表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
最終章 運命の死神審問会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/111

第107話 祝宴の夜

 真白がはっきりと姿を現したその日の夜。


 藍良と真白は、そのまま別階の大部屋に連れていかれた。部屋に入るなり、二人は揃って目を丸くする。食欲をそそる香りが、鼻先をくすぐったからだ。


 部屋の中央には長いテーブルと数脚の椅子。テーブル上には、色とりどりのご馳走がずらりと並べられている。イセエビのお造りや刺身の盛り合わせ、天ぷら、茶碗蒸し、ツヤツヤな栗ご飯。そして──。


「だ……だし巻き卵じゃああぁぁ!!わしの大好きな、あの卵があるううう!」


 タマオが歓声を上げる。テーブルの中央には、「これが主役だ」と言わんばかりに、こんもりと盛られた出汁巻き卵がドンと置かれていた。


 藍良は料理を端から端までじっくり見渡し、兼翔に向き直る。


「もしかしてこれ……」


 すると、兼翔は珍しくにっこりと笑った。


「ああ。真白の門出を祝おうと」

「……って、ちょっと待って!材料は!?死神界に魚介とかあんの!?」


 藍良が思わずツッコむと、兼翔は千景や蘭丸と視線を交わし、得意げに笑った。


「人間界の市場に行ってきた。千景とな」


 ちょっとコンビニ行ってきた──そんな軽いノリで話す兼翔に、藍良は思わずズッコケる。


 軽く肩を落としつつ真白を見上げると、彼女は相当驚いた様子で、ご馳走の数々を見つめていた。その頬は、次第に赤みを帯びていく。


 藍良は昨日の朝の出来事を思い返していた。兼翔が作ったサンドイッチを初めて口にした彼女は、そのおいしさに目を輝かせていたのだ。


「食べる」という行為は、真白にとって藍良が思う以上に新鮮で、幸福に満ちた体験に違いない。まして、それが兼翔の料理ならなおさらだ。


「座ろう!真白」


 藍良はそう言って、真白の手を引いた。真白は少し照れくさそうに微笑みながら、席に着く。幻道や千景、蘭丸もそれぞれの席に腰を下ろした。


 すると兼翔が瓶を手に取り、皆の前に置かれたグラスへと順に飲み物を注ぐ。藍良と真白にはオレンジジュース。幻道や千景、蘭丸には、透明な炭酸水のような飲み物を。そして──。


「お前にも」


 兼翔はそう言って、小さなグラスをタマオの前に差し出した。中には、千景たちのグラスと同じく、気泡の浮かぶ透明な液体が入っている。


「じゃあここは……藍良ちゃんに乾杯の音頭をとってもらおうかしら」


 唐突にそう言う幻道に、藍良はびくっと肩を揺らした。

 乾杯の音頭──覚えがある。実家の寺で宴会が開かれるたび、父の慈玄がよくやっていたからだ。


 藍良は躊躇(ためら)いながらも、自らの目の前に置かれたグラスを手に取り、立ち上がる。


「えーっと……コホン」


 照れを誤魔化すように咳払いをひとつしてから、藍良は真白に向き直った。


「新しく始まる、真白の人生に……アレ?人生って変か……死神審問官は人ってわけじゃないから……えっと……なんて言ったらいいんだろ」


 一斉に皆の視線が藍良へと注がれる。藍良は赤く染まった頬を()きながら、なんとか言葉を続けた。


「と、とにかく……真白がこれから、たくさん笑顔で過ごせますように!!ってことで……かんぱーーーい!!」


「なんだそりゃ」と兼翔が笑い混じりにぼやく。千景はいつものように優しく微笑み、幻道や蘭丸、タマオも声を出して笑いながら、それぞれのグラスを口元へ運んだ。


 真白も藍良に倣って、そっとグラスに口をつける。そして次の瞬間、ぱっと目を見開いた。やっぱり──と、藍良は思う。このオレンジジュースにも、彼女はひどく感動しているのだ。


 その反応が嬉しくて、藍良は真白の前に置かれた皿を手に取った。


「わたしが盛る!真白、何食べたい?」

「えっと……えっとね……」


 真白はオロオロとテーブル上を見渡し、ゆっくりと食べたいものを指さしていく。


 藍良はその皿に、頼まれた料理をたっぷり盛りつけた。


 藍良が知る真白は、どこかクールで、常に大人びていた。だが今、目の前の真白は違う。見たことがないほどのあどけない表情で、宝物を見つけたみたいに瞳を輝かせていた。


 その後、宴会は和やかな空気で進んだ。


 宴会の最中、聞いたところによると、このご馳走は兼翔が腕を振るい、千景と蘭丸が手伝う形で用意してくれたらしい。


 それにも驚かされたが、それ以上に藍良の目に留まったのは、楽しげに話す三人の姿だった。死神界の同期三人組は、時に軽口をたたき合い、時にくだらないことで笑い合っていた。それは高校でよく見かける、仲のいい男子そのものだった。


 一方、幻道は見た目通りかなりの酒豪だった。そして、そんな幻道と張り合っていたのは、意外なことに、あのタマオだった。


 どうやら、タマオも相当な酒好きらしく、幻道と好みの酒についてあれこれ語り合っていた。そんな酔っ払いたちの会話に和みつつ、藍良と真白は兼翔の料理に舌鼓(したつづみ)を打つ。すると──。


