第12話 タマオ、だし巻き卵に泣く
「むむっ……これは……神気を帯びし味……!」
タマオはうやうやしく呟きながら、だし巻き卵をあむあむと頬張った。
目を細め、尻尾をぴこぴこと揺らす様は、まるで天上の御馳走でも口にしたかのよう。
──が、次の瞬間。
「ぐっ……ごふっ、ごふ……っ!!」
急に顔が青ざめ、タマオがくねくねと苦しげにのたうつ。どうやら夢中で食べすぎて、喉につまらせたらしい。
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?タマオ!」
藍良が慌てて手を伸ばしかけた、そのときだった。
タマオの鱗がぐにょりと蠢き、だし巻き卵が入っていたと思しき膨らみが、にゅるんと奥へと送られていく。
「ふぉふぉ……満たされたのである……」
大儀そうに言いながら、タマオはごろんと横になる。その満足げな顔に、藍良はほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。気に入ってくれて。……ちゃんと、お水も飲むんだよ」
「ふぉっふぉっふぉ~~♡」
タマオは幸せそうに水の小皿に顔を寄せると、ちゅるちゅると舌をのばし、ゆっくり喉を潤しはじめた。まるで猫のような仕草に、藍良は思わず笑みをこぼす。
タマオの食事が一段落したところで、話題は昼休みに見た出来事へと移っていった。体育館裏で目撃した、教員・藤堂の怪しいやり取り──その不審な行動についてだ。
「ねえ、藤堂先生はさ……その、黒標対象なの?」
藍良の疑問に、千景は小さく首を振った。
「いや、違うと思う。ただ、かなりの邪気を帯びてたから、黒標対象から狙われる側の人間じゃないかな」
「邪気?」
何度か聞いた、この邪気という言葉。
でも、イマイチ藍良にはその意味がわからない。
「ねえ、その邪気って結局なんなの?どうして持っている人と持ってない人がいんの?」
藍良が眉をひそめると、タマオが横から口を挟んできた。
「邪気っちゅうのはな、攻撃的な性格や後ろめたい秘密といった負の感情を強く持ってる者からにじみ出る淀んだ気なんじゃ。わしだって、ちょっとスケベ心を起こすとすぐ邪気が出てしまう。困ったもんじゃい」
「攻撃的で、後ろめたい人……?」
すると、千景が言葉を続ける。
「黒標対象はそういう邪気を持つ人間ばかりを狙ってる。そういう人間の魂の方がエネルギーが強いんだ。藤堂先生の邪気、かなり強かった。あの不審な行動、なにか後ろめたい秘密があるんじゃないかな」
「黒標対象がもし気付いたら……」
「狙われる可能性はかなり高いと思う。あの邪気の強さは、ちょっと異常だったから」
「藤堂先生、一体どうしちゃったんだろう」
藍良が呟くように言う。
「お金まで払って、用務員の人から鍵を受け取るなんて、只事じゃないよね。なにか隠してるのかな」
「たぶんね。この学園をくまなく探すつもりなのかなって思ったけど」
千景が頷くと、藍良は少し考えてから、勢いよく提案する。
「じゃあさ、藤堂先生を尾行するのは!?黒標対象が藤堂先生に接触しそうになったところで、捕まえる!」
「……うん、それもアリだね」
「尾行なら、このタマオにお任せあれじゃ」
タマオが、得意げに体をうねらせながら名乗り出た。
「天井裏からでも、壁の隙間からでも、しゅるしゅると藤堂とやらの動きを見張ってくれるわ」
「えっ、本当に?」
藍良が目を丸くすると、タマオはシャッと牙を見せて笑う。
「神気を帯びし極上のだし巻き卵……あれほどのもてなし、久方ぶりじゃ。恩返しせねば、神の名が廃る!」
この言葉に、千景はくすりと笑った。
「じゃあ、もし怪しい動きがあったら……神気で教えて」
「心得た!」
そう言うと、タマオはくるんと体を巻いてピシッと伸ばす。
見事な直立──いや、蛇なりの敬礼なのだろう。
「神気って?」
藍良が首を傾げると、千景とタマオがぴたりと目を合わせた。まるで、「え、知らないの?」「そりゃそうか」と言いたげな表情。どうやら神気というのは、死神界ではごく当たり前の言葉らしい。
「この『月印』から発せられる『気』だよ。『神気』を発することができるのは、『月印』を刻まれた神獣や神蛇、死神だけ。これを発してくれれば、半径一キロメートルくらいは感知できるし、すぐに向かうことができる」
「へえ」
タマオが見張ってくれるなら、藤堂はとりあえず安心だろう。
藍良はずっと気になっていた疑問を、千景に投げかける。
「ねえ、それで家にある何がその…『黒標対象』を見つけるのに役立つの?」
「それは、寺の物置にあるはずだよ」
「物置?」
「黒標対象を見つけることができる、『虚映ノ鏡』がね」




