由は、死神審問会──いや、正確には白隠派への恨みを果たすため。勢力を築いて、総攻撃に出るつもりだったのかもしれない」
「おそらくな。じゃが、審問官たちもその危険性を察知した。だからこそ、カグヤを黒標対象扱いにして、行方を追い始めたのじゃ。そしてカグヤが審問会を去って数十年後、千景がカグヤを封じた」
タマオの言葉に、真白はふと考え込む。
「そういえば、千景は封じたとき、カグヤは“人間の身体に棲んでいた”んだよね?」
すると、タマオが目を丸くする。
「どこでそれを?」
真白は肩をすくめて、ふっと笑った。
「昨日、千景から聞いた。これだけは教えてくれたんだ。口が滑っただけかもしれないけど」
「そうじゃったのか」と、タマオは掠れた声で呟き、気を取り直すように口を開く。
「その通りじゃ。カグヤはどうやら、人間界の男……医者の身体に棲んでいたらしい」
「医者……か。どうしてカグヤは、わざわざ人間の中に?」
「うむ。これはわしの想像じゃが……」
タマオはゆっくりと、慎重に言葉を紡ぐように目を閉じた。
「カグヤの“闇属性”は相当強かったようじゃ。あやつが近くにおれば、審問官たちはその気配をすぐに嗅ぎ取れたはず。つまり、死神界に留まっておるかぎり、いつ追手が来るかもわからん。じゃからこそ、人間界に逃げ込んだのであろう。人間の精神に棲めば、闇属性の痕跡を紛れさせられるからな」
なるほどな──と真白は腑に落ちた。彼女が人間界に潜ったのは、審問官たちからの追跡から逃れるため。そう考えれば筋が通る。ということは、ユエと恋仲になったのは、彼女が死神界に留まっていたとき……ということか。
「……わしが知るのは大体これくらいじゃ」
「そっか。ありがとう、タマオ。約束通り、明日はだし巻き卵、たんまり作ってあげるね」
──わたしじゃなくて、藍良がな。
真白は心で呟きながら、小さく笑った。そして、タマオの鱗を優しく撫でる。
タマオは「きゅるるん♪」と目を輝かせた。
「どういたしましてじゃ!!…………あのな、藍良。ここだけの話じゃが、実はわし、ずっと気にしていたことがあるんじゃ。聞いてくれぬか?」
「え?……うん。どうしたの?」
「千景は……その……大丈夫なのじゃろうか」
「千景?」
「千景も、カグヤと同じ闇属性を持っておる。カグヤから力を与えられたのじゃろう……それがわしには、とてつもなく心配なのじゃ」
思いがけない発言に、真白は目を丸くした。
藍良も真白も、千景の闇属性については千景本人から聞かされて知っていた。
だが、タマオまで知っているとは、想像もしていなかったのだ。




