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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第3章 運命の死神審問会

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第44話 真白

 「疑われてた?前世のわたしが?」


 “彼女”はゆっくりと頷いた。


「片寄藍良が……というより、正確に言えば“わたし”だな。わたしが神気を宿しているせいで、片寄藍良も同じ力を帯びてしまった。それで危険視されたんだ」


 そう申し訳なさそうに話す“彼女”。藍良は思わず息を荒げた。


「千景も……そうだったの!?」

「千景というより、その上の連中だ。理由はわからないが、奴らはやたらと“闇”の属性を警戒している。わたしは、光と炎、そして闇の属性を持っている。それが引っかかったんだろう。同じ“闇”の属性の千景が、わたしの神気を感じ取ったのかも」

「ち……千景が!?」

「見ただろ。ユエを仕留めたときの月詠。あれが闇の属性だよ」


 藍良は息を呑み、目を見開いたまま呆然とする。


「以前、聞いたことがある。神気の属性は基本的にひとつ。二つ以上持つ者はほとんどいないらしい」

「ちょ、ちょっと待ってよ!千景、前に自分の属性は光と風って言ってた!それだけで二つなのに、“闇”もあったら三つじゃん!」

「……だから多分、天才なんだろ、あいつは」


 あっけらかんと言う“彼女”に、藍良はぽかんと口を開けた。


「ちょっと待って!あんたも三つじゃない!?」

「ん?」

「光と炎、それに“闇”でしょ!?千景と同じ、三つじゃん!」


 すると、彼女はにやりと笑った。


「そうだな。もしかしたら、わたしも“天才”かも」


 その笑みに、藍良は言葉を失う。けれどすぐに、“彼女”の目が曇った。


「闇の属性を持つ千景がどうして死神審問官になれたのかは知らんが、とにかくそのせいで、“前世のお前”は黒標対象かどうか死神たちから審問を受けた」

「……け、結果は?」


 藍良の胸が、ドクンと鳴る。


「闇の兆候は見られない。転生を許可する──だった」


 その言葉が放たれた瞬間、藍良は小さく息を吐いた。


「彼女は一貫して、心の中にいる“わたし”のことは言わなかった。審問官たちも、片寄藍良の中に別の存在がいるなんて、思いもしなかっただろう。そして、無事に水無瀬藍良として転生した。だが、転生するまでに千景とどうもいろいろあったらしくてな」

「い……いろいろって!?何それ、超気になるんだけど!」


 すると、“彼女”がふっと目を細めた。


「そこまでベラベラ喋るほど、わたしは野暮じゃないよ」


 その声色に藍良の頬がカーッと熱くなる。片寄藍良だった頃、きっと千景と決定的なことがあったのだ。だから彼は追って来た。生まれ変わった藍良のことを。

 藍良はさらに質問を重ねようと、口を開く。だが“彼女”の表情は静かに引き締まった。


「……また、あのときと同じことが起こる気がしてならない」

「どういうこと?」

「わたしは、お前を助けるために姿を現した。そのせいでお前に月印が刻まれた。審問官たちはきっとまた疑う。百年前、やはり片寄藍良は闇の属性を宿していた。そして今、それを水無瀬藍良が受け継いだと」


 藍良は首を傾げ、眉を寄せる。


「でも千景、わたしが神気を宿していること、前から知ってるけど何も言ってこないよ」

「神気が微弱だったからだ。ユエを追い詰めるほどの神気となると、話が変わってくる」


 “彼女”はしばらく黙り、静かに続けた。


「ユエは、“光”の属性だった。炎や風よりも上位の、特別な属性。普通の死神審問官では勝てない。対等に渡り合えるのは、光か闇の属性を持つ術者だけ。だから千景が来た。その属性を持つ千景なら確実にユエに勝てるから」


 藍良は黙って頷く。


「だが、千景がいないとき、わたしがユエを追い詰めた。審問官たちからすれば、光か闇の月詠を使った“誰か”がいることは明らかだ。そして、そのときユエと会っていたのはお前だけ。きっと、真っ先に疑われる」


