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第6話

 第一王立学園の片隅で、バニラのような良い香りが辺りに漂っている。


 月が闇夜をおぼろげに照らす中、格闘する二つの影があった。


「んんっ、んぁんぁんぃんぇー」


 言葉になっていない音が男性の黒手袋の間から漏れる。


 フローラは頑張って手を振りぽどこうと努めるがびくともしなかった。


(甘かった…。貴族社会には、護身術が必要みたいやな)


 おそらく一般的には必要ないだろう。


 ご令嬢には通常、騎士がひかええている。


「叫ばないなら右手は離す」


 低く、芯のある声が響いた。


 フローラは思いっきり首を縦に振った。


「何故逃げる?」


 手をどけられたフローラは辺りに漂うかぐわしい匂いを吸って心を落ち着けた。


「左手も放してくださらない?紳士なお方」


 男性の問には答えず、フローラは揶揄やゆするように言った。


「逃げないと約束するならば離す」


「誓いますわ」


「もう一度聞く。なぜ逃げる?」


 やっと解放されたフローラはくるりと回転して男性の方を向いた。 


 表情筋を動かしてなんとか笑顔を作っているつもりだろうが、その金色の眼が全然笑っていない。


 フローラは少々、いや、かなりご機嫌斜めのようだ。


「さあ、なんででしょう。あなたの剣幕が常軌を逸してたからかしら」


 フローラは小首をかしげて言った。


「何もしてなかった気がするが…」


 確かに何もされていない気がしたフローラはウーンとうなった。


(占いのことは言えないしなあ、特にこの人には!)


 フローラはありえないくらい長い時間見つめられていたことをハッと思い出す。


 何もしていないわけないことに気づいたフローラはその旨を率直に話すことにした。


「あなたがあまりにも熱い視線を浴びせるものですから。身の危険を感じたまでです」


 どのように解釈したのだろうか、かすかに隻眼の男性が動揺を見せた。


「そっ、それはすまない。」


 隻眼の男性が膝を折る正式な礼を、ため息をつきたくなるほどの優雅な仕草でしたため、フローラは息を呑む。


「どうかお気になさらず。私も年上の方々の中で気張っていたのでしょう」


(よしっ、占いのことはバレていないわね)


 立ち上がった男性はまだ名乗っていなかったのとに気がついて真顔で言った。


「遅くなってしまったが、自分はアレックという」


 アレックは貴族に負けないかそれ以上の見事なお辞儀をしてみせた。


 フローラはこの人はきっと礼儀作法がきっちりしている人なんだ、と思った。


 先ほど、拘束されたことは彼女の頭の中からはスッカリ抜け落ちているらしい。


「フローラと申します。もしかして、あなたも庶民出身ですの?」


 アレックが家名を名乗らなかったことにフローラは気づいていた。


「まあ…そんなとこだ」


 アレックは言葉を濁したが、フローラはそれを肯定だと判断した。


「まあ、そうですの!どこでこのような優雅な礼儀作法を…」


 興奮して話を展開しようとしている時に頭の中で再び「セキガンはダメ!」というおばあの声が響いた。


 何かを誤魔化すようにフローラは咳払いをした。


「おっほん、その、私に何か御用がありますの?」


 取り敢えずこの場を速やかに切り上げようとフローラは思った。


 アレックは何かを思い出した様子でフローラの顔をじろじろ見た。


 フローラは自分の眼を見ているのかと思ったがそれにしては目が合わないのでそれは違うかもしれない。


 その後、アレックはフローラの上から下までを真剣な眼差しで眺めた。


 そして今度は上の方、たぶん髪を見ているのだ。


 沈黙している二人の周りで小さな紫色の花が揺れている。


 あまりにも真面目な顔で見つめられるので、居たたまれなくなったフローラは頬を紅色に染めながら言った。


「そんなに見ないでください。少し恥ずかしいですわ」


 アレックは自分がまたもや見つめ過ぎていたことにやっと気づいたらしい。


「すまない。不思議な髪の色だ」


(髪見る前の視線は何っ!?)


「昔からよく言われます。私も自分の髪の色を分かりかねますの」


 フローラはクスッと笑って真紅の右手で流れている髪を撫でた。


 月光の下では、銀にも焦げ茶にも真っ白にも見える。


 話が逸れていることに気が付き、凛としたたたずまいで話を戻した。


「ところで、御用は何ですの?」


「用はもう済んだ」


(えーと、用ってうちのことまじまじ見ること?この人ほんま、変態なんか?)


 おばあの「セギガンはダメ」というのはこの変態さを指すのかもしれない。


 思っていることをチラとも声に出さずにフローラはにっこりと笑った。


「もう謝る必要はありませんよ。誤解だったのですから。それでは、会場に戻りましょう」


(もどった、もどったー。何やったんや、ほんまに)


「ああ、そうだな」


 それまでの騒動が嘘のように何事もなく二人が並んでパーティー会場に戻るのを月明かりがうっすらと照らしていた。

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