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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第3章 運命の死神審問会

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第53話 守りたい人

 藍良は息を止め、目を泳がせた。呼吸は乱れ、指先が震える。


「な、何言ってんの?気のせいだって。そんなわけないじゃん」

「実はね、前から気付いてたんだ。藍良の中に、誰かがいることに」


 その声は淡々としているのに、逃げ道を閉ざすような重さがあった。


 千景はとっくに、わかっていた……?


「藤堂先生のうわごとの話、覚えてる?彼は『焼かれる』ってうなされてた。あの話、藍良は『わかんない』って言ったね」


 藍良は戸惑う。何かヘマをしたのだろうか。まったくわからず、ただ胸の奥で動揺だけが(うごめ)く。


「『わかんない』──そう言ったあと藍良ね、目を泳がせて顔を伏せたんだ。それでピンと来た。藍良は今何かを誤魔化(ごまか)したって。僕さ、ずっと藍良を見てきたからわかるんだ。誤魔化(ごまか)すときの癖……藍良はいつも、視線を逸らす」


 藍良はハッとした。慈玄からも、何度もこの癖を指摘されていたのだ。


 ──藍良は誤魔化(ごまか)すとき、いつもあからさまに目を逸らす……。


「そしてそのあと、虹色の光を『覚えてない』って言った。これは『知っている』前提で使う言葉。本当に知らないなら『知らない』って言うでしょ?つまりあの返事は『本当は見た。でも言えない』……そういう意味だと思ったんだ」


 藍良の胸が掴まれたように痛む。仕草、そして言葉の矛盾。些細(ささい)な違和感を、千景は見過ごしていなかったのだ。


「虹色の光の意味、わかるよね?僕はこの色が、藍良の神気の色だとずっと思ってた。でもそうじゃなかった。これは……藍良の中にいる人の神気だったんだね」


 ──ガタッ。


 次の瞬間、藍良の指先からカップが滑り落ちた。紅茶が座卓に円を描きながら広がる。


「ご、ごめん」


 藍良はそう言い、震える手でティッシュを数枚取ると、雑に座卓の上を拭き始めた。指の震えは先ほどよりも大きくなっている。ティッシュは滑り、紅茶の跡はむしろ座卓に滲んでいく。


「千景がビックリすること言うから、動揺しちゃった。そんな非現実的なこと、あるわけないじゃん」


 藍良の声は震えていた。このままだと、千景は真白に辿り着いてしまう。焦る気持ちに加え、藍良にはこれまでにはない別の感情が込み上がっていた。


 ──人間の中に棲んでいた、カグヤ神……。


 何度も反芻(はんすう)する、千景の言葉。カグヤ神は確か、死神界では畏怖(いふ)される闇。封じられた、邪悪な存在。


 そんなカグヤ神と同じように、真白は闇の属性を(まと)って、自分の中にいる。真白は、自分が思っている以上に本当はとても恐ろしい存在なのだろうか。()むべき存在なのだろうか。守ること自体が、そもそも間違っていたのだろうか。


 そんな思いがよぎり、震えは手から、腕へ、肩へ、そして全身へと伝わっていく。そのとき、千景の指がそっと藍良の手に触れた。顔を上げると、彼の瞳には、苦しさとどうしようもない決意が滲んでいた。


「どうしても、確かめないといけないんだ。さっき、兼翔に詰められたとき、虚映ノ鏡のことを話した人物──あれは、藍良じゃない。別の人だよね?その人が出てきた瞬間、僕と同じ“闇”の気配を確かに感じた」


 藍良は目を見開いた。さっき真白が出てきたときだ。そのとき、千景は真白の“闇”の気配を正確に感じ取っていたのだ。


「片寄藍良のことも、その人から聞いたんだね。だから、兼翔から『片寄藍良』と呼ばれて動揺した。つまり……片寄藍良が生きていたときから、彼女の内側に潜んでいた……だから片寄藍良も、そして今の藍良も虹色の神気を宿してる。そういうこと、なんだよね?」


 藍良は顔を伏せた。もう誤魔化(ごまか)せない。千景の目は、とっくに胸の奥の真白へ注がれている。このままでは、真白も、藍良も黒標対象として扱われる。そう思った途端、座卓に透明な粒が落ちた。それが涙だと気付くより先に、藍良の視界がじわりと滲む。藍良は首を振り、声にならない声で否定しようとする。けれど、喉が詰まって声が出ない。


「泣かないで、藍良」


 千景は立ち上がり、藍良のそばで膝をついた。


「もしかして……片寄藍良が黒標対象として疑われたこと、その人から聞いたんじゃない?」


 藍良の肩が小さく震える。藍良は答えられず、沈黙が場に満ちる。だが、その沈黙で千景は察したようだった。彼は苦しそうに眉を寄せて続けた。


「あのね……僕は今、藍良を黒標対象候補として、審問してるんじゃない。ただ、真実が知りたいだけなんだ」


 藍良は顔を上げる。涙で濡れたその目は、怯えと混乱が入り混じっていた。千景はそっと、言葉を重ねる。


「僕思ったんだけど……その人が危険な人なら、藍良はきっと、何としてでも僕に知らせてくれたはず。でも、藍良はずっとその人を隠して、守ってきた。もしかして、自分が黒標対象として疑われる以上に、大切な理由があるんじゃない?」


 藍良は泣きながら、思い返す。真白が初めて姿を現したのは、ユエに殺されかけたときだった。藍良の身体で神気を放てば、また黒標対象として疑われる。それは真白自身も理解していたはずなのに、それでも殺されそうになった藍良を放っておけず、出てきてくれたのだ。


