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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第1章 黒標対象と死神審問官

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第17話 善悪のものさし

 藍良は口をあんぐり開けた。


 ユエの話を真に受けるとすれば、この男が崇拝する「カグヤ神」というのは、相当な強者なのだろう。それをあの千景が封じるなんて。あのひょろっとした塩顔の……いつも丁寧な物言いで虫も殺さないような顔をした、隙あらばいつも自分を口説こうとクサイ台詞を並べ立てるあの千景からは全く想像がつかない、と藍良は思った。千景はそんなに凄い審問官だったのか、とも。


 すると、ユエはあからさまに顔を歪ませて悪態をついた。どうやら、相当千景を嫌っているらしい。このままだと、千景への怒りがこっちに飛び火するのも時間の問題だ。そう察した藍良はしれっと話題を変える。


「そのために人間を狙ってるんだ?」

「そう。邪気が強い人間をね。そういう人間は魂の力が強いし、なによりこの世の中のためになるからね」


 あっけらかんと答えるユエに藍良は呆然とした。


 ──この世の中の、ため?


「邪気が強い人間は、この世の中にとっても害。いなくなったところで、誰も困らない。そうだろう?」


 この言葉に、藍良は押し黙った。


 千景やタマオが言うには、邪気は「攻撃的な人間」や「後ろめたい人間」といった、淀んだ感情を抱く者につく。この前、ユエに殺された竜崎は、日常的にいじめをしていた。邪気を持っていたのも納得だ。だから狙われたのだ。


 藍良は竜崎のことを思い返していた。初対面は彼女が優等生の田中あきをカツアゲしていたとき。喧嘩口調になりながら、それを静止した。だが、藍良の脳裏(のうり)に強く残ったのは、藍良を鋭く睨みつけた竜崎ではなかった。藍良の心からいつまでも離れなかったのは、彼女の通夜の日、棺に納まった遺体に向かって、涙を流しながら語りかける竜崎の母の姿だったのだ。


 藍良はあの姿に、自分を重ねていた。


 十年前、母親を交通事故で亡くしたとき、自分も母の遺体が納められていた小さな窓に向かって、何度も言葉をかけた。


 ──どうして、逝ってしまったの。


 あの日、母にかけた言葉。そして、冷たくなった肌の冷たさ。

 今でも決して忘れない。そして、これからも。

 気付くと、藍良の瞳は涙で滲んでいた。


 竜崎は、たしかに褒められた人間ではなかった。

 それでも、彼女を心から愛し、大切に思っていた人がいた。


 竜崎の母は、娘が自殺したと思っている。その理由をきっと、これから先も考え続けるのだろう。もしかしたら自分のせいかもしれない。自分がもっと寄り添っていたら──。そんな切実な思いを抱きながら。


 藍良の胸の奥から、熱がこみ上げてきた。

 これは怒りだ。沸騰するような、真っ直ぐな怒り。

 目の前のこの男は、自分勝手な願望のために、命を選別し、裁き、奪ってきた。

 「邪気」で人の善悪を判断し、勝手に価値がないと断じてきた。


 この男が奪ったのは、竜崎だけではない。彼女を想い、愛していた人たちの未来も奪い、踏みにじったのだ。


「ふざけんじゃないわよ」


 藍良のひと言が放たれた瞬間、ユエの笑みがぴたりと止まる。そうして今度は、藍良に鋭い眼差しを向けた。刺すような、針の視線を。


「勝手に選んで、勝手に殺して、仕舞いには自慢?とんでもないクズだね、あんた」


 吐き捨てるような藍良の言葉に、ユエの目がピクリと動いた。


 そして、その言葉を受け流すようににっこりと微笑む。


「“正義は我にあり”って顔だね」


 ユエは見下すように静かに口を開いた。


「僕は善良な人間には手を出さないよ。そもそも、そういう人間は邪気が弱いからね。狙うのは、強い邪気を発している人間だけ。君も知ってるだろ?この前死んだ竜崎も、相当な人間から嫌われていたこと。あいつが死んで泣いた人間なんて、この学園にいるのかな?」


 ユエはゆっくりと、藍良に近づく。


「あいつが死んで、クラスは平和になったでしょ?金を脅し取られていた生徒も、ホッとしたと思うよ。もう払わなくていいんだって。それって救済でしょ?その前に自殺した中等部の教員もね、家で寝たきりの母親を虐待してたんだよ。あいつが死ななければ、母親が殺されていたかもしれない。僕は自分の目的のために動いてはいるけど、この学園にとっては裁きの執行人。感謝されこそすれ、『クズ』呼ばわりされる筋合いなんてないんだよ」


 藍良は、ギリッと奥歯を噛み、ユエを真っすぐ睨みつけた。


「……まだ誰かを狙うつもり?」

「もちろん」


 あまりにもあっさりとした返事に、藍良の胸が冷える。


「誰!?今度は誰を殺すの!?」


 ユエは余裕の笑みを浮かべたまま、答える。


「わかってるだろ?君は優秀な審問官のそばにいるんだから」


 そのひと言に、藍良の心臓がどくりと鳴った。


 ──藤堂先生だ。


 千景が警戒していたのは、教員の藤堂。

 やはり、次の標的は藤堂なのだ。

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