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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第3章 運命の死神審問会

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第48話 夢現の恋ばなし

 白い(もや)。ひんやりと冷たい空気が頬を撫でる。そんな静かな空気の中、藍良は真白と向かい合っていた。ここ最近、日課になった彼女との会話が、藍良のひそやかな楽しみとなっていた。


「千景ね、激辛好きだったの!ビックリでしょ?」

「へえ」


 藍良の声は弾んでいた。千景が家に居候を始めてからおよそ二カ月。彼の暮らしぶりや好みも大分わかってきた。先日、辛口のドライカレーを作ったのだが、余程口に合ったのか、千景は三杯もおかわりした。そして「辛いものが好き」と打ち明けてくれたのだ。「おいしい、おいしい~」と繰り返しながら嬉しそうにドライカレーを頬張る千景を思い出して、藍良は自然と笑みがこぼれる。


「……今度は別の辛い料理作ってみようかな。千景が喜びそうなの……何がいいかなあ」


 そんな独り言のような呟きに、真白がふっと微笑んだ。


「な、何?」

「随分楽しそうだなと思って」


 途端に藍良の頬が赤く染まる。話し過ぎた。というのも、咲の前では惚気ていると思われるのが恥ずかしくて、千景の話は敢えて避けていたのだ。その反動なのか、藍良はここ数日、真白に千景の話ばかりしていた。


「ごめん、わたしばっかり話しちゃって」

「全然。激辛料理か……麻婆豆腐は?喜ぶんじゃないかな」

「いいね!麻婆豆腐か~!作ったことないから、レシピ調べなきゃ」


 へへへっと笑う藍良。その笑顔を見ながら、真白の声色が僅かに落ち着く。


「……そのあと、千景に変わった様子は?」

「え?」

「藍良のことを……疑っているような素振りはないか?」

「うーん……」


 藍良は小さく息を飲み、上を見ながら目を閉じた。ここ数日の千景の態度を一つひとつ思い返す。だが、胸にひっかかるような出来事はなかった。


「前に一度聞かれたけど、そのあとは特にないかな。それより兼翔だね、怪しんでるのは」


 藍良の表情が曇る。もうひとりの死神審問官──橘兼翔は、ユエの一件以来、あからさまに藍良を監視するような素振りを見せていた。昨日の昼休み、藍良は千景、咲と一緒に屋上で昼食を食べていたのだが、その様子を影からこっそり見つめていたのだ。とはいえ、屋上に身を隠す場所はないから、監視しているのはバレバレなのだが。


 さらに、放課後に咲と体育館裏で話していたときも、兼翔はどこで拾ったのか、右手に大きな木の枝を持ち、それで自分の姿を隠しながら藍良を見ていた。当然ながら、枝の隙間から兼翔の姿は丸見えで、気付くなり藍良は思わず吹き出してしまった。


 兼翔とは正直、あまり言葉を交わしたことはない。無表情でぶっきらぼうで、話しかけても会話が続かないのだ。だが、その不器用さが逆に彼の行動の滑稽さを目立たせていて、ここ最近藍良の中では奇妙な親しみが生まれていた。その話を真白にすると、彼女は肩を震わせて小さく笑った。


「なかなか面白い奴だな。コソコソせずに直接聞いてくればいいものを。審問官なのに、思いのほか馬鹿なのか。そういう意味では安心だ」


 容赦ない真白のひと言に、藍良はまた吹き出した。


「とはいえ、念のため気をつけろよ」

「兼翔?大丈夫、大丈夫。何か聞かれたときの答えは、頭の中でシチュエーション済みだから」

「それもそうだが、ああいうタイプはこっちの予想の斜め上をいくかもしれない。行動がエスカレートしたらすぐに知らせろ」

「エスカレート?」


 二人の間に、一瞬の沈黙。

 藍良は少し考えたあと、首を傾げながら呟いた。


「たとえば……?」


 真白は腕を組み、淡々とした声で言う。


「……夜、コンビニに行った帰り道……電柱の影から、目を血走らせ、呼吸荒く、じいいっと見つめてくる……とか」


 …………。

 …………怖ッ!!


「完全にストーカーじゃん!」

「だから言ってる。行動がエスカレートすることがあれば、すぐに言え。まあ、そんなことになったら、わたしの前に間違いなく千景がブチキレるだろうけど」


 ……ありそう。


 藍良は顔を引きつらせながら、心の中で呟いた。その瞬間、白い靄がゆっくりと薄れ、夢の世界がほどけ始める。朝が来るのだ。藍良はそう察すると、名残(なごり)惜しげにため息を落とした。


「あーあ。もう朝かあ。もっと話したいのに」


 すると、真白は柔らかく微笑んだ。


「また夜に。学校、頑張れ」


 真白の言葉が、靄の中でそっと響く。藍良は小さく頷き、指先をひらりと振った。世界がゆっくりと遠ざかる。意識が薄まったかと思った次の瞬間、藍良は瞼を瞬かせた。見慣れた天井。布団の温もり。そして、現実の音が一気に押し寄せる。


 ──ピピピピピッ!


 いつもの目覚まし時計が、この日も変わらず元気よく鳴り響いていた。



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