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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第3章 心に棲む者と審問の楔

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第58話 藍良と千景の攻防戦

「答えたくありません」


 ピシャリと言い切った藍良の声に、千景の眉が(わず)かに動いた。彼はゆっくりと顔を上げ、藍良を見据える。


 その瞬間、藍良の背筋に冷たいものが走った。先ほどまで穏やかだった千景の瞳が、まるで刃のように鋭く変わったのだ。だが、藍良としてもここで引き下がるわけにはいかない。


 しばしの沈黙のあと、千景が静かに告げる。


「……お答えいただかなければなりません」

「あなたこそ、わたしの質問に答えてないじゃないですか」


 藍良の反論に、千景は鼻で笑い、わざとらしく首を傾げた。その仕草も、藍良の怒りに火を注ぐ。少し前、「精神干渉とは何か」と藍良が尋ねたとき、この千景は露骨(ろこつ)に無視をした。だが、そんなことなど、この男は全く気にも留めていないのだ。千景は、藍良の顔をまじまじと見つめたあと、にっこりと微笑む。そして、大きく息を吐いた。


「……お答えいただけなければ、不利になりますよ」


 藍良は拳を握りしめ、千景を握り返す。

 千景は冷静に言葉を続けた。


「あなたには、普通の人にはない力がある。その正体を、我々審問官は突き止めなければなりません。答えたくないということは、後ろめたい気持ちの表れ。つまり、その力を危険視せざるを得なくなります」


 その言葉に、藍良は息を呑んだ。


 ──癒しの力。


 それが使えるようになったのは、心の中にいる真白が持つ“光属性”をほんの少し分けて貰ったからだ。この力はあらゆる人の怪我を癒すことができた。


 だが、千景の口ぶりからすると、冥界……死神の世界ではこの力は異常と見なされるらしい。


 藍良は、この力の秘密を誰よりも理解していた。十歳のころから、心の中で言葉を交わしてきた“真白”。不思議な力を持つ彼女と話すうちに、藍良自身も微弱ながら癒しの力を扱えるようになったのだ。


 そして、真白は“闇”のような力も持っている。(てのひら)に黒い光が宿るのを、これまでに何度も藍良は見た。だが、それはあくまでも二人の会話の流れでふざけて見せただけ。藍良に向けたことも、藍良に向けて放ったことも、悪用するようなことも一度としてない。


 そんな真白の存在を、藍良は生前ずっと隠してきた。家族にも、親友にも。それを目の前の、能面のような不気味な笑みを浮かべる胡散臭い男に明かすつもりなど毛頭ない。


 藍良は千景を見つめ返す。彼の瞳は、先ほどよりも強い疑念と警戒が滲んでいた。こんな相手に真白や、彼女が持つ“闇属性”の話をしたらどんな扱いを受けるか──想像するだけで背筋が冷える。


 それに何より、今の藍良には、この男にどうしても言ってやりたいことがあった。


「私が答えないのは、決して後ろめたいからではありません」

「……では一体……?」


 問い返した千景に、藍良はキッと目を細めて、こう言い放った。


「あんたの笑顔……なんか胡散臭いんだよね」


 …………。

 ズコーーー!!!


