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第5話 千景の正体

 朝のお勤めがあるため、寺の夜は早い。


 時刻はまだ夜九時前だが、慈玄は風呂を済ませ、すでに寝床へ入った。明日は朝から遠方での法事がある。忙しい父に代わって、藍良が千景を彼の寝室となる客間まで案内することになった。


 寺の廊下を歩きながら、千景は興味深そうにあちこちを見回している。


 古びた柱、薄暗い明かり、ほんのり香る線香の匂い。


 そして、案内された六畳間。千景は畳の上で、そっと足を踏みしめた。


まるで、畳の感触を確かめるように。それからようやく、藍良へと向き直る。


「ごめんね。夜分にお邪魔しちゃって。僕ずっとホテルに泊まってて、今夜もそうするはずだったんだけど、団体客が入って断られちゃったんだ」

「ふぅん。そりゃ残念だったね」


 藍良の声は、乾いていた。


 沈黙。


 ふと視線を上げると、千景がじっと藍良を見つめていた。


「……何?」

「怒ってるよね?僕のこと」

「え?」

「体育祭の借り物競争のこと。怒ってるんでしょ?」


 唐突な核心に、藍良は思わず口をつぐむ。だが、すぐに大きく息を吐いて、言葉を続けた。


「この際だからハッキリ言うけど……あれ以来、変な噂が立って困ってるの。受験もあるし勉強したいのに、興味本位でLINEしてくるやつらもいて、それなのにうちの寺で下宿なんて……」


 千景は黙って聞いている。藍良は畳の縁を見つめたまま、もう一度、ため息を吐いた。


「絶対、また変な噂立つに決まってるじゃん」

「ごめん」


 申し訳なさそうに、千景がそっと頭を下げる。


 その姿を見た瞬間、藍良の胸の奥がちくりと痛んだ。


 冷静に考えれば、千景が悪いわけじゃない。


 この人は借り物競争のルールに従っただけ。本当に困っているから、この寺に下宿に来ただけ。


 それなのに、どうしてだろう。


 目の前の彼を見ると、藍良は胸の奥がざわついて仕方がなかった。


 気づけば、ざらつく感情を振り払うように、藍良は早口で言葉を吐き出していた。


「……別にいいよ。借り物競争は、あんたも誰かを連れて来なきゃいけなかったんだし。それがたまたま私だっただけ。悪いくじ引いたと思って忘れるから」


 それでも、千景は静かに藍良を見つめたまま問いかけてくる。


「僕のこと、嫌い?」


 その言葉に、藍良は思わず目を見開く。


「そういうわけじゃないけど」


 答えながら、藍良はイライラが募っていくのを感じた。


 なんで、いちいちそんなことを聞いてくるんだ。

 こっちがどう思ってようが、あんたには関係ないでしょ──。


 そんな毒のような思いが、藍良の胸の奥でぐるぐると渦巻く。


 そして気づけば、藍良は言ってはいけないことを、口走っていた。


「白状すると、苦手なの」

「苦手?」

「あんたの笑顔……なんか胡散臭いんだよね」


 言い終わった瞬間、ハッとした。


 ──しまった。またやってしまった。


 イライラが募ると、つい口が滑る。思っていることを、オブラートにも包まずに口にしてしまうのだ。この悪い癖を、慈玄にも、咲にも、何度も注意されていたのに。


 なぜこんなことを言ってしまうのか、藍良は自分でも理由がわからなかった。本音を言うと、藍良は初めから千景がどこか苦手だった。何か裏があるようで、見つめられると警戒してしまうのだ。


 ──とはいえ、今のは流石に言い過ぎた。


 藍良は謝ろうと顔を上げる。だがそのとき、思わず目を見張った。


 千景の瞳が、潤んでいたのだ。


 けれどそれは、悲しみや怒りではない。どこか、嬉しそうにさえ見えた。


 その様子に、藍良は目を泳がせて困惑する。


 ──まさかこの人、罵倒されて喜ぶマゾなのか……?


「……なに、笑ってんの?」


 藍良の問いに、千景はハッとしてそれからぎこちなく首を横に振った。


 その仕草に、嫌味やごまかしの気配はまるでない。藍良が感じた千景の感情は、まさしく彼の本心だったのだ。


 千景は穏やかな微笑みを浮かべて、ぽつりと呟いた。


「……そういうところ、変わってないなって思って」


 ──それは一体、どういう……?


 困惑して言葉に詰まる藍良に、千景はふわりと柔らかく微笑んだ。彼はどこか照れくさそうに、少しだけ頬を赤らめている。


「……僕の話、少しだけ聞いてくれる?」


 突然の申し出に、藍良は戸惑いながらも小さく頷いた。


 すると、次の瞬間、空気が変わった。千景がふと表情を引き締め、真っすぐに藍良を見据えたのだ。先ほどまでの柔らかさは一切なく、瞳には芯のある強さが宿っている。


 千景は低く、はっきりとした声でこう言った。


「……今年に入ってから、この学園の中等部と高等部で、自殺が相次いでるでしょう」


 唐突な話題に、藍良は息を呑んだ。


 どうして、転校生の彼がそんなことを知っているのか。


 だが、戸惑う間もなく、千景は言葉を続ける。


「あれはただの自殺じゃない。すべては闇に()ちた死神の仕業。僕はその死神を捕まえて裁くために──死神界から来た“審問官(しんもんかん)”だよ」

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