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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第3章 運命の死神審問会

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第51話 真白の機転

「思い出したこと……だと?」


 真白のひと言に、兼翔は眉をひそめた。そして、探るように彼女を鋭く見据える。だが、真白は動じない。


「うん。わたしね、あのとき“虚映ノ鏡”を持っていたの」


 そう告げながら、真白は一歩前へ進む。


「逃げるのに必死だったから忘れてた。そういえばあのとき、鏡が光った気がする」


 真白は自分の(てのひら)を意味ありげに見つめ、握りしめる。そして顔を上げると、千景に向き直った。


「あの鏡……たしか、“神気を宿す存在を映さない”んだよね?でも、あのとき、鏡が光って、ユエたちの攻撃を跳ね返した……ような気がする。もしかしたら、何か力があるんじゃない?だからわたしはこうして、ここにいられる。じゃなきゃ、ユエに殺されていたはずだもん」


 真白から見つめられた千景は、一瞬固まり、目を細めた。そして、(あご)に指を添えて、考え込むような仕草を見せる。その横顔を、藍良はぼんやりとした“遠いようで近い”意識の中で見つめていた。そして、理解する。


 ──真白が、助けに来てくれたんだ。


 追い詰められた藍良を見かねて、真白が出てきた。彼女がいま口走ったのは、急場しのぎの言い訳。だが、聞いていた藍良は心で唸る。


 ──虚映ノ鏡。


 この二人を誤魔化(ごまか)すには、この鏡の話題にするしかない。実際、鏡を使ってユエの使いである大蛇の一撃を跳ね返したことも事実。ちょっと脚色はしているが、嘘はついていない……はず。とはいえ、実際のところ、藍良にもこの鏡が持つすべての秘密はわからないのだが。


「虚映ノ鏡……か」


 千景がぽつりと呟く。


「……そういえば、僕と兼翔が駆けつけたとき、藍良は鏡を握ってたよね」

「わしが着いたときもじゃ!藍良はたしかに、それはもう必死に、ぎゅっと握っておった!」


 その言葉に、藍良はハッとした。ユエと大蛇と対峙したとき、タマオと千景は時間差で助けに来てくれたのだが、藍良は確かに虚映ノ鏡を握りしめていたのだ。


「……だが、水無瀬藍良に刻まれている“月印”はどう説明する?それこそ、この女が強い神気を帯びた証拠ではないのか?」


 兼翔の声が沈み、視線がゆっくりと藍良の首元へ向けられる。まるで、“月印”そのものを射抜くかのように。


「……そんなの、わかんないよ。わたしにも」


 真白が小さく呟く。


「鏡を使った影響ってことは考えられない?ユエと大蛇の攻撃を跳ね返したとき、鏡を持っていたから、そのせいで月印ってやつが刻まれた……とか」


 真白の落ち着いた声が、緊迫した空気にするりと入り込む。彼女の言葉に、審問官二人は黙り込んだ。


「虚映ノ鏡は、単に“神気を宿す存在を映さない”だけではない、ということか……?力を跳ね返す……だと!?その鏡に秘密があるのか……?クソッ……わからん。一体、どんな秘密があるというのだ!」


 兼翔は苛立ちを隠しきれず、吐き捨てる。だが、怒りの気配を(まと)っているのに、身に着けている花柄のエプロンのせいで彼の迫力は中和されていた。そんな光景を見ながら、藍良は心の奥底でひとつの確信を抱く。


 ──やっぱり、虚映ノ鏡の力は、兼翔も知らないんだ。


 つまり、「真白が月詠を放ったから月印ができた」という真相を「鏡を使ったら、どういうわけかよくわからないけど、いつの間にか月印ができていた」という形に“すり替える”余地がある、ということだ。


 そう知って、藍良は安堵する。そのとき、廊下の向こうから、ひょこっと慈玄が顔を出した。どうやら、玄関前の掃き掃除を終えたらしい。千景は慌てて、手にしていた買い物袋をさっと持ち上げ、その中にタマオを隠す。


「どうした?みんな……?そろそろ晩御飯にしよう。今日は兼翔君の歓迎会だ」


 この言葉に、千景はあからさまに顔を歪ませる。


「か……歓迎会……とは?」

「話して……いないのかい?」


 慈玄は首を傾げながら兼翔を見る。兼翔は気まずそうに目を逸らすと、耳の後ろを軽く()いた。すると、慈玄はにっこりと微笑み、咳払いをひとつ。意気揚々と張り切った声を上げる。


