表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第1章 黒標対象と死神審問官

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/58

第10話 神のしるし、蛇のしくじり

「……行った」


 だが、千景が藍良から手を放した拍子に、藍良は膝から崩れ落ちる。千景は慌ててしゃがみ込むと、心配そうに藍良の顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫?!」

「……だ、大丈夫じゃないっつーの!」


 顔を真っ赤にしながら藍良は地面にへたり込む。


「怪我はしとらんかの?」


 黒い鱗の蛇が、まるで旧知の友のように親しげな声で語りかけてくる。その瞬間、藍良は「ヒッ」と短く悲鳴を上げ、反射的に千景の胸に顔を埋めた。千景は少しだけ目を見開き、あからさまに頬をぽっと赤らめる。


「も、もうなにがなんだか……」


 藍良が混乱気味に呟くと、千景はふわりと笑って彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。


「大丈夫、大丈夫。この子は敵じゃないよ」

「敵じゃないって……それに()()()ってなに!?」

「正真正銘、神蛇──つまり神獣だよ。高位の存在に仕える、神格を持った生き物。彼はその蛇バージョンってわけ」


 誇らしげにとぐろを巻き、蛇がどやっとした様子で藍良を見上げる。くりくりした瞳。つやつやと光る鱗。ぴょこぴょこと出入りする小さな舌……。


 じぃっと見つめる藍良の顔が、ふと和らいでいく。


 呼吸も落ち着いてきて、不思議な感情が胸の奥に芽生えていた。


 ──今、私の胸、きゅるんっていった……


 藍良は小さく頭を振って、千景を見る。


「ちょい待ち!あんた今、この蛇が神蛇って言ったけど、昨日この蛇、私の髪に邪気ってやつ付けてたんでしょ!?それって悪いもんなんじゃないの!?」


 問い詰めるような目でにらみつける藍良。


 千景は肩をすくめて、くすりと笑った。


「うん。悪いものだよ」

「じゃあ、やっぱり悪い蛇じゃん!」


 ぷくっと頬を膨らませる藍良に、蛇はしゅるんととぐろを解き、申し訳なさそうにあとずさる。どこかシュンとして見えるその姿に、ちょっと罪悪感が芽生えてしまう藍良。


 そんな空気を察して、千景は蛇に向かってやんわりと語りかけた。


「正直に謝ろう。君がしたことを」

「う、うむ……驚かせてしまったのう。すまなんだ。その、あれじゃ……ちょっとした出来心というか、本能というか……」

「はあ?」


 藍良が眉をひそめると、蛇は急に饒舌(じょうぜつ)になる。


「その、じゃな。お散歩中に、妙にひんやりとした心地よい空間、いわゆる浴室を見つけたんじゃ。ふと天井を見上げたら、ぽっかりと隙間が空いておってな?隙間があれば入る、それが蛇の(さが)じゃろう?」

「……ふんふん?」

「で、そのまま休んでおったらのう……年頃の娘がふらりと入ってきてしまったわけじゃ。とはいえ、わしも礼節をわきまえた蛇。ここで無理に動けば驚かせてしまう。ならば、その場に留まり気配を消すのが、蛇としてのマナーではないかと!」


