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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
最終章 運命の死神審問会

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第101話 決戦の口火

 ここは閉じられた空間のはずなのに、どことなく風が感じられるのは、先ほど兼翔が放った炎の月詠のせいだろうか。彼の炎はカグヤの氷に打ち消され、その余韻が風となって土埃を舞いあげていた。


 生ぬるい風が、そっと藍良の頬を撫でる。藍良は目の前に広がる光の膜を、目を細めて見つめた。タマオが放った、藍良を守るための膜だ。だがそれは、先ほどよりも明らかに揺らめき、(かす)み始めていた。


 藍良は思わず首元に巻きつくタマオを撫でる。彼の細い身体は、ぷるぷると小刻みに震えていた。


「も……もう、限界じゃああ……」


 次の瞬間、風船が弾けるような、パンっと乾いた音が響いた。それと同時に、光の膜が瞬時に消える。


「た、タマオ!?大丈夫?」


 相当力を使ったのだろうか。藍良はうなだれるタマオの頭をそっと持ち上げ、声をかける。すると、すかさず隣に千景と兼翔が並んだ。


「ありがとう、タマオ。少し休んで」

「ち、千景~~頼りになるのォ、お主……」


 千景はタマオに向かって微笑むと、そのまま視線を前方へと移す。そして、数メートル先にいるカグヤを鋭く見据えた。

 兼翔は、そんな彼に耳打ちをする。


「どうする?カグヤは思った以上に手ごわいぞ」

「いや……見て」


 千景の声に促され、皆の視線が一斉にカグヤへと向けられる。


 彼女は笑みを携えてはいるものの、その肩は激しく上下し、どこか苦しそうだった。足元も(わず)かにふらついているように見える。


「やっぱり、現役の頃とは比べものにならないね。ユエの禁術に氷の月詠……もうすでに限界に近いみたい」

「ということは、力ではこちらが有利、ということか」

「うん……でも……」


 千景はそう言葉を切った。そして、一瞬躊躇(ためら)うように目を伏せたあと、静かに言葉を続ける。


「彼女はまだ、奥の手を出してない。伝家の宝刀、闇の月詠。それを放たれたら厄介だ」

「闇か……」


 兼翔は少し考えたあと、鼻で笑った。


「それはこちらも同じこと。闇属性の千景がいる」

「そうじゃ!それで対抗するのじゃ」

「それが、またいろいろと厄介でさ」


 千景は困ったように小さく笑った。


「闇属性の月詠は、使えても一度きり。それ以上は無理。へばっちゃうんだ。多分、カグヤも同じようなものだと思う」

「ってことは、つまり……カグヤより先に千景が闇属性の月詠を()てれば……」

「勝機がある……ということじゃな!」


 藍良とタマオが立て続けに声を弾ませると、千景はにっこりと微笑んだ。


「そういうこと」


 すると、兼翔が一歩前に出る。


「それなら話は早い。数ではこちらが有利だし、属性の相性でも、カグヤの氷より千景の光が上だ」


 その言葉に、藍良は以前交わした真白との会話を思い返していた。


 ──光の属性は、炎や風よりも上位の、特別な属性。対等に渡り合えるのは、光か闇の属性を持つ術者だけ……。


 つまり、カグヤの「氷」は千景の「光」には及ばない。兼翔はそこに勝機を見出しているのだろう。


 そう悟った藍良は、ほっと胸を撫で下ろしかけた。だが、それも束の間、突如千景の声が飛ぶ。


「兼翔!」


 兼翔は、反射的に後方へ飛びのいた。直後、先ほどまで彼が立っていた地面から、水色の触手がつき上がる。それは波打ちながら螺旋(らせん)を描き、しなやかに、それでいて鋭く兼翔へと伸びる。水の力を凝縮しているのか、触手ではあるが、藍良には鋭い刃物のようにも感じられた。


