第7話
再び、会場の隅の方に移動しようとする道すがら。
先ほどの長い茶髪の男の人が手を後ろでに組んで近づいてきた。
「フローラ嬢、先程は途中で会話を中断してしまって申し訳なかった」
(なんて律儀なの!?)
「そんな、私を助けてくださったのは分かっています。感謝するばかりです」
その男の人はフローラの後ろ髪に視線をやって、言った。
「バレッタがズレているみたいですね。付け直しましょうか」
「お願いします」
爽やかな香りが流れてくる。
この男の人は貴族らしく香水の嗜みがあるのだろう。
バレッタがズレるくらいの激しい運動をした自覚はフローラにもあった。
バレッタがズレだけで済んだのは奇跡だ。
(髪をガッチリと固定してくれたレイラに大感謝~)
レイラは昔からお転婆なフローラをよく知っていて、多少の振動では崩れないようにしてくれた。
レイラもフローラのバック宙は完全に想定外であっただろうが…。
まったく能天気なフローラが何をするかは分かったもんじゃない。
「よしっ。できましたよ」
「何度もあり…あぇ」
男の人の右手がフローラの頭を支え、何かを持った左手が向かってくる。
あま~い匂いとともに頭に何か付けられた。
「フローラ嬢には、丸ごとのサザンカが似合うだろうと思いましてね。庭園から拝借してまいりました。」
(わざわざっ)
「ありがとう…ございます」
「似合ってますよ」
フローラは頬を赤らめて天にも昇る気持ちとなった。
(フローラ、意識を保つのよ)
この状態でちゃんとお礼を言えた自分は偉いと心の中でパチパチと拍手した。
サザンカの花言葉は“理想の恋”
二人はそれを知っているのだろうか。
「私の名前をご存知だったのですね」
「マリリン嬢から聞いたのですよ。名乗り合う前に呼ぶのは不躾だったかもしれませんね」
(そうや、不公平や。あんたの名前だけ分からんねん)
「いえ、そんなことはありません。名前を呼んでいただき嬉しかったです」
「それは良かったです。俺は、デイビット・ジョーンズ・ノバックと申します。この出逢いに感謝を」
(デイビット様!)
「光栄ですわ。私も心からの感謝を」
「次の曲までまだ時間がありますが、今、次の曲を私と踊る許可をくださらないか?」
「まあ、もちろん、悦んでお受けします!」
“今”ですってと照れ隠しに頭の中で枕をベットに叩きつけてやり過ごした。
「お飲み物は如何でしょうか?あちらのテーブルには酔いさまし用のジュースや紅茶、水があるようです」
「そうでしたの。思い返せば、この会場に来てから何も口にしていません」
「ジュースでいいでしょうか」
(えっ、取ってきてくれんの!?)
「リンゴジュースでお願いします」
(ジュースは子供っぽかったかなあ。紅茶の方が良かったー?)
「あちらの椅子に座って待っていてください。すぐに参ります」
そう言ってデイビット様は颯爽と去っていった。
フローラは後ろ姿を見送りながら、右手で頭に付いた赤い花に触れた。
ジュースを飲みながら談笑して、飲み終わった頃、音楽が止んだ。
「それでは行きましょうか、フローラ嬢」
デイビット様は優雅に弧を描いて白手袋をした手を差し出す。
その所作の美しさにフローラは見惚れた。
(やっぱ生粋の貴族の礼儀作法は違うなぁ)
フローラも負けないよう、指先まで意識して精一杯の礼儀作法を行ったが、結果は悪くないくらいだろう。
デイビットにはフローラの礼儀作法の出来具合というのものは、さほど重要そうでもないのだが…。
位置につくと、音楽が始まった。
デイビット様にガッチリとホールドされながら、フローラは鼓動が速くなるのを感じた。
デイビット様はよほど踊り慣れているのだろう。
ダンスを不得手とするフローラでも身体が軽くなってスイスイ動くのを感じた。
ベン兄と踊ったときとは違って、言葉を交わすことは無い。
会話がなくとも、吸い込まれそうになる紫紺の瞳を眺めるのは至福の時だった。
(パーティー、最高!めっちゃ楽しい~)
フローラはこの時間が永遠だといいのにと願うばかりだった。
ふわふわ状態のフローラは自分を見つめる複数の視線に気づかなかった。