 堂々と胸を張るように語る蛇。だが……。


 ──……なんか、すっごい口上つけてるけど、つまり……。


 藍良は、顔を引きつらせながら尋ねる。


「まさかとは思うけど、わたしの裸が見たくて浴室に隠れてた……とかじゃないわよね?」

「そ、そんなことは……な、ないとも言い切れ……いや!いやいやいや!それは違う!た、たまたまじゃ!」


 蛇はしどろもどろになり、首をふるふると振って必死に否定。


 図星確定だ。すると千景がくすくす笑う。


「まあ、スケベ心も邪気の一種だからね」

「コラーッ!千景!余計なことを申すでないわ!!わしの品格が地に落ちるじゃろう!!」

「もう落ちてるっつの!」


 藍良の冷たいツッコミが、さっくりと蛇の胸に刺さる。


 藍良は鋭い目つきで蛇を睨みつけ、むぎゅっと掴み上げた。


「ぎゃっ、あいたたたたっ!」

「反省しろ、この変態蛇ジジイ!」

「じ、ジジイではないわい!わしはまだピチピチの九十五歳じゃ!」

「ジジイじゃん!!」


 ブンブンと勢いよく蛇を振り回す藍良。


 ぐるぐる回された蛇は、ついに目を回したのか、裏返った声で叫んだ。


「わ、わしにはちゃんと名前もあるのじゃ〜!」


 ぴたっと手を止める藍良。ぐにゃりとした蛇の顔をじっと見つめながら、にやり。


「へぇ〜、その顔で名前ねぇ?」


 すると、千景がそっと口を挟む。


「彼の名前は『タマオ』。もともと死神界の高官に仕えてた神蛇なんだよ。その高官が転生しちゃって、今は休職中。ひと休みしようと思って人間界に遊びに来たみたい」

「……って!さらっと『温泉旅行に来ました~~♪』みたいなノリで言うな!」


 すると、タマオが頭をふらふらさせながら藍良に向き直る。


「すまなかったの、藍良。この通りじゃ」


 ぺこり、ぺこり。


 タマオは頭を何度も下げる。どうやら反省しているふりではなく、ちゃんと心から謝っているらしい。


 藍良は渋々ながらもタマオを見つめ、小さく笑う。そのとき、あることに気付いた。昨日も見た、タマオに刻まれたある模様だ。


「ねえ、これ……模様?」


 タマオの艶やかな黒い鱗に、白く光るひとつの印。それが、まるで夜空に浮かぶ三日月のようだったのだ。


「これは?」と藍良が指をさすと、千景が優しく答えた。


月印(げついん)だよ」


 千景はタマオの鱗にそっと指を触れた。


 するとその白い模様が、わずかに淡く、呼吸するように光った。


「これは神蛇である証なんだ。同じ印、僕にもあるよ。見て?」


 そう言って千景は制服の襟元をくいと下げ、自分のうなじを見せる。そこには、タマオと同じ小さな三日月の印が、白く刻まれていた。


「これはね、死神界で月の契約を結んだ者に現れる印。一定以上の位階を持つ者だけが持てる証なんだ。僕たちは月から力を借りて、昨日みたいな術を使うことができるんだよ。昨日僕がやったのは月詠(つきよ)みっていうんだけど」

「へぇ……」


 藍良は自然と目を見張り、二人の印を交互に見つめた。


 昨日、千景が浴室で唱えていた、あの不思議な呪文。あれは、月の力を借りた月詠みというのか。


 するとタマオが、藍良の首に巻きつきながら、くるんと体を回す。そして千景の方へ、ゆっくりと目を向けた。


「ところで千景よ。……お主、あの男を怪しんでおるのか?」

「あの男って、藤堂先生のこと?」


 藍良の脳裏(のうり)に、さっき目撃した光景が蘇る。


 藤堂と用務員の男のやりとり。


 あの封筒、現金。そして……何かを受け取った藤堂の手。


「……お金、もらってたよね。藤堂先生。それに、何か小さな物も受け取ってた」


 すると千景が静かに口を開く。


「あれは()だよ。封筒と引き換えに、あの男から受け取っていたのは」

「鍵……?」

「タグが付いてた。マスターキーって書いてあったよ。この学園内の教室、職員室、倉庫、倉庫裏、機械室……あらゆる場所に自由に出入りできる鍵じゃないかな」


 ギョッとする藍良。


「ちょ、ちょっと待って……よくそんな小さな文字見えたね!?」

「ふふ。死神は目がいいんだ。特に僕は、審問官の中でも視力検査は毎回トップ。見直した?」


 胸を張って笑う千景。


 だが、その表情はすぐに引き締まり、瞳に警戒の色が戻る。


「これは僕の仮説だけど──」


 千景はそう言って、藍良とタマオを見据えた。


「藤堂先生がわざわざマスターキーを手に入れた理由は、『いつでも』『どこでも』『すぐに』複数の場所に入る必要があったから。つまり、入るべき場所を特定できていないんじゃないかな。もしかしたら藤堂先生は、この学園のどこかにある『なにか』を探すために、マスターキーを手に入れたのかもしれないね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