 聞きながら、藍良は小さく息を吐いた。経験したことがないような不安感が、胸の奥で渦のように広がる。“彼女”もそんな藍良に合わせるように、静かに息をこぼした。


「……救いなのは、ユエが今、口を利けないことだな」

「え?ユエ、死んだんじゃないの!?」

「千景は闇の月詠で、奴の魂を紙の中に封じた。死んではいない。だがもう、話すことはできないよ」

「……それでもやっぱり、怪しいと思ってるのかな、千景……」


 “彼女”は静かに藍良を見つめ返す。


「千景からすれば、微弱だったはずのお前の神気が、なぜ月印が刻まれるほど急に膨れ上がったのか気になるはず。理由を探らずにはいられないはずだ」


 藍良は言葉を失う。千景に疑われることを少し想像するだけで、胸がきゅっと痛んだ。


「だが、前に片寄藍良が疑われたとき、最後まで味方でいてくれたのは千景だった。それに奴は、お前に惚れてる。きっと強引なことはしないよ」


 その言葉に、少しだけ場の空気が和らぐ。だが、次のひと言で、再び緊張が走った。


「それよりも用心すべきは、兼翔だ」


 藍良はびくりと肩を震わせた。同時に、以前の兼翔の言葉が脳裏(のうり)をよぎる。


 ──ああ、聞いてるよ。片寄藍良。


 意味深な言葉。あのとき、千景はいなかった。まるで何かを確かめるかのように、兼翔は藍良をそう呼んだのだ。


「……そういえば!前に兼翔からなんかこう……意味ありげに『片寄藍良』って呼ばれたよ!それに、さっきもこうジーっとわたしのこと睨んでた気がする!」


 “彼女”が鼻で小さく笑う。


「死神審問官なら、お前が元・片寄藍良だと知っている。カマをかけたんだろ」

「どうしてそんなことを?」

「片寄藍良の疑いが晴れたあとも、審問官の中には『闇の力で何かを企てている』と疑う者もいたらしい。あいつもそうなんだろう。まったく、ややこしい男が来たもんだ」


 兼翔の鋭い視線を思い返しながら、藍良は自分の頬に触れた。千景以上に、兼翔は藍良を疑っている。それを確信して、血の気がすうっと引いた。


「もし、わたしが……闇の属性を持っているってことがバレて、危険視されたら……黒標対象なったらどうなるの?」


 “彼女”は一瞬、言葉を詰まらせた。そして静かに、言葉を絞り出す。


「ユエを見ただろう。きっと、ああなる」


 藍良の喉がきゅっと鳴る。脳裏(のうり)に浮かんだのは、あの夜の光景。千景が放った月詠で、紙の中へと封じられたユエの魂。自分も同じように閉じ込められるのか。藍良はそんな想像をかき消すように、ブンブンと首を振った。


「でもさ、おかしいよ。そんなの」

「何が?」

「ユエは、自分の目的のために学園の人たちを殺した。あんたは全然違うじゃん。凄い力を持っているのかもしれないけど、人を傷付けたりしない。わたしのことだって、助けてくれたのに」


 “彼女”はしばらく黙ったあと、寂しげに自分の(てのひら)を見つめる。その指先は、かすかに震えていた。


「この力、おそらく死神審問官たちからしてみたら脅威なのだろう。片寄藍良が疑われたとき、そう感じた。闇の属性を持つ者を徹底的に排除しようとする、そんな使命感を感じたのだ」


 “彼女”は苦笑いを浮かべながら、呟くように続けた。


「わたしは、彼女が黒標対象として裁かれるくらいなら、その前に消えようと思った。けど、できなかった。消したくても、消せないのだ。だからこうして、今もお前の中にいる。なぜお前の中にいるのか、どうしてこんな力を授かったのかもわからない。ひっそりと静かに、神気を消して過ごそうと思っていたのだが……」


 言葉が途切れる。沈黙の先で、“彼女”は藍良を真っ直ぐ見つめて、微笑んだ。


「死にかけたお前を、どうしても放っておけなくて」


 その言葉が放たれた瞬間、気付くと藍良は、“彼女”を強く抱きしめていた。


「さっきも言ったけど、あんたがいなきゃ、わたし死んでた。今度はわたしが、あんたの力になるよ」


 “彼女”を見つめる。その目は驚いたかのように見開かれ、柔らかく揺れていた。


「大丈夫、わたしに任せて。うまいこと誤魔化(ごまか)すから!千景にも、もちろん兼翔にも、あんたのこと、絶対喋ったりなんかしない」


 “彼女”が照れくさそうに微笑む。


「ありがとう、藍良。そういうところ、変わってない」


 笑い合う二人。

 すると、淡く白い靄が、ゆっくりとほどけていく。


「……朝が来る」

「え?」

「靄が晴れると、そうなんだ。そろそろ、藍良が起きる時間になる」

「……あ、ねえ!」


 藍良は慌てて“彼女”に向き直った。


「あんたのこと、なんて呼べばいい?」


 不意だったのか、“彼女”はきょとんと目を丸くした。


「わたし、片寄藍良だったときの記憶がなくてさ……覚えてなくてごめんね。でもきっと……わたしのことだから、あんたのこと名前で呼んでたと思う。ちゃんと呼びたいの。だめかな?」


 すると、“彼女”の肩が小さく揺れた。わずかに目を潤ませ、唇を震わせながら呟く。


「……真白(ましろ)


 その名が静かに響いた瞬間、藍良は微笑んだ。そして再び、そっと真白を抱きしめる。


「ありがとう、真白。また話そうね」


 藍良の言葉に、真白も笑顔で頷いた。親友のようで、姉妹のようで、遠いようで、近い存在。靄の向こうで、光が優しく滲む。このひとときを決して忘れないと、藍良は心の中で誓った。


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