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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第2章 藍の眼と月詠の探偵

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第42話 宿命の月印

 藍良は呆然としながら、黒い線が放たれた場所から立ち上る土埃を見つめた。

 この鏡は「神気を宿す存在を映さない鏡」のはず。だが今、目の前で起きたのはそれ以上の力の放出。鏡そのものが意志を持ったかのように、大蛇に向かって闇の力を放ったのだ。


 やがて土埃が収まり、その場の様子が露わとなる。焦げた廊下の上に転がっていたのは、蛇の抜け殻だった。藍良は一瞬、思考を停止するが、すぐに状況を把握する。


「まさかこれ……脱皮!?」


 そのとき、背後に「生きた気配」を感じた。振り向くと、そこには大蛇がいた。おそらく、攻撃があたる寸前に、脱皮をして逃げたのだ。大蛇は尾を床や壁に叩きつけながら迫ってくる。空気がひび割れるような圧が迫る中、藍良は思った。


 ──この蛇、今……めちゃくちゃブチキレてる……!!


 藍良は反射的に鏡を構えた。もう一度、攻撃を跳ね返すために。そうして再び言葉を放とうとしたとき、予想外の出来事が起こる。


 ──ぺちっ。


 抜け殻が宙を舞い、そのまま大蛇の頭をすっぽりと(おお)ったのだ。まるで誰かが狙って投げつけたかのように。すると、藍良の頭上から「ボテ」っという音と共に、見慣れた影が落ちてきた。


「やっと……やっと見つけたぞい、藍良!!」

「タ……タマオォォ~~!」


 そこにいたのはタマオだった。鱗はところどころ焦げ、息も荒い。どうやら、必死で藍良を探しまわっていたようだ。


「こやつめ……藍良をこんな目に()わせおって、許すまじ!」


 タマオはピンっと胴を伸ばし、大蛇と向き直る。その姿はどこか頼もしい。だが、次の瞬間、まるでスイッチが切れたように、タマオはふにゃりと地面に倒れ込んだ。


「タ、タマオ!?大丈夫!?」

「ううう……情けない……空間転移に閉じ込められておったせいじゃあ……力を使い果たしてしまったあ……」

「しっかりして!千景は?兼翔は!?」

「二人とも今向かっておる~~わしは軽いから早くこの世界に戻って来れたんじゃあ~~それなのにこんなに役に立たんとは~~」


 タマオの弱々しいボヤキに、藍良はがくりと肩を落とす。ふと前を見ると、大蛇はすでに体勢を整え、鋭い眼光をこちらに向けていた。赤い舌をチロチロと出し、どことなく余裕を感じさせる。


 ──こいつ、脱皮してなんか色艶良くなってるし……。


 心の中で悪態を()きながら、藍良はブンブンと頭を振った。あと少しで千景が来る。それまで、どうにか時間を稼がなければ……。


「のうのう、藍良。お願いがあるんじゃ。一生のお願いじゃ~~」

「え?」


 タマオがクリクリおめめで見上げてくる。


「わしな、藍良をずうっと一生懸命探しておったんじゃ。それでな、もう力が尽きてしまったんじゃ……」

「う、うん……?」

「でもな、わしには底力があるんじゃ!」

「底力!?」


 藍良の瞳に希望の光が宿る。そういえば、タマオにどんな力があるのか、詳しいことは何も知らない。神蛇タマオ──今こそ、その真の力を発揮するときなのか!?


「それを使えば、あのキモイ大蛇止められる!?」


 タマオはコクリと頷くように、頭を上下に揺らした。


「その通りじゃ。そのためにはな、藍良の助けが必要なんじゃ」

「助け?」


 するとタマオは、自らの胴にくるくると巻きつき、上目遣いで藍良を見つめた。


「こうな……ぎゅーっと、わしを抱きしめて欲しいんじゃ。そうしたら、わし……わし……きっと頑張れる気がするっ!!」


 …………。

 ズコーーー!!


 藍良は思わず頭を垂れた。この状況で何を言ってるんだ、この蛇は……と、タマオのスケベさに呆れる反面、不思議と胸の奥はホカホカする。


 タマオたちとはぐれてから、何度も死にかけた藍良。孤独と恐怖で、心は限界まですり減った。そんな中で放たれた、茶目っ気たっぷりなタマオのひと言。それだけで、藍良の張り詰めていた心はじんわりと緩んだ。


 ──まさか、タマオのスケベ心に癒される日が来ようとは。


 そのとき、大蛇の瞳孔が縦に細くなった。地面が(きし)み、空気が震える。


「藍良、早くぅ!」


 タマオの声に藍良は苦笑いを浮かべて手を伸ばす。そして……。


 ──むぎゅ。


 抱きしめた途端、タマオの鱗がほんのり熱を帯びた。


「ふおおおおお……!きおった、きおった!底力が湧き上がってきおったぞい!」


 ほんとかよ、と心の中でツッコミを入れる藍良。だが、声に出す前に、大蛇が突進してくる。圧倒的な威圧感と殺気。こうなったら、タマオの“底力”なるものに賭けるしかない。藍良は息を吸い込み、大声で叫んだ。


「いっけえぇ!!タマオ!!」


 すると、タマオの口から黄緑色の閃光が放たれた。

 同時に響く、耳をつんざく咆哮(ほうこう)。閃光は、そのまま矢のように大蛇へ突き刺さり、衝撃で空気が弾ける。大蛇は身をのたうち、長く伸び上がったかと思うと、「ドスン」という音とともに地面に崩れ落ちた。


