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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
最終章 運命の死神審問会

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第109話 大切な人へ

 そのあと藍良は、千景が泣き止むまで彼をあやすように抱きしめ、何度も頭を撫でた。ようやく落ち着いてきたところで、二人は並んで床に座り、二時間ほど言葉を交わした。


 家族のこと。

 幻道のこと。

 真白のこと。

 兼翔のこと。

 学校での何気ない出来事。

 それから、千景が最近夢中になっている恋愛ドラマのことまで。


 他愛もない話をしている間も、藍良はずっと千景の手を握っていた。


 淡い光が蛍のように揺れながら、二人の間を静かに漂っている。笑い声の混じるその時間は、これまでのどんなひとときよりも暖かく思えた。


 そんな穏やかな時間の中、千景がぽつりと口を開いた。


「実はね、幻道様にひとつだけ頼みごとをしてたんだ」


 千景はそっと、自分の胸元に手を当てる。


「カグヤを封じるときは、ユエを封じた紙に封じて欲しいって」

「どうして?」


 すると、千景は遠くに漂う光の粒を見つめたまま、寂しげに笑った。


「僕が母にしてあげられることは、多分、これくらいだから」


 ──母。


 その言葉を口にしたあと、千景は一瞬だけ目を伏せた。


 千景はカグヤの化身。そして真白も。


 二人にとって、カグヤは敵であっても、確かに母と呼べる存在なのだろう。


 そして、カグヤが愛したのはユエだった。そのユエが封じられた紙に、カグヤもまた封じられたということは──。


「カグヤはユエの傍にいられる。魂が消失したわけじゃないから、きっとどこかで、お互いの存在を感じられると思う」


 そう言って、千景はいたずらっぽく笑った。


「兼翔には怒られたんだけどね。カグヤ相手に甘すぎだって」


 藍良は千景の手をぎゅっと握り返した。


「そっか」

「うん」


 藍良は小さく息を吐いて、宙を見上げる。淡い光がゆらゆらと漂うのを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「千景も、誰かを好きになる気持ち、わかってるもんね」

「うん。それに……あの人が僕を化身として生み出してくれたからこそ、藍良に会えた。真白さんなら、わかってくれるかもしれない」


 千景の言葉に、藍良は頷いた。真白ならきっと藍良以上に、今の千景の気持ちを理解できるはずだ。彼女も千景と同じ、彼女によって生み出された“化身”であり、藍良にずっと愛情を注いでくれていたのだから。