 衝撃を受けたのか、千景は椅子からずり落ち、そのまま床に尻もちをついた。床に落ちた衝撃で、彼の手から書類挟みと万年筆が弾け飛ぶ。


 藍良は反射的に、それらを拾おうと手を伸ばした。そして、目を見開く。書類挟みの和紙に描かれていたのは──。


 ──へのへのもへじ。


 しかも一個や二個ではない五十個近くある。


「な……なんじゃあ……この大量の『へのへのもへじ』は……」


 藍良の書類挟みを持つ手が、わなわなと震えある。この男……千景は、冷静に淡々と尋問を繰り出しながら、呑気に「へのへのもへじ」を描いていたのだ。


「ふざけんじゃねえっての!人の質問を無視するわ、嫌~な圧をかけてくるは、仕舞いには『へのへのもへじ』を描いてただけかい!」


 思わずツッコミを入れる藍良。見ると、先ほどまでの冷徹な審問官の面影はどこにもなく、千景はオロオロと目を泳がせた。


「あ、いえ、違うんです。片寄さん。誤解なんですよ~」

「ぬぁーにが『誤解なんですよお』じゃ!この能面男!」


 藍良は勢いよく立ち上がり、「へのへのもへじ」が描かれた和紙を千景の鼻先に突きつけた。


「あんたのこと、信用できない。よって、質問への回答を拒否します」


 きっぱりそう告げると、千景は驚くほど素直に目を伏せ、深々と頭を下げた。その反応に藍良は思わず瞬きをする。


「申し訳ありませんでした。片寄さん。だけどこれが、僕の仕事なんです」

「……どういうこと?」

「僕は死神審問官。審問の対象者から舐められてしまっては、その人の本心を見極めることはできません。だから……」

「“圧”をかけたってこと?」


 千景は気まずそうに頭を掻いた。どうやら、彼のこれまでの態度は、藍良の本音を見極めるためのものでもあったらしい。だが、それにしても失礼なことには変わりはない。


 すると、千景はすっと立ち上がり、藍良を正面から見据えた。


「我々から見て、あなたの力は例外中の例外なんです。先ほど、十歳ころに突然使えるようになったと仰っていましたが、普通の人間では、そのようなことはあり得ません。おそらく、精神干渉者と触れた、精神干渉者と契約を交わした、憑依された、神獣と呼ばれる人の言語が理解できる蛇や犬、カラスと接触した……そのような可能性が考えられます。それを、どうしても突き止めねばならないのです」

「ねえ。その“精神干渉”──“精神干渉者”って何?」


 千景は藍良の問いに、躊躇(ためら)うような表情を見せた。そして、静かに言葉を続ける。


「“精神干渉”とは、死神……もしくは生きた人間の心や魂、意思、感情に直接触れることができる力のことです。記憶の上書きや消去、他者の感情などを植え付けて心を乱す、悪意に満ちた存在……力なのです」


 藍良は呆然とした。千景は、さらに踏み込む。

 千景が続ける。


「……心当たりはありませんか?あなたの心や感情に直接影響を与えるような……そんな存在と接触した記憶が、あなたは十歳ころに力を得たと言いましたね?その時期に、何かありませんでしたか?」


 藍良は黙り込んだ。真白が自分の心の中にいるのは、十歳のころからだ。確かに、それはとても奇妙なこと。けど、千景が言うように“悪意に満ちた”存在ではない。藍良の人生の苦しみも、孤独も横で支えてくれた──家族であり、親友であり、大切な相棒なのだ。藍良は首を振り、静かに答えた。


「ありません」


 千景は小さく頷くと、書類挟みをそっと机に置いた。


「……わかりました。とりあえず、今日の審問はここまでにしましょう。これから、あなたの部屋にご案内します。しばらくはそちらでお過ごしください」

「はい?あの……わたしの行く末の話は?これからどうなるか、っていう話はどうなったんですか?」


 千景が藍良に向き直る。


「先ほども申し上げましたが、精神干渉者は記憶の上書きや消去が可能です。あなたが気付いていないだけで、その力をすでに受けている可能性は十分にあります」

「はああぁぁぁっ!?!?」


 千景は藍良の絶叫を無視し、淡々と告げる。


「本当に干渉を受けていないのか、時間をかけて慎重に確かめる必要があります。数週間……いや、状況によっては数ヶ月、この棟の客室で過ごしていただきます。明日も同じ時間にあなたの審問を行いますので、そのおつもりで」


 そう言ってにっこりと微笑む千景。だが、その笑顔はどこか「作り物」のように感じられた。そして、笑顔とは裏腹に、彼の声には針のような棘があった。藍良を全く信用していないのだ。


 ──これから数ヶ月。この能面男に監禁されて過ごすのか、わたしは……。


 そう悟った藍良はがくりと肩を落としたのだった。



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