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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第2章 藍の眼と月詠の探偵

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第25話 最高審問官と爆裂通信

 翌日、藍良は千景と一緒に家の寺を出た。普段は別々に登校しているが、千景いわく「藍良を守るためのカレカノ作戦(仮)」の一歩が、この「一緒に登校」らしい。


 前夜、藍良は「ぜっっったい嫌!」と声を張り上げて抵抗したが、千景はにこやかに笑ったまま、一歩も引かなかった。やり取りを見ていたタマオが「やれやれじゃ」と呆れるなか、結局藍良が根負けした。


「藍良、そんなにブスッとしないで。リラックス、リラックス」


 千景の声は弾むように明るく、どことなく歩調も軽やかだ。全身からあふれ出るウキウキ感。それを見て、藍良はがくりと肩を落とした。


「ところで藍良」

「あん?」

「昨日、昼休みに“いつもひとりでいる男子が多い”って言ってたよね」

「うん。数人は教室で昼食食べてるから誰かは見てると思うけど、もし誰にも見られてない人がいたら……」

「ユエかもしれないね」


 その瞬間、千景の目がすっと鋭く光った。


「まずは咲にそれとなく聞いてみるよ。昨日のことなら、覚えてると思うし」


 千景が静かに頷く。その横顔はいつになく真剣で、自然と身が引き締まる。前は安易に鏡を出したせいで、ユエに狙いを悟られた。そのおかげでユエの正体が絞れたのは事実だが、あんな偶然は二度とないだろう。今度こそ、ユエに気付かれずに正体を見極めなければ。


「あまり気負わないでね、藍良」


 ふと落ちた穏やかな声に顔を上げると、千景が心配そうに覗き込んできた。藍良はプッと吹き出す。


「気負ってなんかないよ。大丈夫、大丈夫」


 顔の前で手をパタパタと振って笑うと、千景は安心したように口元を緩めた。


 と、その時。


 千景が顔をしかめて胸に手を当てた。そしてそのまま、制服の胸ポケットから黒っぽい栗のような形をした器具を取り出す。小刻みに振動する器具を握りながら、千景は珍しく顔をしかめた。


「なにそれ?栗?」

「通信機。死神審問官専用の」


 千景はしばらく器具を見つめたあと、観念したように蓋を開けた。深く息を吐き、耳元に当てた次の瞬間──。


『この──大馬鹿おぉぉぉ!!!』


 雷鳴のような怒号に、藍良はギョッとして仰け反った。栗型の通信機から聞こえてきたのはドスの利いた男性の声。だが、男性にしては若干声が高い。

 千景は両目をぎゅっと閉じ、腕をピンと伸ばして通信機から耳を遠ざける。だが、声は容赦なくその場に轟いた。


『黒標対象に先を越されて虚映ノ鏡を壊されるなんて……!なんてことしてくれたのかしら!人間の娘に(うつつ)を抜かしてるからこうなるのよ!このスケベ審問官!』


 千景は困り果てた表情を浮かべ、口元に通信機を持ち直す。一方の藍良も、男性が放つ独特な口調に耳が離せなくなった。


「最高審問官、申し訳ありません」

『本来なら複数人にやらせる任務を、ひとりでやれるって言うから任せたのに、も~~~~限・界ッ!』

「お、落ち着いてください。僕は僕なりに任務を……」

『言い訳は結構!あんた、人間界に来てから任務も忘れて浮かれっぱなしじゃない!好きな娘の家に居候して、今も鼻の下だらしなく伸ばしてデレデレ歩いてるの、ぜーんぶお見通しよ!』


 千景はハッとして周囲を見渡す。

 彼の視線の先にいたのは電柱に止まる、一羽のカラスだった。藍良と千景の視線が向けられた途端、カラスはバサッと両翼を広げ、大空へと飛び立っていった。カラスを見て、藍良は息を呑んだ。足が三本あったのだ。聞いたことがある。三本足のカラス。あれはたしか……。


 ──八咫烏(やたがらす)