「どうして、カグヤは化身を生んだんだろう」


 藍良の疑問に、千景は笑みを浮かべたまま、淡々と答える。


「カグヤの力が、圧倒的過ぎたからだよ」

「え?」

「力が強すぎて、すぐに気配を悟られる。神気を隠せないんだ。だから、力を分散させないといけなかった。特に“闇属性”をね」

「そう……なんだ……」


 あまりにも身勝手な理由に思えて、藍良は言葉を失った。だが、千景はそんな藍良の戸惑いを見透かしたかのように、「大丈夫」と小さく言った。


「そう思ったら、彼女に勝てたのは奇跡みたいなものだよ。化身に力を分散させて、二度も顔を変えているからもっと弱ってると思ってたけど、想像以上に強かった」


 そこでふと、千景は何かを思い出したように藍良を見る。


「あ、そういえば」


 その視線に、藍良はぴくりと肩を揺らした。さっきまで柔らかかった千景の表情がどこか引き締まり、視線が妙に鋭かったからだ。


「な……何!?」

「藍良と真白さん、僕たちに隠してたでしょ?虚映ノ鏡の秘密」

「ぎくっ」

「力を反転させるなんて、初めて知ったよ。まったくもう」

「ご、ごめん」

「もうあんな使い方、絶対にしちゃだめだよ。危ないから」


 藍良はへへへっと力なく笑って、小さく咳払いをする。そして、虚映ノ鏡に秘められた力のことを、改めて思い返した。


 神気を宿すことのない、特別な鏡。

 そして、属性の力を反転させることができる鏡。


「あの鏡は、もう使わないよ。大事な人に渡すって決めたから」

「え?」


 藍良は千景の目を覗き込み、にっこり微笑んだ。


 ☽   ☽   ☽


 翌日。


 鈍く光る巨大な門を背に、藍良は千景、兼翔とともに立っていた。タマオは藍良の首にちゃっかり巻きついている。


 その向かいには、幻道と蘭丸、そして真白。


 藍良は三人に向かって微笑むと、ぺこりと頭を下げた。


「お世話になりました。お見送りまで、ありがとうございます……ってか!」


 そのまま表情を引き締めると、藍良は横に立つ兼翔と、当たり前のような顔をして首に巻きつくタマオを見下ろした。


「あんたたちも一緒に戻るんかい!」


 勢いよくツッコむと、兼翔とタマオは淡々と頷いた。


「ああ」

「当然じゃ」


 見事に重なった声に、藍良は思わず苦笑する。


「俺はまだ任務が残ってるからな。人間界に蔓延る化身を見つけださねば。もちろん“危険な”化身を、だが」


 兼翔はぶっきらぼうにそう告げた。

 藍良は、今度はタマオへ視線を向ける。


「タマオは?」

「わしな……人間界の食べ物のおいしさに目覚めたんじゃ」

「目覚めた……?」

「人間界には、だし巻き卵よりももっと味わい深いものがある……そう思えてならんのじゃ!わしはそれを探しに行くことに決めた。藍良の家に住みながらな」


 その宣言に、藍良は小さく吹き出した。


 藍良の家に住みながら……ということは、多分「探しに行く」のではなく、ただ居座って毎日の食事を満喫する気満々なのだろう。


「もう~」


 頬を膨らませながらも、藍良の声は既に笑っていた。そのままそっと手を伸ばし、タマオの鱗を撫でる。


 このタマオのあたたかさに何度救われたことか。タマオがそばにいると、それだけで心がほぐれる。


 実は、居候している千景と兼翔とは違い、タマオの存在だけは父・慈玄に明かしていない。蛇の姿を見れば、流石に父を驚かせてしまうと思ったのだが……。


 タマオの鱗を撫でながら、藍良はふと、あることを思う。


 ──タマオも大事な家族。帰ったら、お父さんに話そう。


 そんな思いがよぎったところで、藍良は幻道に向き直り、深々と頭を下げた。


「真白のこと、よろしくお願いします」


 すると、柔らかく息を緩める気配がした。藍良が顔を上げると、幻道はにっこりと微笑んでいた。


「大丈夫!真白ちゃんの衣食住はわたしに任せて。修行もね。審問官の指導も、びしばしやるつもりだから」

「あの……いつかは危険な任務に就くことも……?」


 藍良は様子を窺うようにおそるおそる尋ねる。幻道は微笑みを携えたまま、静かに頷いた。


「そうね。いつかはそうなるわ。でも、大丈夫よ。蘭丸先輩や兼翔先輩が、傍でいろいろ教えてくれるから。……そうよね?あんたたち!」


 急に語尾を強めた幻道に、蘭丸と兼翔が肩をビクつかせる。


「は?……はあ」

「まあ……別に教えることなんて大してないと思うが……」


 頼りになるのかならないのか微妙な返答に、幻道は苦笑してから改めて藍良に笑みを向けた。


「藍良ちゃんも、千景のこと末永くよろしくね。しっかりしてるように見えて、結構抜けてるから。千景!あんたたまにはこっちに顔出しなさいよ」

「はい」


 そのやりとりに、藍良はきょとんと首を傾げる。


 ──「末永く」とは、いったいどういう……?


「藍良」


 不意に呼ばれて、藍良ははっと顔を上げた。目の前には真白が立っていた。微笑んではいるものの、その瞳は僅かに揺れている。


「また会うときまで、元気でね」

「うん。真白も」


 藍良は笑って頷き、真白に近づいた。そして、彼女の手をぎゅっと握る。


 次の瞬間、真白の目が大きく見開かれる。藍良は彼女にあるものを託した。それは……。


 ──虚映ノ鏡。


 すると、真白はすぐに首を振り、戸惑った様子で鏡を藍良へ差し戻そうとする。


「受け取れない。だってこれは……」

「いいから」


 藍良は迷いなく──それでいて、諭すようにそっと告げた。


「……これまでたくさん守ってくれてありがとう。新しい道に進む真白に、どうしても何か贈りたいの。だから、受け取って」

「でも……」

「この鏡は、わたしの代わり。水無瀬のご先祖様も、きっと真白を守ってくれる」


 藍良はそう力強く告げた。真白は暫く手の中の鏡を見つめたあと、指先ごと大事に包み込むように握り締めた。そして、藍良を見つめて、ゆっくりと頷く。


 それを見届けて、藍良は真白の手を離した。

 そして、いつも夢の最後に交わしていた、あの言葉を口にする。


「ありがとう、真白。また話そうね」


 そう言った瞬間、藍良の胸から熱いものが込み上げてきた。藍良は慌てて千景の元へ駆け寄ると、一瞬だけ袖で目元を拭い、もう一度真白へ笑顔を向ける。


 千景は幻道に一礼すると、掌に光を宿した。そしてそれを、そっと薄暗い空に掲げる。小さな光がひとつ、またひとつと浮かび上がり、藍良たちを囲うように集まり始めた。


 無数の光はやがてひとつの輝きとなり、藍良たち一行を柔らかく包み込む。


 少しずつ、真白たちの姿が霞んでいく。


 藍良はその姿が見えなくなる瞬間まで、ずっと大きく手を振り続けていた。込み上げる涙を、精一杯堪えながら。

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