「今日から兼翔君もうちの寺で下宿するんだよ。彼、児童養護施設にいたんだろう?来年には退去しないといけないそうで、でも、料理の専門学校に行きたいって施設の人に相談したらしいんだ。その話を町内会の集まりで聞いてね。それだったらうちの台所で腕を磨けばいいじゃないか、と思ったんだよ!」


 そう言いながら、慈玄は満面の笑みを千景へ向ける。


「それにここなら兼翔君の親友の千景君もいるし、彼も安心だろう?」

「親友!?!?」


 千景の声が裏返った。驚きと絶望が混ざったような表情で兼翔を睨む。一方の兼翔は天井を仰ぎ、深~くため息をついた。どうやら、千景の親友という話をして、怪しまれることなく、藍良の家に下宿するつもりらしい。


 兼翔の魂胆を瞬時に察した千景は、刺すような視線を兼翔に飛ばす。だが、兼翔はそんな視線を意にも介さず、慈玄へにっこりと笑いかけた。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。住職さん」

「なーに言ってるんだい!こんな豪華な晩御飯、久しぶりだよ!な?千景君、藍良」


 千景は言葉を返す気力もないのか、ただただうなだれる。慈玄は千景たちの顔を(うかが)うように見つめる。真白はすかさず、笑顔で応える。


「うん、本当に。兼翔の料理、楽しみだなあ」


 明るい声に、慈玄は安心したようにほっと肩を下ろした。そして、勢いよくパンッと手を叩く。


「さ!そうと決まれば、早速ご飯支度だ!みんな、器をお膳に並べるの、手伝って」


 真白は頷き、器に手を伸ばす。そのとき、真正面から千景が彼女を見据える。一切の笑みもなく、まるで何かを見定めるように。


「……千景?どうしたの?」

「……嫌がらないんだね」

「え?」

「兼翔の下宿話。いつもの藍良なら、絶対に嫌がる。慈玄さんにも文句を言う。慈玄さん、さっき話しながら身構えてた。藍良に怒られるって思ったんだ。僕が下宿を始めたときも、藍良は怒っていたからね」


 その瞬間、真白の視線が揺れた。藍良も、胸の奥がぐらりとするのを感じる。千景の言う通りだ。普段の自分なら、今の話の流れは確実に慈玄に怒るところだ。


 真白は一瞬だけ息を詰め、作ったような笑顔を返す。


「まあ、一人増えても大して変わんないから。ごめん。わたし、ちょっとトイレ……」


 そう言って真白はそそくさと台所を飛び出した。そして、トイレへと駆け込むと扉を閉めて、鍵をかける。


 ──カチリ。


 その小さな音の直後だった。ふわりと身体全体が浮くような感覚。続いて、頭の奥に「トン」という小さな衝撃が走り、藍良は肩をビクつかせた。


「……あれ?えっと……」


 藍良は自分の(てのひら)を見た。そして握り、ゆっくりと開く。壁や天井に視線を移すと、さっきよりも“鮮明に”見えている。身体から離れていた意識が、戻ってきたのだ。その瞬間、頭の中に直接声が落ちてくる。


 ──〈聞こえるか、藍良?〉


 真白の声だ。藍良は小さく頷く。


 ──〈勝手にごめん。咄嗟(とっさ)誤魔化(ごまか)した〉


 藍良は(ささや)くような声で応える。


「ううん。助けてくれてありがとう。焦ったよ~。兼翔が急に、あそこまで突っ込んでくるって思わなかったから」


 ──〈ちゃんと、誤魔化(ごまか)せたかな?わたし。焦ってたから、不自然だったかも〉


「大丈夫!兼翔は鏡に気を取られていたし、千景もまさか真白が中から出てきたなんて思ってないよ」


 ──〈……良かった。藍良の身体は?苦しくない?〉


「え?」


 ──〈わたしが出ると、藍良の身体に負担がかかるんだ。片寄藍良のときもそうだった。出られるのは、一日一回が限度。無理をさせていたら、ごめん〉


「今のところ、全然大丈夫。本当にありがとね、真白」


 次の瞬間、ふっと意識の奥から気配が消えた。


 藍良は深呼吸をして、そっとトイレの扉を開けた。台所の方から、慈玄の声と食器が触れ合う音が聞こえてくる。


 ──今日から、この家に兼翔がいる。


 藍良は肩をすっと張り、台所へ向かって歩き出した。


 気を引き締めなきゃ──。

 この家の“日常”が、またひとつ変わるのだから。


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