 それから、まだ数日しか経っていない。それでも、共に過ごした時間は深く、濃いものだった。夢の世界にいる間、たくさんの話をした。前世の片寄藍良の話。死神界の話。何気ない世間話。そして、千景の話。いつも穏やかに話をしてくれる真白だが、以前寂しげにこう言ったのだ。


 ──わたしは、彼女(片寄藍良)が黒標対象として裁かれるくらいなら、その前に消えようと思った。けど、できなかった。消したくても、消せないのだ。だからこうして、今もお前の中にいる。なぜお前の中にいるのか、どうしてこんな力を授かったのかもわからない──


 藍良はどうしても、その言葉が嘘だとは思えなかった。そして彼女は自分が何者なのか、どうして藍良の中に存在し続けているのか、知りたがっている。そして改めて思う。真白は敵か、味方か。答えは、胸の奥で最初から決まっていた。


 ──真白は味方。わたしを守ってくれた人。だから今度は、わたしが真白を守る番。


 藍良は千景を見上げる。彼の顔は涙でぼやけ、どんな表情をしているのかはわからない。どんなに千景が核心に近づいていても、自分の口から真白の存在を話すわけにはいかない。彼女との約束を、破るわけにはいかないのだ。藍良は精一杯、ギリギリの想いを絞り出した。


「……大切だから、言えないの。ごめんなさい……」


 千景は泣きじゃくる藍良を(しばら)く見つめたあと、涙まで受け止めるように、そっと彼女を抱き寄せた。


「わかった」


 千景は小さく、呟いた。その声色は低く、落ち着いていた。藍良は悟った。藍良に聞くまでもなく、千景はすでに、真白に辿り着いた。それでも、藍良の気持ちを汲んでくれたのだ。


「頑固だね、藍良は」


 少し楽しげに言う千景。

 藍良はしゃくり上げながら、祈るように千景の背中をぎゅっと掴んだ。


 ──お願い、伝わって。真白は敵じゃない。そんなんじゃないの。


「ごめんね。探るようなことして」


 千景がぽつりと呟くと、藍良は彼の肩に顔を埋めたまま、首を振った。


「闇属性を持っているからといって、みんながみんな危険な死神ってわけじゃないんだ。ホラ、僕を見れば、わかるでしょ?」


 そう言うと、千景はほんの少し藍良を引き離し、顔を覗き込む。涙でぐしゃぐしゃの藍良を少しでも笑わせようとするように、おどけた笑みを浮かべながら。


「でも、審問官たちからすると、脅威なんだ。僕は最高審問官からお墨付きをもらっているけど、それ以外の……人間の中に棲む闇属性は、特に警戒される。どうしても疑われるんだ」

「……黒標……対象に?」


 藍良の震える声に、千景は気まずそうに、けれど逃げずに頷いた。


「カグヤ神のことがあったからね。彼女──カグヤ神は、自分の魂をいくつにも裂いて、死神たちへ託した。その欠片のひとつが……僕なんだ」


 突然の告白に、藍良は息を呑んだ。千景の闇属性は、単なる異能ではなく、カグヤ神の“一部”だったのだ。


「『宿主』は僕みたいに死神であることもあるし、人間の中に棲みついていることもある。藍良が守っている人は、きっと後者だよ。内側にいる分、自分が何者なのか……そういう深い事情はわからないと思うけど……。それで審問官たちは、闇属性を躍起(やっき)になって探してる。闇属性はカグヤ神の“卵”みたいなもの。放っておけば、カグヤ神と同じように、脅威になるかもしれないから」


 藍良は声にならないまま、ただ呆然と千景の言葉に耳を傾ける。


「正直……僕も、人間の中に棲む闇属性は、全て黒標対象として危険視すべきだと思ってた。姿も心も読めない。得体が知れないから。でも、片寄藍良も、そして今の藍良も──その人のことを必死になって守ってる。藍良がその人を信じるなら、僕も信じる。だから、藍良も、その人も……黒標対象にされるような真似は、絶対にさせない」


 真っ直ぐな言葉に胸がほどけ、藍良の目から再び涙が溢れた。それと同時に、安心感でふにゃりと力が抜ける。そんな藍良を、千景はさらに強く抱き寄せた。だが、次の瞬間、千景は少し遠慮がちに微笑む。


「ちなみにさ、ひとつだけちょっぴりヒントが欲しいんだけど」

「え?」

「その人って女の人?男の人?」


 唐突過ぎて、藍良は目を瞬かせた。千景は耳まで赤くして、頭を()く。


「いや……なんていうかさ、僕、男として藍良の一番でいたいんだ。だからもし、藍良の中にいるのが男だったら、正直嫌すぎる……いや……言い方が難しいな……すっごく複雑……うん。複雑過ぎるんだ。気持ちの整理がつくまで時間がかかるっていうか……あ、でも藍良はその人のことは、自分の口から絶対話さないと思うから……こっそり、それとなく伝えてくれると嬉しいなァ~~なんて……」


 言葉を選びながらオロオロする千景。その不器用さに藍良は思わず小さく笑う。そして今度は、藍良の方からそっと腕を伸ばし、千景の首に回した。


「えっ、藍良……?」

「大丈夫。絶対言えないけど……千景が悩むことはひとつもないよ。本当に」


 千景はほっと肩を下ろす。

 藍良はその肩に顔を寄せ、震える声で呟いた。


「千景、ごめんなさい。ありがとう」


 千景は小さく息を漏らすと、藍良の髪にそっと、自分の頬を寄せた。髪から伝わるぬくもりは、次第に胸いっぱいに広がっていった。


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