「どうだ?うまいか?」


 兼翔が真白の隣に腰を下ろした。彼も少し酒が入っているのか、頬がかすかに赤い。


「めちゃくちゃ美味しいよ、兼翔」

「全部食べた。全部うまい」


 藍良と真白の言葉が重なる。すると、兼翔は目を細め、ほっとしたように微笑んだ。その表情に藍良は思わず箸を止める。いつも堅物な兼翔だが、今夜は表情が柔らかい。少し酒が入っているのもあるのだろうが。


「真白、少しだけ酒を飲んでみないか?」


 意気揚々と尋ねる兼翔に、真白はぱちりと目を丸くした


「さ、酒!?」


 兼翔は短く「ああ」と答えると、真白の返事を待つことなく、お猪口に日本酒を注ぎ始める。


「ちょ、ちょっと待ってよ、兼翔!真白、困ってるじゃん!それにお酒なんて、真白はわたしと同じ未成年……」

「あほ。真白は片寄藍良のときからいる。つまり、百三十歳くらいだろ。死神界では五十歳以上は酒を飲んでいいことになってる。真白は完全にオッケーだ。お前と違ってな」


 兼翔の言葉に、一瞬カチンとする藍良。だが、そんなことにはお構いなしに、兼翔は真白へお猪口を差し出す。


 真白は少し躊躇(ためら)うように彼の手元を見つめたあと、そっと両手で受け取った。それからおそるおそる、お猪口を口元へと運ぶ。


 透明な酒をひと口含み、静かに飲み込んだ真白は、目を瞬かせた。


「どうだ?」

「意外と……いや、すごくうまい……かも」


 その返事に、兼翔は満足そうに口元を緩めた。そのまま真白の皿へ、天ぷらを盛りつける。


「飲みながら、この天ぷらを食ってみろ。凄く合うから」


 真白は目を輝かせながら天ぷらを見つめて、こくりと頷いた。もう一度酒を口にし、それから天ぷらをひとくち。


 次の瞬間、彼女の目がさらに大きく見開かれた。どうやら、兼翔の言った通りらしい。


 一方の藍良は、ちょっぴりジェラシーを感じていた。周りの様子を窺うと、みんなどこか頬が赤い。つまり、酒を楽しんでいるのだ。


 それに比べて、藍良は未成年。飲めるのはオレンジジュースのようなソフトドリンクだけである。

 もちろんそれでも十分おいしい。だが、こんな風に「うまい」「すごくうまい」なんて話をされると、流石にちょっと複雑な気分になってしまう。


 藍良は、真白の前に置かれたお猪口をじっと見つめる。中には、まだ少し酒が残っていた。藍良は周囲を(うかが)い、気付かれないようにそっと手を伸ばした。


 ほんのちょっぴりだけ……匂いを嗅ぐだけ……。


 と、そのとき。隣からぴしゃりと声が飛ぶ。


「悪い子だね、藍良は」


 伸ばした手が、ぴたりと止まる。横を見ると、そこにはいつの間に来たのか、千景が座っていた。微笑みを携えながらも、妙に鋭い視線を送っている。


「ち、違うって!ちょっと匂いだけでも嗅いでみようかな~って」

「それでもダメ」

「でも……」

「二十歳になってからね」


 千景は間髪入れずにそう告げると、藍良の前に置かれたグラスに勢いよくオレンジジュースを注ぎ、差し出した。藍良はむすっとしながら、その横顔を睨む。千景の頬もほんのり赤い。つまり、彼もちゃっかり酒を飲んでいるのだ。


「なにさ。千景も高校生のくせにさ」

「あれは仮の姿。ホラ、僕たち年齢詐称してるから」


 冗談を言う千景に、藍良は危うく吹き出しそうになる。だが、必死にこらえて口を尖らせた。そんな他愛のないやり取りを重ねながら、賑やかな夜はゆっくりと更けていった。


 数時間後。

 藍良は客間のベッドに転がりながら、お腹をさすっていた。


「ふい~お腹いっぱい」


 天井に向かってそう声を漏らす。そして同時に、心の中で小さく呟いた。


 ──おいしかったね、真白。


 だが、返事はない。その事実が、ほんの少しだけ胸を締めつける。

 それでも藍良は、すぐに小さく笑った。


 兼翔の料理をおいしそうに頬張って。

 初めてのお酒に頬を染めて。

 みんなと楽しそうに話して、笑っていた真白……。


 これからは、隠れる必要も嘘を()く必要もない。自分らしく、思ったように過ごせる。そう思うと、寂しさ以上に嬉しい気持ちが心の底から込み上げる。


 そのとき──。


 ──コン、コン。


 客間に、控えめな音が響いた。藍良は瞬きをして身を起こし、扉へと向かう。


「誰?」

「僕」


 藍良ははっとして扉を開ける。立っていたのは千景だった。


「どうしたの?こんな夜中に」


 千景の背後には、琥珀色の灯りが(かす)(かす)かに揺れている。差し込む光のせいか、彼の輪郭はいつもより艶めいて見えて、藍良の胸がとくんと鳴った。


「ちょっとだけ、一緒に抜け出さない?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