 一瞬の静寂のあと、タマオが勝利の雄叫びを上げる。


「これが……わしの、神蛇の底力じゃああああ!!」

「すっごい!タマオ!!」


 藍良は満面の笑みで、タマオに頬を寄せた。タマオのスケベ砲──もとい、神蛇砲の威力がまさかこれほどとは。


 キャッキャッと喜ぶ藍良とタマオ。空気が温かく満ちたそのときだった。藍良の目の前に、長い影が差す。


 藍良がハッと顔を上げると、そこには顔面蒼白のユエが立っていた。どうやら、先ほどから響き渡っていた音で目を覚ましたらしい。ユエはふらつきながらも、じっと前を見据え、震える声で呟く。


「俺は……負けない。ここで……倒れるわけには……」


 ユエの(てのひら)に光が宿った。藍良はギョッとした。まだ戦えるのか。タマオはユエに向かって口を開くが、再びふにゃりと力なく倒れ込む。今度こそ、タマオはもう限界だ。


 ──せっかくここまで切り抜けてきたのに。


 ユエの口元が微かに動いた。月詠だ。その言葉は、藍良の耳には届かない。だが、ユエの目は血走り、殺意があることは明白だった。最後の力を振り絞って、藍良と、そしてタマオを始末するつもりだ。藍良は震える手で唯一の望みである虚映ノ鏡を握りしめる。それと同時に、ユエは光が宿った掌を、藍良へと向けた。


 そのときだった。


 ユエの胸を、背後から伸びた闇の刃が貫いた。息を呑む間もなく、闇は()ぜ、ユエの身体を飲み込んでいく。すると、闇の裂け目からひとつの影が飛び出した。影は手を伸ばし、藍良の腕を自らの方へ引き寄せる。


「ち……千景!?」


 千景はすぐに、藍良を見つめた。そして、傷だらけの頬や腕を見た瞬間、息を詰まらせる。藍良を見つめるその瞳は震えていた。千景は指先で藍良の髪を払うと、言葉の代わりに、彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。


 ……え……?

 ……えええええ!?


 驚きが言葉になるより早く、ユエの怒号が(とどろ)く。


「おのれ、千景……千景ぇぇぇぇぇーーッ!!」


 ユエは鬼のような形相を千景に向けたまま、掌に力を宿す。千景は藍良を抱き寄せたまま、ユエに向かって一歩踏み出した。その瞳は氷のように冷たく、迷いはない。そして、低く、(おごそ)かな月詠を響かせる。


 ──


 契約の名において

 我は今 新月に誓う

 宿し力よ 闇と化せ

 滅びの力よ 我が意に従い

 光の鼓動を 静寂に断て


 ──


 次の瞬間、ユエの胸を再び、闇の刃が貫いた。刃は先ほどよりも深く食い込み、黒い波紋となって彼の身体を(むしば)んでいく。ユエの身体が少しずつ闇に溶けていく様子を見て、藍良は目を見開いた。ユエの怒号にも似た悲鳴は次第に力を無くし、数秒も経たないうちに完全に途切れた。ユエは苦悶(くもん)の表情を浮かべたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。


 すると、ユエの胸から白い靄のようなものがふわりと立ち上った。生き物のように漂うそれを見て、藍良はユエの「魂」だと直感した。千景は懐から黒い紙を取り出すと、顔の前に掲げた。すると、魂は淡い光を(まと)いながら、千景の手元──黒い紙へと吸い寄せられる。そうして淡い光は、黒い紙の中へ静かに姿を消した。


 光が消えたあとに訪れる静寂。千景は藍良を抱きしめたまま、か細い声で“光の月詠”を唱えた。千景の“月詠”で放たれた光の粒子は、藍良の傷口や痣を包み込むと、優しくすべての痛みを癒していく。


 傷が完全に癒えたあとも、千景は彼女を決して離さなかった。駆け寄った兼翔の声にも応えることなく、ただ藍良を強く抱きしめる。


 千景のぬくもりに包まれながら、藍良の鼓動は速く打ち続けた。唇を重ねたときの熱が、何度も蘇る。あのユエをあっという間に封じた千景。そして、同じ腕で自分を抱き寄せ、唇を重ねた千景。感情を露わにした千景の様子に、藍良の心は追い付かなかった。


「藍良」


 不意に名前を呼ばれ、藍良は肩を震わせた。顔を上げると、千景は真っ直ぐ彼女を見つめていた。涙を堪えるような眼差し。そこに宿っていたのは、確かな愛おしさだった。


 ──心配かけてごめん。わたしは大丈夫。


 そう伝えたいのに、言葉が出ない。視線を逸らせないまま、藍良はただ千景を見つめ返していた。そのとき、千景の視線がふと藍良の首筋へ落ちた。すると、彼の表情がみるみるうちに強張っていく。


「これは、いったい……?さっきまでは、なかったはずなのに……」


 千景の視線の先。藍良の首筋に刻まれていたのは、“月印”だった。


 そのことを知る由もない藍良は、ただ戸惑い、目を泳がせる。そのとき、ふと気付いた。千景の背後に立つ兼翔が、探るような眼差しで藍良を睨んでいたことに。


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