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第3話

 パーティー会場の隅までやっと避難することができたフローラは窓の外をぼんやりと眺めていた。


 窓辺は外から花の香が漂ってきているのか、微かにいい香りがした。


 空には月が輝いている。


 少し晴れて月が出てきたようだ。


 ポーレット嬢に押し付けられたワインを月光にかざすと、おばあを思い出す。


 《《《


 おばあと一緒に家の外に木製のテーブルを出して月見をした。


 ススキのが月明かりの中で照らされて揺れて、キリギリスのぎーぎーという鳴き声がする。


 木製の長椅子に並んで座ったフローラはおばあにすり寄って甘えた。


 おばあは毒々しい赤色の液体が入った紅茶カップを眺めていた。


 それを手に取ってごくりごくりと飲んだ。


 フローラはおばあ特製の赤茶色のチョコチップクッキーをむしゃむしゃと食べながら収穫し終わった畑を眺めて心が満たされたものだ。


 カップの中に入っていたのを飲みきったおばあはフローラの方を向いた。


 フローラの口に周りについたクッキーの粉を払い落としながら、優しい目をして言う。


「本当にありがとう。でも、無理をしちゃダメだよ。辛くなったらいっておくれ」


 フローラの左手首に巻かれた包帯が取れかかっているのに気づいたおばあは巻き直す。


「おばあ、なにゆうねん。うちは元気、元気やで。それに、このクッキー食べたらもうスカーとなったわ」


 フローラはおばあを安心させるために右腕にちからコブを作ってみせた。


 本当におばあの特製クッキーは効果抜群だとフローラは思った。


「フローラ、あのね…」


 おばあのカスレている、フローラが世界で一番好きな声が聞こえた。


 《《《


 ここから先はフローラはお腹いっぱいになってうつらうつらしてたからあまり思い出せない。


 フローラは赤ワインから再び目線を月に戻した。


(おばあ、季節は違うけどな、今も変わらず月は美しいで。おばあは今見えてんのかなあ)


 感傷的な気分になっているフローラはすぐ後ろからする足音に気づかない。


「頭に何か付いていますよ」


 背後から穏やかな低い声で話しかけられてびっくりしたフローラは肩をピクンと動かして振り返りながら言った。


「あえっ、葉っぱでもついていましたの?」 


 変な悲鳴みたいな声をあげてしまったものの、なんとか貴族風の言葉に切り替えた自分を褒めてやりたいとフローラは思った。


 振り返ったフローラは見上げたところにあった男の人の顔を見て目を見開いた。


 茶色の長髪を肩のあたりで結んだその人は、まさにフローラが密かに憧れている人だった。


 面長の顔に、形の良い高い鼻が乗っていて、その黒に近い濃い青色の双眸は見る人を釘付けにする。


(カッコいい!やっぱ、めっちゃタイプゥ↗)


「葉っぱではなく、サザンカの花びらですよ」


 葉っぱより、花びらのほうがまだ可愛いはずっとフローラは思った。


 自分で綺麗きれいに取れる自信がなかったので、フローラは頭を委ねることにした。


 とれた数枚の花びらからはあま~い香りがかすかにした。


 どうやら、この辺りの香りの原因は窓の外ではなく頭の上だったらしい。


 ポーレット嬢とそのお供が笑っていたのはこの花びらのことかとフローラは合点がいった。


 それらの花びらがどこでついたかは、なんとなく、いや確信をもって想像がついた。


「本当にありがとうございます。私、頭についているものに疎い性質らしいですの」


(どんな性質やねん)


 その男の人もフローラの発言がちょっとおかしかったのか、はにかみながら言った。


「その赤ワインは飲まないのですか?それはお世辞抜きで美味しいですよ」


(あらま、美味しいのは本当なのね)


「実は、私まだワインを飲める年になっていないのです。ですが、ポーレット嬢から受け取らないわけにもいかず…。どうしましょう」


「俺が飲みましょうか?」


 ふわりと爽やかな香りがする。


 近すぎない距離にフローラの方へ近づいて囁かれた低い声がくすぐたかった。


「人様から頂いたものを他の方に渡してもよろしいのでしょうか」


 フローラはこれを心配していたのだ。


 つまり、この状況ではワインをフローラが持っていても助けてくれる人が持っていてもダメなのだ。


 俯いてしまったフローラは男の人が周囲に響き渡るような声を発するのを感じた。


「フローラ嬢、あなたは酒を飲める年ではないのですか。これはいけませんね。失礼っ」


 男の人はフローラの右手からワイングラスをサッと抜き取ると近くで見物していたポーレット嬢の所に堂々と歩いていった。


「マリリン嬢、フローラ嬢は酒を飲める年ではないらしい。私が頂いてもよろしいでしょうか」

 

「まあ、そうですの!私てっきり…。この学年で飲めない方はいないと思っていたのです。もちろんよろしいですわ」


 ポーレット嬢は輝かしい笑顔を浮かべて言った。


「ありがたく頂こう」


 すぐにワインを飲み干した男の人はワイングラスを近くのテーブルに置いた。


 ワイングラスを置くコトンという音とともにダンス用の音楽が止まった。


 ポーレット嬢が期待を込めた水色の眼で男の人を見つめる中、その男の人はポーレット嬢の左手をそっと取った。


 幸か不幸か、その時、男の人はフローラに背を向けていたのでどんな顔をしているのかはわからなかった。


「マリリン嬢、このワインに感謝して、どうか一曲私と踊ってくださいませんか?」


「大変光栄です。喜んでお受けしますわ」


 ポーレット嬢は尻尾をブンブン振ってルンルンでその男の人とともにダンススペースへと歩んで行った。


 助けてくれたことは重々承知しているのだが、残念に思わずにはいられなかった。


(あ~あ、行っちゃったなぁ。お名前だけでもー)


 ジャスミンのような香りが消え、雲がかかったのか月光も弱まった気がした。


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