 兼翔はさらに身を引くと、自らの炎の月詠を触手に放つ。


 ほんの数秒の攻防。


 土埃が晴れていく中、触手の先に術者の姿が浮かび上がった。死神審問官のローブに身を包んだ術者は、あの蘭丸だった。


「蘭丸!」


 藍良は叫んだ。だが、蘭丸は一切反応を示すことなく、一歩、また一歩と歩を進める。その目は細く、どこか虚ろだった。


 その様子を見た兼翔は、低く呟く。


「やれやれ。中途半端な精神干渉で済んでいたところが、本格的に操り人形にされたらしいな。あの様子じゃ、こちらの声は届かんぞ」

「蘭丸よ……気の毒に……」


 タマオの同情の声に苦笑しつつ、藍良は千景のローブをそっと掴んだ。


「ねえ、千景」

「ん?」

「蘭丸を……その……傷つけたりしないよね?」


 藍良の問いが意外だったのか、千景は一瞬きょとんとした。そして、堪えきれないように笑みをこぼす。


「な、何!?」

「いやあ、()いちゃうな。そんなに蘭丸のことを気にかけられると」

「千景!」


 藍良がむっと声を尖らせると、千景は肩をすくめて頬をぽりぽりと掻いた。


「大丈夫。手加減するから。ね、兼翔」

「いや、俺かよ」


 兼翔が即座にツッコむ。

 千景は小さく笑ったあと、すぐに表情を引き締めた。


「カグヤの狙いは、多分蘭丸を使って僕たちに月詠を乱発させることだ。消耗させないと、勝ち目がないから」

「つまり?」

「僕がカグヤを仕留める。兼翔は蘭丸を傷付けない程度に、うまく切り抜けて」

「だからどうやって」

「攻撃をかわしつつ、隙を突いて蘭丸を気絶させる、とか」


 さらりと強引なことを言う千景に、兼翔は呆れ顔を浮かべた。


「無茶苦茶言うな、お前は」


 藍良は、兼翔に向き直り、声を上げる。


「お願い、兼翔」


 兼翔は困ったように小さく息を吐くと、渋々頷いた。


「まったく……だが、任せて大丈夫なんだろうな。弱っているとはいえ、相手はあのカグヤだぞ」

「大丈夫」


 返答の直後だった。藍良の胸の奥から、ふいに熱がせり上がる。突然の衝動に、藍良は思わず前のめりになり胸を押さえた。この感じ。真白だ。きっと今、この様子を心の内側から見ているのだろう。


 すると、真白の“闇”を察したのか、千景がそっと藍良の背中に触れた。そして、耳元で(さと)すように(ささや)く。


「真白さん。気持ちはわかるけど、落ち着いて。さっきも言ったけど、月詠の模倣(もほう)はリスクがある。あなたにも、藍良にも」


 藍良は胸元に手を置いたまま、心臓の鼓動に耳を澄ませる。すると、胸の奥から小さな声が届いた。


≪何かできることは?≫


「千景、真白が何かできることはない?って」


 千景は僅かに考えたあと、カグヤを見据えたまま答える。


「僕たちが攻撃されたとき、光の属性を放って。月詠じゃなくて、ただ属性の力を出すだけでいい。攻撃にはならないけどバリアにはなる。それに、光には癒しの力もある。誰か怪我しても、すぐ治せるから」


≪わかった≫


「わかったって!」


 藍良と真白の声を受け止めた千景は、力強く頷いた。そして一瞬、兼翔と視線を交わす。次の瞬間、再び水の触手がうねりながら伸びた。蘭丸の攻撃だ。


 触手は容赦なく兼翔の足に絡みつき、そのまま彼の身体を宙へ吊り上げた。そしてそのまま引き下ろし、兼翔を地面へ叩きつけようと急降下した。


「ちい!」


 兼翔は悪態を()きながら、受け身を取ろうと身をひねる。そのとき、藍良の胸が再び熱を帯びた。真白の気配が、はっきりと伝わってくる。藍良は兼翔に向かって、思いっきり叫んだ。


「兼翔、真白を信じて!」


 兼翔はハッと目を見開いたあと、受け身をやめた。そして右掌を触手の先──蘭丸へ向けて突き出すと、低く言葉を詠む。


 ──


 我が身の影よ 炎となれ

 この掌に 力を宿せ

 紅蓮の炎よ 蛇となり

 我が意に従い 巻きつき穿(うが)


 ──


 次の瞬間、兼翔の身体が真っ逆さまに落下した。その刹那、藍良の胸元から一直線に光が(ほとばし)る。光は迷うことなく兼翔に向かって伸び、彼の身体を柔らかく包み込んだ。


 それとほぼ同時に、今度は兼翔の掌から炎が放たれた。炎は蛇のように()いながら水の触手へ螺旋状に絡みつき、そのまま一気に蘭丸の手首まで駆け上がる。炎は蘭丸の身体をふわりと持ち上げると、そのまま勢いよく壁へ叩きつけた。

 蘭丸は、声を上げる暇もなく、がくりとうなだれる。


「い……」

「痛そう……」


 タマオと藍良は、思わず一緒に呟いた。


 だが、蘭丸はそれっきり動かない。どうやら気絶させることに成功したらしい。


「よし!蘭丸は片付けたわい!流石、兼翔じゃ」


 いや、言い方よ。と、藍良が心の中でツッコんだ、そのときだった。

 ぐいっと腕を引かれ、藍良の身体が千景の方へ引き寄せられる。


「ち、千景!?」

「僕から離れないで!」


 藍良はぎょっとして前を見た。そこにいたのはカグヤ。右掌に氷のような冷徹な光を宿し、真っ直ぐ千景めがけて駆け出していた。


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