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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第2章 藍の眼と月詠の探偵

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第21話 喋りすぎた死神

 それから、藍良と千景、タマオは状況を確かめ合った。


 千景いわく、藍良が(さら)われたと気付いたのは、藍良が咲に送った、例のメッセージだったらしい。咲は血相を変えて、千景に知らせたという。


「それで、僕は咲ちゃんの記憶を消して、教室を飛び出したんだ」

「記憶を……消した?咲の?」

「うん。あの子を危険なことに巻き込むわけにはいかないから」


 その言葉に、藍良は顔を伏せた。途端に胸の奥がざわめく。


 千景は“月詠”で人の記憶を消せる。

 やっぱり、十一年前のあのとき、千景はわたしの記憶も消したんじゃ──。


 そんな疑念が浮かんだ瞬間、千景が不意に口を開いた。


「でもね、藍良の居場所がわかったのは、別の手がかりがあったからなんだ」

「え?」

「“神気”だよ。藍良にはやっぱり、神気が宿ってた。その気配を辿ったんだ」

「神気……」


 虚映ノ鏡(きょえいのかがみ)──神気を持つ者を()()()()鏡。

 そういえば、わたしも鏡に映らなかったんだっけ。


 藍良が思い返していると、タマオが待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。


「そうそう、ビックリしたぞい!急にな、ぶわぁーーっと感じたんじゃ!これが藍良の神気だと千景から聞いたときは、涙ちょちょ切れるほど感動したわい」

「ほ、ほんとに!?ってか、どうしてわたしだってわかったの!?」


 すると、二人(正確には死神と神蛇)は顔を見合わせ、どこか楽しげに笑った。


「神気にはね、色があるんだ。宿す者ごとに、みんな違う色を持ってる」


 その言葉に、藍良はユエを思い出した。あの男もそう言っていた。神気には()があると。


「僕は青……いや、藍色に近いかな。タマオは黄緑色で、藍良は……」

「わ、わたしは!?」


 千景は一拍置いて、まるで宝物を(たた)えるように微笑んだ。


「虹色。すごく綺麗なんだ」


 その言葉に、藍良は思わず両手を広げて、(てのひら)をまじまじと見つめる。だが、どこにも色は見えない。本当にそんなものが自分に宿っているのだろうか。

 すると、藍良はふと首を傾げ、眉を寄せる。


「ちょい待ち」

「え?」

「肝心なことに答えてない。どうしてそれが“わたしの神気”だって断言できるの?タマオみたいに、人間界に旅行中の神蛇の神気かもしれないじゃん」


 沈黙が落ちる。

 千景は視線を泳がせ、躊躇(ためら)うように息を吸い込む。彼の言葉が発せられる直前、藍良はピシャリと言い切った。


「言っとくけど、誤魔化(ごまか)したらもうわたし、千景と喋らないからね」


 凛とした牽制(けんせい)のひと言に、千景の肩がびくりと震える。その様子を見て、藍良は確信した。


 ──千景め。今、なにかまた隠そうとしたな……。


 すると、千景は観念したかのように息を吐き、静かに言葉を続けた。


「……そっくりなんだ」

「何に?」

「藍良のひいおばあさんに。前に話したでしょ?彼女も虹色の神気を宿してた。だから、わかったんだ」


 藍良は小さく頷いた。ひいおばあちゃんの血を引いているから、自分も虹色の神気を宿しているのか?それがユエと対峙したとき、土壇場で放出されて千景が気付いた。まさに火事場の馬鹿力ならぬ……。


 ──火事場の馬鹿神気


 自分で思いついた言葉に、藍良は心の中で苦笑しながら俯いた。


「じゃが心配じゃの」

「なにが?」

「ユエじゃよ。藍良の神気に気付いておらんじゃろうな」

「それなら大丈夫」


 千景はきっぱりと言った。


「人間が神気を宿すなんて、ユエには想像もできないはずだ。それくらい珍しいことだからね。人間界にタマオみたいな神獣がふらりと遊びに来ることは時々あるから、気付いたとしても、神獣の神気だと思ったはずだよ」

「それならいいんじゃが……」


 納得したようにタマオが呟く。

 すると、千景は藍良に向き直り、その瞳を真っ直ぐ見つめた。


「次は藍良の状況を教えて。あのとき、何があったの?」


 藍良は頷くと、深呼吸をしてゆっくりと語りだした。


 保健室で眠っていて、大蛇に(さら)われたこと。

 連れて行かれたのは旧備品室だったこと。

 そこでユエの自分語りを聞かされたこと──。


「自分語り?」

「そうそう。すっごかったの。聞いてないことまでペラペラ喋ってさ。この学園にいる理由とか!他にもいろいろ」

「ふんっ。黒標対象ともあろう者が、随分と軽率じゃの」


 吐き捨てるように呟くタマオ。一方、千景は眉間にシワを寄せ、何かを思案しているようだった。


「千景?」

「おかしいな」

「何が?」

「僕が知っているユエは、不用心に余計なことを喋るタイプじゃないから」


 しばらく考え込んだあと、千景は藍良にこう切り出した。


「他にユエが何を話したか、覚えてる?」


 その問いに、藍良は「てへっ」と笑って頭を掻いた。


「ごめん、実はちゃんと聞いてなかったの。咲にメッセージ送るので手いっぱいだったし、録音もしようと思って、色々やってたから」

「録音?」


 千景の目が鋭く動く。藍良は頷き、鞄からスマホを取り出した。そして、スマホ画面を千景に掲げる。画面に表示されたのは、ユエとの会話の録音データだった。


「これで、あいつの自分語りを録音してたんだ。あとで千景に聞かせようと思って!」


 その瞬間。千景の表情がふっと揺らいだ。そして、彼は藍良の手ごと、スマホを包み込むようにぎゅっと握りしめた。突然のことで目を丸くする藍良。そんな藍良に千景はとても優しく、穏やかに語りかけた。


「怖かったはずなのに。藍良、頑張ったね」


 ──きゅん。


 唐突に高鳴る鼓動。藍良の目は泳ぎ、頬は一瞬にして熱を帯びる。

 すると、千景はそっとスマホに視線を落とし、(ささや)くように言った。


「聞いてもいい?」


 藍良は早鐘のように打つ鼓動を悟られまいと、必死に冷静を装いながら、こくりと頷く。


「でも、ほとんど自分語りだったよ」


 藍良が再生ボタンを押す。すると、部屋にユエの声が流れた。

 延々と続く自分語り。改めて聞いてみても、内容は薄っぺらで、やたらよく喋るだけだ。一通り聞き終わったところで、藍良がげんなりした顔でため息をついた。


「ね?」


 そのとき、千景がふっと微笑んだ。柔らかな笑みだが、瞳の奥は冷静に研ぎ澄まされている。


「随分とお喋りだね。ユエは」

「でしょ?」

「でもさ、僕……どうしても疑っちゃうんだ。職業柄こういうタイプの死神を、いままで何度も見てきたから」

「疑う?」

「何をじゃ?」

「そうだね、たとえば……」


 千景は一拍置いて、藍良とタマオを交互に見つめた。


「なにか重要なことを隠すために、自分語りをしてるんじゃないか。本題から目を逸らしたくて、つい口数が増えたんじゃないか、とかね」

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