 途端に背筋がぞわりと粟立った。あのカラスは、死神界の使い。どうやら、こっそり千景を見張っていたようだ。


『あんたを信用したわたしが馬鹿だったわ!色恋に溺れるなんて、なんっっって情けないのかしら!』

「決してそういうわけでは。僕は着実に使命を全うすべく──」

『だまらっしゃい!』


 言い訳する千景に、声の主はピシャリと鋭く言い放った。その圧を受け、千景も堪らず押し黙る。


『これ以上、黒標対象を野放しにできないわ!』

「と、いいますと?」

『もうひとり審問官を派遣するのよ!』

「……はい?」

『はぁ〜〜!何度言わせるの!?追加で審問官を送るって言ってんのよ、このニブチン!』

「お、お待ちください!そして、ちょっと落ち着いてください!」


 千景が珍しく焦った声を上げる。


「……嫌なんです」

『なにが!?』

「誰かとチームを組むのが。苦手なんですよ。お判りでしょう?個人で動いた方がやりやすいんです。今までもずっと、そうしてきたじゃないですか」

『キーッ!!お黙り!!』


 二回目の怒号に、千景は再びしゅん…と押し黙る。


『本っ当にわがままばっかり!好きな娘と神蛇とで、ちゃっかり“チーム”気取りじゃない!説得力の欠片もないわ!このあほんだら!』


 怒号と同時に、ガシャン!と何かが叩きつけられる音が響いた。

 しばしの沈黙、「チュンチュン」という小鳥の声が、妙にのどかに響く。そんな中、藍良と千景は気まずげに目を合わせた。


「今の……千景の上司っていう、最高審問官?」


 千景は力なく頷いた。


「まさか、あの御方の使い……八咫烏に見張られていたなんて」

「もうひとり派遣するとか言ってたね。死神審問官を」


 千景は大きくため息をついた。


「ちょ、ちょっと。大丈夫?」

「……うん」

「そんなに落ち込むこと?」

「さっきも言ったけど、苦手なんだ。誰かと一緒に任務を遂行するのが。余計な気も遣うし」


 藍良は思わず笑った。千景は死神のくせに、こういうところがなんだか人間くさいのだ。


「でも、わたしとは一緒にいてくれるじゃん。タマオも」

「藍良とタマオは特別なの」


 千景は顔を伏せたまま、小さく付け足す。


「それに、ほかの審問官がいたら、藍良と話したいときに話せないし」


 ──それが本音かい。


 藍良は呆れ半分で手を伸ばし、千景の頭をわちゃわしゃと撫でた。サラサラで艶のある黒髪が一瞬で乱れる。


「あ、藍良!?」

「わがまま言わないの!みんなで協力して、さっさとユエを捕まえなきゃ」

「……うん。そうなんだけどさ」


 モゴモゴする千景の腕を引っ張り、藍良はズンズンと学校へ歩を進める。

 途中、千景が「最高審問官はいつもどうのこうの……」とぼやけば、藍良がすかさずツッコミ。そんな漫才みたいなやり取りをしながら、二人は十分ほどで学校に到着した。


 そして、クラスに入った瞬間──。


「水無瀬~!お前ら、一緒に登校かよ~」

「妬けるねえ」


 ヒューヒューと口笛が飛んだ。どうやら、登校中の藍良たちの様子が誰かに見られていたらしい。藍良は苦笑しつつ、席に着く。すると、咲がすぐに駆け寄ってきた。


 藍良は小声で「実は、付き合うことになった」と耳打ちする。これは作戦。そうわかってはいるものの、言葉にした途端に恥ずかしさが込み上げる。そんな藍良の様子を咲は照れていると思ったのだろう。彼女は嬉しそうに手を叩き、何度も「良かったね」と繰り返した。そして、彼女の視線は千景へと向けられる。


「千景くん!藍良のこと、絶対幸せにしてよね!傷つけたら、許さないから!」


 勢いよく告げる咲。その真っ直ぐな言葉に、千景は一瞬きょとんとしたあと、照れ笑いを浮かべて力強く頷いた。咲は満足げにその様子を見届け、今度は藍良に向き直ってしみじみと頷く。その眼差しが真剣過ぎて、藍良は耐えきれずに目を逸らしてしまった。


 すると、教室にホームルームを告げるチャイムが鳴り響く。程なくして、ガラガラと扉が開き担任の犬飼が入って来た。すると、犬飼はゆっくりと振り返り、廊下にいる誰かに「入りなさい」というジェスチャーをする。


 ──誰か、いる?


 カツン、と硬質な靴音とともにゆっくり姿を現したのは、見慣れぬ男子生徒だった。


 薄茶の短髪。前髪を軽くかき上げた額を出し、精悍な顔立ちだ。まくりあげた半袖のシャツからのぞく両腕は、遠目にもわかるほど鍛えられている。


「今日からうちのクラスに入る、(たちばな)兼翔(けんしょう)くんだ」


 そう紹介された男子生徒は、無表情のまま、静かに頭を下げた。


「橘兼翔です。よろしくお願いします」


 淡々とした自己紹介に、教室中が静まり返る。そのとき──。


 ──ゴンッ!


 豪快な音が後方から響いた。思わず振り返る藍良。数人のクラスメイトの視線が、一斉に音がした方へ注がれる。


 そこには、机に突っ伏した千景がいた。


 途端に藍良は目を細める。千景の反応ですぐに察した。さきほど通信機で最高審問官が千景に告げた「もうひとりの死神審問官」。


 それがこの橘兼翔なのだ、と。

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